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人的資本経営が短期成果を求められる製造業の現実

目次
人的資本経営が脚光を浴びる背景
バブル崩壊後から続く日本経済の長期停滞により、製造業界は効率化・コストカットを至上命題として歩んできました。加えて、近年のグローバル化やデジタル化の進展、さらにコロナ禍が引き起こした急激な社会変化を受け、現場は大きな変革を迫られています。
そんな中で「人的資本経営」というキーワードが急速に注目を集めています。人的資本経営とは、従業員を単なる”人件費”や”労働力”として見るのではなく、「価値を生み出す資産=人的資本」として捉え、人への投資と成長が企業の競争力に直結するという考え方です。特に上場企業には、2023年度から人的資本情報の開示が義務付けられたことも、導入を後押ししています。
一方で、現場の管理職や現業部門では「短期成果を最優先する現実」と「人的資本経営との理想」のギャップに戸惑う声が多く聞かれるのも事実です。昭和から続くアナログな慣習や“成果主義一辺倒”な文化が根強く残る中、どのように人的資本経営を根付かせ、真の成果につなげていくべきなのでしょうか。
短期成果志向と人的資本経営のギャップ
世代交代できていない現場 ―「人材育成はコスト」意識
製造オペレーションの現場では、「計画通り生産する」「歩留まりと納期を死守する」ことが第一のKPIです。管理職や工場長も、多くの場合「月次・四半期・年度」での成果を厳しく問われます。
そのため「人材育成やスキルアップへの投資=数年スパンでリターンが帰ってくる取り組み」は後回しにされがちです。例えば、多工程保有の多能工教育や、若手に”困難な仕事”へ挑戦させるといった取り組みは「生産性が落ちる」「トラブルのリスクが増す」として敬遠され、「即戦力の必要人数を確保する」ことが現場の優先課題になるのです。
これは、昭和の大量生産モデルを支えた「技能伝承=背中で覚える」文化や、現場を最優先とするアナログ志向が今なお根を張っていることが一因です。加えて多くの現場管理職が、労務管理から生産工程管理、品質保証、取引先対応まで「マンパワー頼み」のオールラウンダーで求められてきました。長期志向のマネジメント思考へのシフトには根本的な構造改革が求められています。
短期志向のKPIと、人的資本経営の目指すもの
人的資本経営では、「人が自律的に学び、成長する」「ノウハウが組織で共有され、知恵となる」「多様な個性や価値観が新たなイノベーションを生む」ことが理想です。
ところが現場では、「とにかく今月の納期を死守」「不良ゼロを続ける」など短期的・定量的なKPIが評価の基本です。中長期のスキル育成や、失敗からの学び、職場のダイバーシティ推進といった取り組みは、評価指標やボーナス査定には直結しません。そのため「やった方が良いのは分かるが、目先の数字が一番大事」という停滞感が生まれるのです。
このギャップをどう埋めるか。ここにこそ、今後の製造業の明暗を分ける分岐点があります。
昭和型アナログ業界の、「抜本的DX」と「人への投資」
現場で根強い不安と抵抗
製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)は喫緊の課題です。しかし、多くの現場では「熟練者の勘・コツ」に頼る運用や膨大な紙帳票、口頭伝承が日常です。
このアナログな業務フローは、短期成果を重視する仕事の進め方にマッチしています。非効率であっても今の生産量・品質が維持できるなら、工程のブラックボックス化を続ける方が「リスクが少ない」と感じてしまいがちです。
だが、長期的な目線でみると、属人化・停滞の温床となり、次世代への技能継承の壁として立ちはだかります。特に人手不足・高齢化が進行する中、“目先の安心”を選び続けることが未来をどんどん狭めてしまっている現実があります。
DXと人的資本投資は一体で考える
デジタル技術の導入は、「効率化」「標準化」と「人の成長支援」の両輪で捉えるべきです。例えば、IoTやAIを活用することで、
・作業や品質データの見える化
・属人化業務の標準化
・個々の作業プロセスや熟練度の定量評価
が行えるようになります。これは「現場力そのものを見える化し、学習やスキルアップの材料にする」ことに繋がります。
また、DX化で定型業務の負担が軽減されれば、人はより難しい課題への挑戦や、新たなアイデア創出、リーダーシップ発揮といった本来の「人的資本」発揮の場面に力を注げるようになります。
DXと人的資本経営は表裏一体なのです。現場の生産力を維持強化しつつ、将来にわたって持続的な競争優位を築く土壌が整うのです。
人的資本経営の現場実装、どう進めていくか
トップダウンだけでは定着しない
経営陣が「人を第一」と宣言しても、現場での実効性が伴わなければ本当の人的資本経営は育ちません。ここ数年、多くの企業で「人的資本経営推進委員会」や「人財開発室」など新セクションが立ち上がりましたが、「管理部門の掛け声だけ」で終わるリスクは少なくありません。
大切なのは、現場主導の「変革の芽」を発掘し、小さな実践から着実に成果を積み上げることです(ラテラルシンキングによる現場起点の変革です)。
例えば
・DX人材育成研修に現役ラインリーダーを講師に起用
・若手と中堅の“業務改善プロジェクト”を現場主導で発足
・定量的な成果(コスト削減・生産性向上)と、取組みプロセスで得た「学び」を同時に評価する複線的な人事制度導入
こうした取り組みを、経営層が「数値目標」と「プロセス」を両面で評価し、次の展開につなげる。現場と経営陣の”解像度のズレ”を繰り返し修正しながら、一歩一歩進めていく泥臭さが欠かせません。
調達購買・バイヤーの視点から
調達購買部門は、価格交渉・納期調整・品質保証など目先の成果が厳しく問われる現場です。しかし、サプライヤーとの共創やパートナーシップ強化を掲げるなら、「人的資本経営」の理念が活きてきます。
例えば、サプライヤー側の担当者の成長を後押しする施策(教育プログラムやチームビルディング)を支援対象とし、単なる”値引き”ではなく、長期的な「相互成長」を交渉ゴールに据える。こうした動きはアジア各国とのサプライチェーン再構築が進む中、日本企業が競争力を保つ重要な視点となります。
サプライヤー側も「バイヤーは、なぜ短期成果ばかり気にするのか?」と悩みがちです。しかしその背景には「社内プロセスが定型・硬直化し、柔軟な人材活用や現場改善が進みにくい」という構造的課題があります。お互いの制約を理解した上で、互いに人的資本経営による”組織力の底上げ”を提案・実行できる関係が、今後ますます求められるでしょう。
製造業の持続的競争力を支えるための提言
ラテラルシンキングで突破しよう
現場目線で人的資本経営を根付かせるには以下のような「横断的な発想=ラテラルシンキング」が重要です。
・DX推進と人材育成を切り離さず、現場の「困りごと」解決から着手する
・短期KPIと長期育成指標を”両立”する多層的な評価制度を導入する
・調達・生産・品質管理・開発など、部門を横断した「成長連鎖(ラーニングサイクル)」を仕掛ける
・サプライヤーや取引先とも「人的資本経営」視点でのオープンな対話を行う
人材育成もDX化も、単一部門の苦労で終わらせず、組織ぐるみで新しい”当たり前”を創り出していくこと。それが短期成果偏重からの脱却につながり、中長期的な製造業の競争力底上げに資する道です。
やや遠回りに感じるかもしれませんが、昭和型アナログ慣習の“壁”は、小さな現場主導の一歩一歩の積み重ねの先にしか突破できません。
まとめ ― 今求められる「現場起点の人的資本経営」
日本の製造業は、短期成果を求められる構造的なジレンマと、業界特有のアナログ慣習に長年苛まれてきました。しかし、人的資本経営という新たな経営軸は、DX化と車の両輪で現場力の底上げ、持続的な成長への道筋を指し示しています。
肝心なのは、経営層主導の美辞麗句だけでなく、現場目線による実践的な取り組みを丁寧に積み重ねること。一部だけでなく、全体の現場力を「見える化」し、「短期と長期」「目先と未来」を横断的に評価しながら歩みを進めていく覚悟です。
調達・生産・品質・開発など全ての部門、さらにはサプライヤーを含めたバリューチェーン全体で、「人的資本への投資と育成」への合意と連携を目指しましょう。それこそが、人口減少・高齢化時代でも勝ち残る製造業の新たな地平線です。