投稿日:2025年8月19日

逆原価計算のストーリーで見積妥当性を定量化し値引き材料に変える方法

逆原価計算とは何か?―見積妥当性を可視化する武器

製造業の現場で働く方であれば、「見積もりが高いぞ」「値引きしてくれ」といった会話は一度や二度ではないはずです。

しかし、サプライヤーから提示された見積書。
果たして、その金額は本当に妥当なのでしょうか。

昭和の時代から「こんなものは相場でしょ」と経験や勘、前例踏襲で価格交渉が進むケースも少なくありません。

そんなアナログな現場の中にあって、現代のバイヤーにとって強い武器となるのが「逆原価計算」です。

逆原価計算とは、サプライヤーが提示した見積金額の根拠となる原価構成を購入側(バイヤー)が独自に分析し、妥当性を定量的に評価する手法です。

これにより価格の透明性が高まり、無根拠な値引き交渉から卒業し、論理的に“納得できる理由”と“値引き材料”を得られるのです。

なぜ今、「逆原価計算」が注目されているか?

かつて製造業の調達現場では、「御三家」「長年の取引先だから」「相見積もりを取って一番安いところに頼む」といった慣習が主流でした。

しかし、グローバル競争の激化、生産拠点の多国籍化、資材価格の乱高下、カーボンニュートラルやSDGsによる持続可能性の要請。
こうした環境変化によって、企業は「購入コストの最適化」と「取引先との信頼関係の構築」の両立を求められています。

コストダウンだけに走ればサプライヤーを疲弊させ、品質や納期に悪影響を及ぼすリスクが高まります。

一方で、言い値買いでは自社の利益を圧迫し、競争力を失ってしまいます。

そこで、客観的かつ論理的な基準でもって価格の妥当性を評価できる逆原価計算が、今、改めて脚光を浴びているのです。

逆原価計算の基本プロセス

逆原価計算は、次のような流れで進めます。

製品仕様・図面・業界常識から原価要素を洗い出す

まず、調達対象となる製品や部品の仕様や設計図、材料、使用されているプロセスを詳細に分析します。

例えば、「溶接部品ならば板厚×必要長さ×材料単価+溶接工数×工賃」というように、原価の構成要素をできる限り分解・見える化します。

この段階では、自社の過去調達実績や他社品情報、メーカーや業界団体の相場データを総動員して、リアルな数値感覚を磨きます。

加工・組立・検査などのプロセスごとに見積原価を推計する

次に、各原価構成要素ごとに標準的な原価を積み上げます。

材料費(マテリアル原価)、加工費(マシンタイム、治工具費、外注費等)、組立費、人件費、検査・出荷費、運賃など。

製造現場での作業工程に精通していれば、「この構造なら治具無しでもいけるはずだ」「工程短縮の余地あり」といった現場知見が重要なヒントとなります。

管理費・利益を想定し“妥当な価格帯”を算出する

最後に、サプライヤーが当然計上するべき“間接費(管理・購買・営業等)”と、持続的な健全取引のための“適正利益”を加味します。

例えば、大手優良企業なら10~15%程度、中小企業なら20%程度の利益率を一般的に想定できます。

こうして定量的に「この部品であれば8,000円~9,000円が妥当」といった“逆算見積価格レンジ”が自社内部で可視化できるのです。

値引き材料としての逆原価計算の活用例

論理的なコストブレークダウンで交渉力アップ

従来の「この価格は高いから安くして」といった感覚的な会話では、サプライヤー側も「うちはこれで精一杯なんですよ」と平行線になりがちです。

逆原価計算ができれば、「ここまでの工程に対して材料費は○○円、加工費は△△円であるべき。ここに管理費・利益分を加算しても、見積価格は□□円が妥当」と定量的な根拠を示せます。

相手も技術者や職人ですから、現場目線で「こうやって作ってますよね?」「この工程は合理化できそうですよね?」と説得力を持たせることで、無駄な原価計上や、旧来型の「上乗せ利益」を排除しやすくなります。

サプライヤーの“企業努力”を正しく評価できる

逆原価計算はタダ単価を叩きたいバイヤーの武器…と捉えられがちですが、実はサプライヤーにとっても有益な側面があります。

例えば、材料費の高騰を努力では吸収できない部分が明確になれば、合理的な値上げ交渉の根拠提示ができます。

また、サプライヤーが独自に工程改善や不良削減、歩留まり向上を図っている場合、それが明確なコストダウンとして見積原価に表れていれば、公正な評価につなげやすいのです。

信頼できるパートナーシップのもと、相互理解に立った“Win-Win”な関係構築が進むのです。

昭和のアナログ現場に逆原価計算が広がりにくい理由

いまだ現場では、「長年の勘」や「上司が言っているから」、表計算ソフトでの“ざっくり感覚集計”など、定量評価が進みにくい風土が残っています。

ここにはいくつかの壁があります。

① サプライヤーの“情報の壁”

サプライヤーが原価構成・現場の工程・利益率などを詳細に開示したがらない場合、「推計の根拠がつかめない」と初期段階で諦めてしまうことがあります。

この場合も現場ヒアリングやサンプル調査(例:実加工タイム計測、小ロット発注で内製見積もりなど)によって、“定量の目”を養うことが突破口となります。

② バイヤー自身の“技術知見の壁”

調達購買担当者が、現場の最新加工技術や材料トレンド、コスト構造に関するアップデートを怠っていると、逆原価計算が「想像」の域を出ません。

日頃から現場出向や技術部門との連携、展示会や講習、業界ネットワークなどを通じて、リアリティある現場感覚を磨き続ける姿勢が求められます。

③ 「関係性悪化」を恐れる心理的障壁

あまりに細かく踏み込むと、「うちを疑っているのか?」「そんなことまで…」とサプライヤーの不信感を招くケースもあります。

ここは“お互いの企業存続に必要な原価分析文化”であることを誠意を持って伝え、単なる圧力ではないことを理解してもらうことが大切です。

逆原価計算を武器にするためのラテラルシンキング(横断的発想)

逆原価計算を行うにあたり、単なるコストの足し算・引き算に止まるのではなく、次のような横断的視点を加えることで、新たな「地平線」を切り拓くことができます。

① サプライチェーン全体での最適解を探る

個々の部品単位だけでなく、製品全体・モジュール単位・調達戦略単位での原価構造を俯瞰し、どこに“バッファ”や“ムリ・ムダ・ムラ”があるかを探ります。

同業他社や異業種のコスト構造変化もヒントとし、新たな最適コストモデルを発見することができます。

② 技術革新と連携したコストブレークスルーを狙う

新素材、新工法(3Dプリンター・ロボット自動化・AI検査など)、海外調達といった技術・手法の変化に目を向けることで、従来の常識が逆転することもあります。

例えば、手作業による組立コストが高い場合、分割納入による現地EV組立やセル化による工数短縮など“現場目線の垣根を越えた”発想が有効です。

③ サプライヤーと“共に創る”新たな付加価値

逆原価計算の本質は、ただ値段を下げさせるためではありません。

サプライヤーとの現場対話を通じて、「もっと合理的な工程は?」「設計から見直してコスト・品質を両立できないか?」といった共創活動を推進することで、断片的な知見を超えた“全体最適化”と“持続的競争優位”に繋がるのです。

まとめ―逆原価計算が製造業にもたらすもの

逆原価計算は、一見すると調達購買担当者だけが持つ武器に見えるかもしれません。

しかし、その本質は「ものづくり現場の知見を企業間で有機的につなぎ直し、業界全体の持続的な進化を促す力」だと私は考えます。

バイヤー、サプライヤー、現場技術者。
それぞれの知見・強みを定量データでつなぎ直し、真の意味での「ものづくりの知恵」を磨くために、今日から“逆原価計算”のストーリーを実践に取り入れてみてはいかがでしょうか。

こうした“見積妥当性の定量化”は、やがて日本の製造現場に新しい風を吹き込み、従来のアナログな商習慣を少しずつ変えていく起爆剤となることでしょう。

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