投稿日:2025年9月11日

製造業が取り組むべき国際取引における人権デューデリジェンス

はじめに:急速に高まる人権デューデリジェンスの重要性

近年、グローバル化が加速する中で、製造業にも大きな潮流の変化が訪れています。

かつてのサプライチェーンは、コスト削減や納期短縮が最優先でしたが、今や「人権尊重」は避けて通れない重要テーマとなっています。

欧州を中心に人権デューデリジェンス(DD:Due Diligence)を義務づける法規制が次々と施行され、バイヤー・サプライヤー問わず、あらゆる事業者に対応が求められるようになりました。

本記事では、現場目線で見た人権デューデリジェンスの重要性と実践ステップ、アナログ文化が色濃く残る日本の製造業の現状、今後の対応策までを徹底的に解説します。

これからの製造業に求められる「新しい常識」を一緒に考えましょう。

人権デューデリジェンスとは何か?

人権デューデリジェンスの定義と国際的な動向

人権デューデリジェンスとは、自社の事業活動やサプライチェーン上で発生しうる人権へのリスクを特定し、評価し、防止・軽減するプロセスのことです。

この考え方は、2011年の「国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」を契機に世界標準となりました。

さらに2023年に施行された「ドイツサプライチェーン・デューデリジェンス法」や、今後予定されている「EUサプライチェーン・デューデリジェンス指令」など、各国で法制化の動きが加速しています。

これにより日本企業も直接・間接的に「人権リスク管理体制の整備」を求められる状況となっています。

なぜ今、製造業にも求められるのか

かつては人権は「CSR(企業の社会的責任)」の一部として捉えられ、綺麗事だと片付けられがちでした。

しかし今、グローバルの大手バイヤーは、取引先選定の基準に「人権デューデリジェンス」の有無を明確に組み込んでいます。

海外の完成品メーカーだけでなく、日本国内でも多国籍展開する自動車・電機メーカーなどが「サプライヤー行動規範」改定の動きを加速。

「下請けだから関係ない」では済まされなくなり、商取引の“前提条件”へと変貌しています。

アナログ文化が障壁になる日本の現場

一方、日本の製造業現場には、「昭和」のアナログ文化が色濃く残っています。

「現場で見てきたから問題ない」「長年の付き合いだから信用できる」といった感覚が根強く、データに基づくリスク評価や、全工程にわたるトレーサビリティ確立は、まだ一部に留まっているのが現状です。

このギャップが国際取引での「新たな壁」となりつつあります。

人権デューデリジェンス対応のための4ステップ

では、日本の製造業が持続的な成長・取引条件維持のために、具体的にどのような対応をすべきなのか。

20年以上現場に関わってきた経験をもとに、実効性ある4つのステップを提案します。

1. 方針とガバナンス体制の整備

まずは経営層が「人権方針」を明文化し、社内外へ公開することが第一歩です。

これは“対外的なアピール”以上に、現場に「このテーマは例外なく重要だ」と腹落ちさせるマネジメントの覚悟表明でもあります。

次に、人権リスクを管理するための専任部署や担当者(例:CSR部、調達部内の人権管理担当など)を設置し、業務フローを明確化します。

国内外の子会社やサプライヤーも含めた“横串”のガバナンス体制をつくることが肝心です。

2. サプライチェーン全体のリスク特定・評価

自社の現場はもちろん、原材料メーカーから2次・3次協力会社まで、「仕入れている」全てを洗い出し、その工程ごとに以下のような人権リスクを分析します。

– 児童労働・強制労働が存在しないか
– 労働時間や賃金が適切か
– 劣悪な労働環境の放置・現地コミュニティへの悪影響がないか

表面的な「調達先リスト」ではなく、実態を把握するため、現地訪問や第三者機関による監査も(段階的にでも)導入すべきです。

また、データベースやITツールを活用し、「情報の見える化」を進めることで、従来の“勘と経験”に頼るリスク判断から抜け出しましょう。

3. 改善・是正措置の実施

リスク評価から何らかの課題が見つかった場合、是正措置が必要となります。

たとえば、外国人技能実習生の働き方や、下請け加工業者の労働時間規制など、想定外の「落とし穴」は少なくありません。

現場管理者と連携を強化し、具体的なアクションプラン(例:教育研修の実施、労働契約の見直し、工程変更)を策定・記録することが欠かせません。

バイヤーとしての立場を利用して圧力をかけるのではなく、「共に成長するパートナー」として対話・改善を進める姿勢が評価されます。

4. 継続的モニタリングと情報公開

人権リスクの管理は「やれば終わり」ではなく、「運用し、磨き続ける」ことが重要です。

定期的な自己評価や外部監査、現場の声を拾うヒアリング体制の構築が求められます。

さらに、サステナビリティレポートなどで取り組み状況を情報公開することで、顧客・株主などステークホルダーからの信頼を高められます。

現場でよくある“誤解”とその本質

誤解1)「人権リスク=海外だけの話」

「人権リスクは東南アジアや発展途上国でよくある話で、日本国内なら問題ない」と思われがちです。

しかし、製造業の現場では、技能実習生・派遣労働者に依存する構造や、長時間労働・安全衛生の課題が身近に潜んでいます。

また、マイノリティや女性の待遇格差なども、見過ごせません。

国際的には「国内・海外」を問わず、“自社とサプライチェーン全体”を広く俯瞰することが求められています。

誤解2)「形式的な書類やアンケートで十分」

「チェックリストやアンケートで“問題なし”と書いてもらえば、とりあえずOK」という見かけ倒しの管理も、まだまだ横行しています。

しかし、海外の大手バイヤー企業は、「現地の管理体制や監査記録の開示」「実動のログ(労働時間、給与明細等)」まで求めてきます。

仕組みを“紙”から“データ”へ、「言葉」から「証拠」へと進化させなければ、アップデートについていけません。

なぜ、今“本気で”取り組むべきなのか?

取引停止リスクと日本製造業の生き残り戦略

人権デューデリジェンスを怠れば、最悪の場合「取引停止」「ブラックリスト入り」「ブランド毀損」など深刻なダメージに繋がります。

特に自動車・電機業界などのグローバルサプライチェーンに参入する企業は、「一社のミスで全体に損失…」という事態の重大性を実感しています。

「コストや生産性」だけでなく、「人権」も評価指標となる時代。

本気で取り組んだ企業と、そうでない企業――明暗はすぐに分かれます。

調達・バイヤーのプロとしての“視座”

調達・購買担当やサプライヤーの経営層は、単なる“買う側/売る側”の意識に留まらず、「社会的要請に応える責任」が問われています。

「このサプライヤーを本当に選んで良いのか」
「現場の働き方や雇用環境まで保証できるのか」
「自社の名に恥じない品質と倫理性が担保できているか」

これらの“厳しい問い”こそ、今後の事業継続・拡大の鍵となります。

アナログ業界からの脱却・具体アクションプラン

紙文化から「デジタル・トレーサビリティ」へのシフト

帳票・マニュアルを紙で保管、現地監査も慣例行事――このアナログ体質を変えるには、段階的なIT化が不可欠です。

– 原材料・部品の「入出庫情報」をデータベース化
– 作業者の労働時間・出退勤をタイムレコーダやICカードで記録
– 品質工程に合わせて「ロットトレース」を見える化

これにより、監査や改善指導の際も「感覚」ではなく「データ」で話ができます。

「デジタルトランスフォーメーション(DX)」は脅威ではなく、持続的な成長の“原動力”となります。

教育と現場コミュニケーションの強化

トップが方針を掲げても、「現場で何が“人権リスク”なのか分からない」では効果が出ません。

– 全社員向けeラーニングや研修会
– 外国人労働者への多言語マニュアル提供
– 労働環境の“現場サーベイ”や相談窓口設置

こうした取組みが従業員の「気づき」を促し、小さなサインを早期発見につなげます。

オープンなパートナーシップづくり

バイヤーとサプライヤー間で、「人権リスクは二人三脚で解決する」という信頼関係が何より大切です。

価格交渉や納期調整の場だけでなく、課題を共有し、具体改善策をともに考える“ワークショップ”の開催なども有効です。

正直な対話こそが取引の安定と信頼性を築きます。

まとめ:時代を超える製造業の使命

人権デューデリジェンスは、かつての「コストカット・納期ファースト」に並ぶ、新時代の“必須要件”となりました。

アナログな現場文化に安住せず、変化を受け入れて「やればできる」組織体質を生み出すことが──昭和を超え、令和の製造業として生き残る鍵となります。

あなたがバイヤーでも、サプライヤーでも、現場管理者でも、今このテーマに目を向け、行動することが業界全体に新しい地平線をもたらします。

一歩踏み出す勇気が、あなたの会社、ひいては日本のものづくり全体の未来を創ります。

今こそ、人権デューデリジェンスの「主体者」となりましょう。

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