投稿日:2025年8月15日

現場の要望を一枚に集約するDX提案シートの書き方

はじめに 〜なぜ今、「DX提案シート」が必要なのか〜

製造業の現場では、日々多くの課題が浮かび上がります。
設備の老朽化、納期短縮要求、人手不足の深刻化、そしてDX(デジタルトランスフォーメーション)推進への圧力――これらの現場課題は、一つひとつが重くのしかかります。

ところが、現場の要望は生のままだと断片的で、経営層や外部パートナー、ITベンダーに正確に伝わらないことがよくあります。
この「意思疎通の壁」を突破するために、私は現場目線で現実的な「DX提案シート」の重要性を痛感しています。

本記事では、20年以上の現場経験を基にして、昭和のアナログ文化が根強い製造業でも活用できる、実践的な「DX提案シート」の書き方を解説します。
バイヤーや購買担当者、サプライヤーの皆さま、また現場のリーダー層にも役立つ内容となっています。

DX提案シートとは何か? 現場と経営、サプライヤーをつなぐ道具

曖昧な要望が招く失敗事例

「現状の作業を自動化したい」
「ペーパーレス化したい」
「もっと効率化できるツールが欲しい」

現場から挙がる要望は、たいていこのように抽象的です。
このまま上長に上申したり、サプライヤーにRFP(提案依頼書)として渡したりしても、「何をどう改善すべきか」がぼやけ、曖昧な提案や過剰投資に陥りがちです。

なぜ“1枚”にまとめるのか?

「簡潔にまとめ切る」ことで、全員が日常業務の合間でもパッと理解でき、各部門・経営層への説明やレビューもスムーズになります。
特に紙文化や根回し文化が根強い現場ほど、“1枚もの”は合意形成の武器になります。

DX提案シートの基本構成

DX提案シートに絶対に盛り込みたい6つの項目

  1. 課題・現状の把握
  2. 理想像・目標状態の定義
  3. 改善対象の業務・範囲の特定
  4. 求める機能・要件の整理
  5. 現場が考える導入効果(定量・定性)
  6. 現象に基づく裏付けデータ・現場証拠

この骨組みをA3用紙1枚か、パワポ1スライドで完結するようにまとめていきます。

1. 課題・現状の把握 〜“生”の現場データを重視〜

安易に「業務が大変」「負荷が高い」と記述しがちですが、これだけでは説得力に欠けます。

  1. どの工程で、どんな無駄(例:歩行・待ち時間・データ転記)が発生しているのか
  2. 頻度や時間、影響範囲(例:月50時間、2名分の残業)
  3. 属人的な作業やベテラン頼みの実態

など、現場観察や現場データを基に、写真・作業フロー・数値を盛り込むことでリアリティが増します。

たとえば、
「検査結果を手書き→Excel転記→印刷→上長押印→PDF化→メール送信 までに1ロット10分以上を要する。日次30ロットで5時間分(2名)を消費している。」

このレベルまで具体化することで、現場の切実さが伝わります。

2. 理想像・目標状態の定義

現状から「どうなれば嬉しいのか」を定義します。
これは、単なる自動化やシステム化だけではなく、

・人為的なミスゼロ
・即時でデータ集計・可視化
・設備停止時のアラート自動通知

など、現場側が「ありたい姿」を具体的に書くことが重要です。
併せてKPI設定(例:「転記時間ゼロ化」「作業標準化率95%」)ができれば、提案後の定着検証にも役立ちます。

3. 改善対象の業務・範囲を特定する

製造現場の多くは、多重工程と多重管理で構成されています。
全部を一度にDXで刷新するとコスト・混乱が極大化します。
そこで、まず
「今回の対象業務・ライン・担当者」
「関連する上流・下流工程はどこまで?」
「管理部門、現場、生産技術部門など関与範囲は?」
を線引きし、“小さく始めて早く回す”スコープを提示しましょう。

できれば運用フローの図解を入れて、「ここをこう変えたい」というイメージの統一を図ると、外部サプライヤーにもイメージが伝わりやすくなります。

4. 求める機能・要件の整理〜「現場あるある」な導入失敗防止策〜

意外と落とし穴なのが、「きちんとした要件定義」の不足です。
「こういう機能があれば助かる」「この帳票は絶対に外せない」「現場ネットワークは有線限定」など、現場目線とITベンダー目線のすり合わせを前提とします。

例えば、
・非ITユーザーにも直感的なUI
・現行手順から大幅なオペレーション変更が生じない
・現場での運転中でもデータ障害が生じない
・規格・法規制(FDA、ISO等)をクリア
などの条件は、事前共有が極めて重要です。

5. 現場が考える導入効果と期待値

ROI(投資対効果)や業務効率指標など、定量的な効果は図表化したいところです。
一方、「現場負荷・心理的負担の低減」「事故・異常対応力の向上」など定性的なメリットも必ず記入しましょう。


例:
「作業時間50%短縮、人的ミス激減」「突発設備停止時の早期対応」「若手育成のスピードアップ」

期待効果をあらかじめ宣言することで、その後の効果検証や追加改善サイクル(PDCA)にも連動しやすくなります。

6. 現象に基づく裏付けデータや証拠の添付

現場が粘り強く記録した「手書き作業ログ」や、「改善前後の動画・写真」「帳票サンプル」など、裏付けとなる現場証拠を添付することで、取引先や経営層にインパクトを与えます。

口頭説明や数値だけでなく、目で見える情報を根拠として揃えることが、「現場の声」を丸ごと伝える最短ルートとなります。

“昭和のアナログ業界”でも成功するDX提案シート活用術

現場リーダー・班長の巻き込み方

いきなり「DXだ!」と叫んでも、現場はなかなか動きません。
リーダーや班長レベルで「現場共感」を得るには、小さな定量データや動画撮影、5分間の現場ヒアリングなど、“着実な事実収集”と“小さな成功体験の積み上げ”が近道です。

調達購買・サプライヤーに求められる視点

バイヤーや外部サプライヤー側は、DX提案シートを「現場課題の本質を見抜くパスポート」として活用しましょう。
安易なパッケージ提案よりも、実際の課題に寄り添うオーダーメイド思考で“現場目線”に立ち返り、提案の質を高めていくことが長期的な信頼につながります。

【実践例】A社工場のDX提案シート事例


課題:
「設備停止時の原因報告が紙台帳記載のみ。時系列で集計できず、真因分析に数日かかる」

目標:
「自動で停止データが履歴化。現場パネルの2操作で報告完了、管理側はリアルタイム一覧確認」

改善範囲:
「成形ライン5部門」「作業員25名」「既存SCADAとの連動」

要件:
・既存HMIのボタン・警報とデータ連携
・記録漏れ時のリマインド
・多拠点展開可能な拡張性

効果:
「分析時間が1日→15分に短縮、現場作業量が週15時間削減」

現場証拠:
「手書き台帳写真」「Excel集計結果」「現場作業のビフォー&アフター動画」

このように「課題発見→現場証拠→実装イメージ→効果定量化」の流れが一本筋になっていることがポイントです。

まとめ:DX提案シートで“現場の痛み”を本気で可視化し、動かせ

昭和から続くアナログ文化が残る日本の製造業現場こそ、現場事実の集約・整理、そして「それを誰にでも直感的に伝えられる見える化」が必須です。

DX提案シートは、そのための「現場の声を経営やサプライヤーに届ける突破口」となります。
煩雑なレポートにせず、A3用紙1枚にこだわり抜き、シンプルな言葉・写真・データでまとめてみてください。

現場・調達・サプライヤーの立場に関係なく、いずれも「何のためにDXを導入するのか」の原点に立ち戻ることが、これからの日本製造業DXの命運を握る鍵となると私は確信しています。

あなたも、まずは「現場の痛み」「現場の真実」に向き合う1枚のDX提案シート作成から、変革の一歩を踏み出してみてください。

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