投稿日:2025年11月30日

行政の支援制度を活用した“地域一体型サプライチェーン強靭化”の進め方

はじめに:製造業に求められるサプライチェーン強靭化の意義

近年、自然災害や感染症の拡大、国際情勢の悪化などにより、製造業のサプライチェーンはかつてないほど複雑かつ不安定な状況に直面しています。

昭和・平成の時代には、安定した国内外の流通網を背景にした集中型サプライチェーンが一般的でした。
しかし、2020年以降の「新常態」では、従来通りの“アナログ的”運用だけでは大きなリスクを抱えることが明らかになっています。

国や自治体も、こうした背景を受けて「サプライチェーン強靭化補助金」などの支援措置を矢継ぎ早に打ち出しています。
本記事では、調達購買から品質管理、工場オペレーションまで20年以上携わってきた現場経験をもとに、行政の支援制度を上手く活用し、”地域一体型”でレジリエントなサプライチェーンを構築する実践的なアプローチについて解説します。

サプライチェーン強靭化の今日的背景

災害・パンデミックリスクの現実化

2011年の東日本大震災や、近年の大型台風では、1社の部品工場停止が自動車や家電メーカー全体の生産ラインをストップさせる事象が多発しました。
また、2020年の新型コロナウイルス感染拡大では、国境を超えた人や物の流れが遮断され、グローバル調達のリスクが浮き彫りとなりました。

アナログ文化の限界と変革の必要性

日本の製造業、とくに中堅・中小企業では、いまだ紙ベースの帳票管理やFAXによる受発注など、昭和から続くアナログ文化が根強く残っています。
これらは平時には「慣れ」で運用できますが、有事には人海戦術の限界を露呈します。

サプライチェーン分断時代の教訓

単一サプライヤー依存や遠隔地調達に頼った体制では、ちょっとした異変で全体が機能不全に陥ります。
バイヤー/サプライヤー双方にとって「地域内連携」と「複線化(分散化)」の重要性が年々高まっています。

行政が提供する主な支援制度

経済産業省:サプライチェーン強靭化関連補助金

経済産業省は、再編成補助金やものづくり補助金など、多数の関連制度を提供しています。
直近では「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」が注目されています。

この補助金は、重要部素材や部品などの生産拠点を国内に設ける、または分散させる場合に最大50億円超(※申請内容による)の大型支援が得られる、画期的なものです。

地方自治体:独自の強靭化・連携支援策

各都道府県や市区町村も、製造業集積地域を中心に、各種補助金や人材派遣、コーディネート事業を展開しています。
サプライチェーン全体を見据えた設備投資や業務改善、デジタル化を促す「機械設備導入補助」「サプライヤーDX化推進」なども追加されています。

その他のサポート:

・中小企業基盤整備機構(J-Net21等)による相談窓口
・商工会議所や産業支援機関主催の連携マッチング会
・政府系金融機関による低利融資

“地域一体型”サプライチェーンとは何か

バイヤーとサプライヤーの相互理解・共存共栄

従来、サプライチェーン最適化といえば「価格・納期・品質」で最良の企業を選ぶバイヤー主導型が一般的でした。
しかし、リスク分散や技術継承、サステナビリティ志向が加速度的に求められる今、地場企業同士の連携や、”顔の見える取引”が大きな意味を持つようになりました。

単なる「下請け」ではなく、
・共同開発
・設計段階からのものづくり参画
・BCP(事業継続計画)を念頭に置いた材料供給

こうした取り組みは、結果的に双方の筋肉質な体質強化につながります。

行政の「地域コーディネート機能」

公的機関は、産業支援人材や支援策の窓口、マッチングイベント運営などを通じて、異業種・異分野間の結節点となっています。

支援制度活用のための実践ステップ

1.目指すべき強靭化のKPIを明確に設定する

たとえば
・納入遅延リスクを半減させたい
・仕入先の多元化比率を30%→50%へ
・BCPに則した複数拠点分散の実現 など、
自社固有の課題を現場レベルで掘り下げることが大切です。

2.“顔の見える地域ネットワーク”の再構築

新規調達先の探索だけではなく、「疎遠になっていた地場サプライヤー」「将来性のあるベンチャー」などにも目を向けましょう。

3.行政にアンテナを張り、専門家と連携する

運用・申請要領は複雑です。
産業支援機関やコンサルタントの力を借り、「二重申請を避ける」「最適な公募時期を逃さない」ポイントを見極めます。

4.現場のデジタル&業務改革とのセット推進

補助金の採択傾向では、「DX推進」や「社内人材育成」とセット化したチャレンジが高く評価されます。
IT化の専門知識がなくても、地域内デジタル人材育成プログラムやクラウドサービスの活用で一気にキャッチアップが可能です。

事例紹介:地域一体で築いたサプライチェーンの具体例

中部地方・自動車部品メーカーA社のケース

A社は、2020年のコロナ禍で主力材料の輸入調達が途絶した際、地元サプライヤー8社と行政(産業振興課)による「地産地消部材開発プロジェクト」を立ち上げました。
ノウハウや設備不足を役割分担で補い、補助金も“取引連鎖体ごと”に申請。
1年で90%近い安定調達率と、新たな受発注ネットワークの構築に成功しました。

九州・電子機器メーカーB社の取り組み

B社は、既存取引先の高齢化や後継者問題を背景に、行政・商工会議所と連携した「町工場デジタル化コンソーシアム」を設立。
クラウド型生産管理システムや共同購買を補助金で導入し、約30社の生産性向上&コストダウン効果を実現しています。

これからのバイヤーに求められる“地域目線”

・単なる購買プロフェッショナルから“地域連携のハブ”へ

調達担当者は、従来の価格交渉力・目利き力以上に、社外パートナーや行政を巻き込む調整・発信スキルが求められています。

・ESG・カーボンニュートラル時代の競争力獲得

CO2排出削減などに資する「近隣調達・国内回帰」は、世界の主要企業が続々と注目しています。
グローバルとローカルのバランスを取り、サステナブルな体制づくりに取り組みましょう。

昭和的アナログ業界を変える“現場の一歩”

アナログ→デジタル移行の壁を突破する

FAXや伝票文化の温存は、部分最適・属人化の原因です。
まずは小さなITツール・クラウド利用から始め、機械設備や帳票管理など一つずつ「ノンストップでつなげていく」実践が大切です。

現場と経営層の“意識ギャップ”も埋める

中長期視点のサプライチェーン強靭化には、現場担当と意思決定層の共通理解・対話が不可欠です。
行政や専門家の第三者的立場をうまく活用することで、全社的な納得感を醸成しやすくなります。

まとめ:行政と地域を生かして次世代型バリューチェーンへ

「行政の支援制度」「地域ネットワーク」「デジタル」「人材育成」――。
いま製造業には、複数の切り口を有機的に“つなぐ力”が求められています。

サプライチェーン強靭化は、単なるリスク管理やコスト管理だけでなく、新たな地域産業エコシステムの創出――昭和から令和へ、持続発展し続ける”場”づくりの試金石となります。

自社だけでなく地域全体で発展していこうとする大胆な一歩を、行政の支援制度をフル活用しながら実践していきましょう。
そうした地道な取り組みが、これからの日本の製造業全体の競争力強化、ひいてはグローバルでの信頼向上につながるのです。

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