投稿日:2025年10月26日

職人技を現代の生活に落とし込むためのデザイン思考の導入法

はじめに:昭和型アナログ現場からの脱却

製造業の現場では、長年にわたって積み重ねられてきた職人技が今も大切に引き継がれています。
しかし、一方で「昭和のまま」から脱却できず、現代的な効率化やデジタルシフトが進んでいない現場も依然として多く存在します。

近年、そんな製造業の現場においても「デザイン思考」という新しい考え方が注目され始めました。
従来のモノづくりにおける職人技と、デザイン思考をどのように融合し、現代の効率的な生活やビジネスに落とし込んでいくかは、すべてのものづくり現場にかかわる方にとって重要な課題になっています。

この記事では、私の20年以上にわたる現場・管理職の経験をもとに、実践的な視点から「職人技を現代の生活に落とし込むデザイン思考の導入法」について考察します。

職人技が持つ課題とは何か

属人化の壁と現場のリアル

製造業に限らず、長年守られてきた「職人技」には再現性や安定性に課題があります。
ベテランの加工者がいれば完璧な製品が作れても、少しスキルの劣る作業者や未経験者には難易度が高い。
こうした「属人化」は品質・生産性の不安定要素となります。

アナログ文化が及ぼす業務効率への影響

紙の作業指示書や口頭伝承。
これらは、意図や判断基準が曖昧になりやすく、情報伝達のミス、ロス、手戻りにつながります。
現場で頻出するこの非効率こそが、現代社会のスピードや多品種少量生産への対応を阻む大きな壁です。

なぜ今、デザイン思考なのか

デザイン思考とは何か

デザイン思考とは、もともとデザイナーが製品やサービスを考える際のプロセスに由来する考え方です。
単なる見た目の美しさではなく、「使う人の視点で課題を発見・定義し、アイデアを形にする」ことに重点があります。

製造現場や調達で必要な理由

従来の「良いモノさえ作れば売れる」時代から、顧客の多様化・グローバル化が進む現代へ。
「欲しいもの」を「欲しい時」に「必要な形・数量」で柔軟に提供し続けるためには、現場担当者からバイヤーまでが、常にユーザーや取引先の課題・ニーズに目を向けながら改善する姿勢が不可欠です。
この際に不可避なのが、部門や立場を超えた横断的発想=ラテラルシンキングです。

デザイン思考で期待できる製造業変革

従来の「答えありき」の問題解決(バーティカル思考)だけでは、複雑化した社会・サプライチェーンのニーズには応え切れません。
デザイン思考の「共感→課題定義→発想→試作→検証・改善」のプロセスを導入すると、現場に柔軟な変革を根付かせることができます。
このアプローチは、技能の形式知化、未経験者への水平展開、さらには突発トラブルにも即応できる現場レジリエンスの強化にも直結します。

デザイン思考を現場に根付かせるステップ

ステップ1「共感」を醸成する

現場リーダーやバイヤーは、取引先や社内ユーザーだけでなく、実際に工程を担う作業者への「共感」が不可欠です。
無理な改善活動や押しつけにならないよう、現場で何が困りごとなのか、どの工程や意思疎通に不安やロスが生じているのか、小さな声にも丁寧に耳を傾けましょう。

ステップ2「本質課題」を見極める

ヒアリング内容から、単なる「現象」としてのトラブルや手戻りではなく、その背後にある「なぜそれが起こるのか」という構造的な課題を分解・整理します。
この際には、現場の風土・暗黙知(例:なぜこの順番で手作業するのか、なぜ毎朝書かされる日報の目的は何か)も洗い出しましょう。
俯瞰的なマクロ視点と、現象レベルのミクロな視点を往復するのがポイントです。

ステップ3「アイデア創出」の場づくり

現場担当、バイヤー、調達担当、品質管理担当など、多様な部門のメンバーを巻き込み「多角的にアイデアを出し合う場」を設けます。
たとえば付箋ワークやオンラインホワイトボード、部門横断の朝会などを活用し、立場や役職にとらわれないフラットな意見聴取を心がけましょう。

ステップ4「プロトタイピングによる検証」

すべての解決策を完璧に練り上げる必要はありません。
まずは「これなら試せる」「コストもかからない」アイデアから、小さく試してみることが大切です。
現場で紙1枚追加するだけ、チェックマークを印刷欄に入れるだけ、といった簡易な取り組みも立派な改善です。
結果を数日~数週間単位で計測・フィードバックし、再度現場メンバーと検証していきましょう。

事例紹介:職人技×デザイン思考の現場変革

自動車部品メーカーの治具改善

長年「熟練者だけが使いこなせる」検査治具が、後継者不足で大きな課題となっていました。
デザイン思考で、作業者に丁寧にヒアリングした結果、「グリップ形状」「軽さ」「作動時の安定感」といった要素が本質的な障害となっていることが判明。
CADによる3D提案や現物評価を繰り返し行い、非熟練者でも一定品質・工数で使える新治具へ刷新に成功しました。

組立ラインの異品混入防止

目視確認・経験値に大きく依存していた組み付けライン。
工程FMEA分析とデザイン思考のアイデア出しを掛け合わせ、カラーマーキングやバーコードスキャン、作業手順の「見える化」に努めました。
これにより、ヒューマンエラーの根本原因へのアプローチと、未経験者の負担軽減が実現し、クレーム件数が大幅に改善しました。

昭和型アナログ現場が直面する壁と“新たな地平線”

デジタル化・自動化のジレンマ

過去の成功体験や紙運用の方が「安心」という心理的ハードルは根強いものです。
一方、アナログ慣れした現場こそ、「現場の本質課題」を洗い出し、現代型のデザイン思考を取り入れる土壌があります。

段階的アプローチの有効性

一挙に全てをデジタルに置き換えなくとも、一つ一つの工程を「どうすればもっと使いやすく、わかりやすくできるか」の視点で、小さな”改善の種”を生み出していきましょう。
特に「バイヤー」や「サプライヤー」間の摩擦・コミュニケーションロスの根本には、「本当に知りたい情報が伝わっていない」ことが大半です。
そこで、現場を知るサプライヤーが、デザイン思考でバイヤーの意図をくみ取り「困りごと」や「実際の運用」に寄り添った提案ができるようになると、信頼関係が劇的に改善しやすくなります。

まとめ:個の技を現代の「共創力」へ昇華させる

職人技の継承は、決して過去のノウハウの維持にとどめるべきではありません。
現代の生活や多様なニーズに合った、新しい価値や革新を生み出す拠点となりえます。

そのためには、昭和の精神をリスペクトしつつも、デザイン思考による現場目線の刷新。
個の技と組織の知恵、現場・調達・バイヤーの垣根を越えた「共創力」を武器に、製造業の新たな地平線を切り開きましょう。

ひとつひとつの小さな改善、現場から生まれた創意工夫が、やがて大きな変革へとつながるはずです。
あなたの現場にも、今日からデザイン思考を取り入れてみてはいかがでしょうか。

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