投稿日:2025年10月22日

“現場の味”を“量産の味”に変えるために必要な味覚チューニングの考え方

はじめに:現場の味を量産へ、製造業の挑戦

製造業の現場では、「現場の味」と呼ばれる職人ならではの微妙な調整や経験に基づく感覚的な品質が存在します。

これは、単なる数値や設計データでは表現しきれない、現場でしか得られない価値です。

しかし、この“現場の味”をそのまま量産現場に落とし込むには、いくつもの壁が立ちはだかります。

品質の安定、再現性の確立、効率的な生産—これらを成し遂げて初めて“現場の味”は“量産の味”へと昇華します。

では、どうすれば現場の味を守りながら量産につなげられるのでしょうか。

本記事では、「味覚チューニング」の観点から、その考え方や実践手法について深堀りしていきます。

製造業に携わる方、購買バイヤーやサプライヤーの皆さんにも有益な視点を提供します。

なぜ“現場の味”が重要なのか

職人技の価値と言語化の壁

現場の味とは、単なるレシピや規格だけでは捉えきれない、経験や現場感覚が織りなす品質そのものです。

これには、温度管理の微妙な加減や原材料の目利き、機械のわずかな癖への対応などが含まれます。

こうした現場力は、量産ラインには簡単には移植できません。

現場のベテランが暗黙知として持つ「コツ」は、数字やマニュアルでは表現しづらいためです。

そのため、品質の安定・向上やクレーム低減を図るにも、“現場の味”の再現は重要な課題となります。

現場の味=顧客からの絶対的信頼

例えば、食品メーカーであれば「昔ながらの味」こそがブランド価値です。

自動車部品や精密部品メーカーでは、ミクロン単位での仕上がりや手作業での微調整が製品の寿命や性能に直結します。

これらは現場で培われ、顧客から絶対的な信頼を得ているノウハウです。

ゆえに、“現場の味”の再現なくして、顧客満足の達成はできません。

アナログからデジタルへの壁:昭和からの脱却

アナログの良さと限界

日本の製造業は、長らくアナログな現場対応力によって世界トップの品質を確立してきました。

職人が独自の「勘」と「経験」で丁寧に製品を作り込む文化が根付いています。

しかし、市場のグローバル化や人材不足、納期短縮などの要請により、再現性・効率性・標準化が求められるようになりました。

アナログの良さを残しつつ、いかにデジタルや自動化に移行していくか。

これが現代製造業の喫緊の課題です。

現場の味をデータ化する難しさ

「何となくこの温度帯だと、出来が良い」や「この素材の場合は、少し多めに混ぜる」などの現場知見は、定量的に管理しにくいものです。

しかし、IoTやAI活用、工程解析が進んだ今こそ、こうした感覚をデータ化・言語化していく姿勢が求められています。

品温の変動、機械の振動のパターン、作業時間、点検項目などを記録し、現場の味のエッセンスを数値として残す。

これが現場力の継承と量産安定につながります。

味覚チューニングとは何か?

“味の最適化”の発想

製造業における「味覚チューニング」とは、製品が持つべき理想的な味、性能、仕上がり(クオリティ)を定め、ブレなく実現するための微調整活動を指します。

食品に限らず、工業製品でもこの考え方は極めて重要です。

・原料や部材ロットのばらつき
・作業者の経験や技量のバラつき
・季節や気候変動などの外的要因

これらを全て考慮し、現場の味=標準品質と定義し、ライン毎・時期毎にズレを補正する。

この「味覚チューニング」が、現場から量産へのブリッジとなります。

数値管理と感性管理の両輪

味覚チューニングは、決して「数値だけ」「勘や経験だけ」では成立しません。

両者のバランス、すなわちデータと感性の両輪で回すべきです。

「数値だとOKなのに、なんとなく違う」という現場の声は貴重なフィードバックです。

一方で、感覚だけでは再現性のある量産品質は作れません。

現場で「これが正しい味だ」と判断した状態を、誰がどんな条件でも再現できるよう明文化し、PDCAサイクルで連続的にアップデートしていきます。

現場の味を量産へ落とし込む手順

1. ノウハウの可視化・言語化

まず現場で大切にしている「味の基準」を明確に洗い出します。

作業手順を細かく分解し、各工程のチェックポイントや注意点を作業標準書や動画などで「見える化」します。

熟練者の五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)で感じている違和感を、「このとき~な音がしたら異常」「この色味なら良品」など、言葉や写真・測定値で表現します。

2. ヒアリングと数値化の徹底

現場メンバーへのインタビューや作業観察を徹底することで、ノウハウの言語化ギャップを埋めていきます。

職人が大切にしている「このくらい」や「あの感覚」を、測定器やセンサー、データロガーなどで再現可能なパラメータに変換します。

例えば、かつて職人の“ひと振り”だった塩加減を、1g単位でスケール化するのと同様です。

3. 試作・工程設計で“味”のチューニング

可視化・数値化した情報を使い、実際の生産ラインで試作を繰り返し、現場の味にどこまで近づけるかを確認します。

機械のセッティングや作業手順を細かく調整し、ばらつきがどこから生まれるのかを特定。

必要に応じてライン設計や工程配分を見直していきます。

この段階で最も重要なのは、現場担当者だけでなく、開発・設計・品質管理・生産技術・調達バイヤーなどの各部門が密に連携することです。

誰か一人の「感覚」や「判断」を頼りにしない体制を作ることが、再現性につながります。

4. 標準化と教育、そして“現場戻し”

味覚チューニングの結果を、作業標準書や作業指導に反映させ、全員が統一したやり方で作業できる体制を作ります。

「非常に細かい箇所まで可視化」「現場への教育の徹底」「現場からのフィードバックを吸い上げる体制」の三点が揃うことが肝心です。

加えて、標準化に落とし込む過程でうまくいかない場合は、必ず現場に戻って再調整を行う“現場戻し”も大切です。

購買バイヤー・サプライヤーが知っておくべきポイント

現場プロセスの理解と管理項目の明示

バイヤーやサプライヤーは、単に「出来上がった製品の仕様」だけを見るのではなく、「その製品がいかにして現場の味を守るよう管理されているか」に注目すべきです。

どの段階まで標準化が進んでいるか、バラつきの起点はどこなのか、作業者教育や工程異常の管理体制はどうなっているか。

これらの情報をヒアリングし、調達先を評価する視点が今後は重要になります。

“味のズレ”の根本要因を考察できるか

量産品に時折起こる“味のズレ”には、原料や工程、作業者教育、設備管理など様々な要因が絡み合っています。

単なる「規格内か否か」だけでなく、なぜ異常が起きたか、再発防止や再現性の担保まで一歩踏み込む目線を持ちましょう。

生産現場と連携しながら原因追求や標準化にコミットするバイヤーは、将来的にサプライヤーと強固な信頼関係が築ける存在となります。

まとめ:味覚チューニングは現場力×標準化の架け橋

現場の味は、長年積み重なった日本のものづくりの神髄です。

しかし、“現場の味”だけではグローバルで勝負できず、“量産の味”=再現性ある高品質な製品化こそが、今後の大きな競争軸になります。

現場のノウハウを徹底して可視化・数値化し、標準化を恐れず現場力を生かした味覚チューニングを実践しましょう。

バイヤーやサプライヤーも含めたチーム全体で、“現場の味”という付加価値を量産に乗せるための知恵を出し合い、ものづくりの新しい地平を切り拓いていきたいものです。

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