投稿日:2025年8月13日

難削材の局所置換で工具費を抑えるハイブリッド設計

はじめに:製造業にとっての「難削材」と工具費の課題

製造業の現場において、「難削材(ナンセツザイ)」の加工は古くて新しいテーマといえます。
難削材とは、一般的な鋼材やアルミとは異なり、切削性が極めて悪い材料を指します。
代表的なものでは、インコネル、チタン合金、ハステロイ、高硬度鋼などがあります。

難削材は航空・宇宙産業や医療機器、エネルギー関連など高付加価値分野での利用が多く、設計段階から素材指定されるケースが増えています。
ですが、この難削材、現場にとっては工具摩耗や加工コストの増大という、頭の痛い問題でもあります。

特にバイヤーやサプライヤーの現場では、「工具寿命が短くてコスト削減が難しい」「切粉トラブルや加工不良が多い」といった悩みが絶えません。
しかも一つの製品が多工程で構成される今、工具費の高騰は部品コスト全体にじわじわ効いてきます。

この課題に対し、従来から「材質の一括指定」や「全数難削材」採用という設計思想がはびこっていました。
しかし、今こそラテラルシンキング、すなわち「既成概念を飛び越える新しい発想」による局所的な材質置換、いわゆる“ハイブリッド設計”が求められています。

難削材採用の「常識」を疑う――なぜ局所置換なのか

従来の設計思想の課題

昭和~平成初期のモノづくり現場では、「安全マージン重視で全体に難削材指定」「一度決めた材質は変えない」のが当たり前でした。
これは、設計部門と現場部門の分断、材料商社による一元調達、またQC(品質管理)観点での単純化への志向があったためです。

しかし現代のグローバル市場競争、工程短縮、多品種少量化の流れにおいては、「全体に難削材を奢る」ことで加工コストと工数爆増、納期遅延、冗長なサプライチェーンといった弊害が現れ始めました。

現場でヒアリングしてみると、
– 加工途中での工具交換が頻繁で段取り替えが多い
– 不要な部分まで高価で加工が大変な素材になっている
– 工具費だけでなく冶具や機械への負荷、作業者の疲弊も甚大

といったボトルネックが浮き彫りになってきます。
これでは、いくらコストダウンや納期短縮を唱えても根本的な解決には至りません。

なぜ「局所置換」なのか

「一部だけ難削材、他は加工容易な一般材にする」
この局所置換の発想は、設計・製造・調達それぞれにメリットもたらします。

1. 工具摩耗の集中回避
局所的に難削材を配置することで、工具寿命の大きな短縮を防げます。
また、難削部分のみに専用工具を投入し、残りを標準工具で加工、工具管理もシンプル化。
2. 工数最適化によるリードタイム短縮
難削パートと一般パートを並行で加工できれば、トータルのリードタイム短縮も可能です。
3. 部品コストの最適化
難削材は高価です。
局所置換で体積比を減らし全体コストを抑えます。
また、サプライヤー側でも「ここだけ注意」と明確化でき、不良リスクの分散にもなります。

この局所アプローチは技術的に難しい部分もありますが、バイヤー・サプライヤー双方にとってイノベーションの種となります。

ハイブリッド設計を可能にする最新技術と現場知見

異種材接合(ディスシミラー・マテリアル・ジョイニング)の進化

「異なる材質を一体化できればコストも省けるのに」と、誰もが一度は考えたことでしょう。

近年では溶接、摩擦攪拌接合(FSW)、ろう付け、さらには金属3Dプリンタによる多素材積層など、”異種材接合技術”が成熟しつつあります。
これにより、部分ごとに最適な材質を割り当て、難削箇所だけ厳選素材×高機能×高コスト、他は一般材で低コストを両立できるのです。

例えば、
– 切削が難しいけれど高温耐性が必要な面だけにインコネル合金
– ねじれや曲げのストレスが集中する部分だけにチタン
– 大面積の耐摩耗面だけに超硬または耐摩耗合金

こうした設計が、以前では考えもつかなかった現実解となっています。
サプライヤー各社にも得手・不得手がありますので、バイヤーは得意技術を見極め調達先を開拓すると良いでしょう。

設計と現場が連携するために――「難削化ポイントマトリクス」

私が工場長時代に重視したのが、CADや図面上で「難削材局所箇所」を可視化して設計部門と積極的に協議する仕組みです。
具体的には次のようなアプローチです。

1. 部品ごとの加工難度を工程順に一覧化(難易度マトリクス化)
2. なぜその部分に難削材が指定されているのか、機能要件や規格を照会
3. 該当箇所だけ材質・熱処理・コーティング等にバリエーションを持たせ、サンプル試作

こうすることで、現場の工具摩耗実績・加工不良報告と設計側の意図が噛み合い最適化された“局所難削化”が実現します。
これは昭和的な“職人頼み”を脱却し、データと設計思想の融合を図る「デジタル現場力」の第一歩でもあります。

バイヤー・サプライヤーが知っておきたい「局所難削化」調達のコツ

バイヤー目線での「最適サプライヤー配置」

局所に難削材を用いるハイブリッドパーツは、サプライヤー選定も胆です。
従来は「何でも一社でフル加工」が美徳とされがちでしたが、局所難削化では
– 難削材接合・加工の専門工場
– 一般材料加工の量産工場
– 最終組立・調整品精度保証の工場
と分業体制を敷くことで、QCD(品質・コスト・納期)最適化が可能です。

バイヤーは異種材接合のサンプルテストや実績例、加工歩留、工具管理体制を聞き込み、適材適所のサプライヤーマネジメントを進めましょう。
また、工程ごとの不良率やリードタイムの違いも明文化し、定期的なフィードバックとPDCAによる改善を欠かさないことが重要です。

サプライヤー視点:「何を聞き、どう伝えるか」

一方、サプライヤー側も「局所難削化」案件を受注する際は
– 難削エリアと一般エリアの境界精度や接合部処理の注意
– 材質違いでの熱膨張や機械的応力の変化
– 多工程分割による社内外の連携体制
などへの自社対策を事前に整理しましょう。

また「そもそもどこまで難削材が本当に必要なのか」といった設計の意図も積極的にヒアリングし、コストや工程リスクの観点でバイヤーと率直な意見交換をしましょう。
いまや「言われた通り作る」の一歩先、“提案型パートナー”として振る舞うことが競争力の源泉となっています。

現場実録:局所難削化と工具費削減、実際の効果は?

難削材の局所置換、その理屈は分かるものの「本当に現場で使えるのか?」と腰が重い人も多いのではないでしょうか。
ここでは私の工場での実践例を紹介します。

航空エンジン用シャフト部品(全長900mm)の場合、従来は全体が高硬度マルテンサイト系ステンレス(HRC50以上)。
一本加工で、工具費用が部品コスト全体の約20%に及び、工具交換回数は毎日数十回と大きな負担でした。

そこで、耐摩耗が必要な端面30mm部だけ高硬度鋼、それ以外は加工性の良いクロムモリブデン鋼に「摩擦攪拌接合(FSW)」で置換。
難削材部分は専用PCD工具と新型切削油で集中管理、それ以外は一般超硬工具に。
この結果、工具費は従来比で60%低減。
加工時間も大幅に短縮し、生産性はなんと30%向上しました。
さらに材料費自体も15%コストダウンとなり、一石三鳥の成果となりました。

もちろん、接合部の疲労強度や品質保証・工程管理に新たな課題も出てきましたが、工程分解・テストを繰り返すことで、現場ナレッジが積み上がっていきました。

『難削だから全部難削材』というアナログ時代の常識を捨て、”どこに本当に必要か”を数字と現場の知恵で突き詰めていく。
これが、製造業の新たな地平線、「ロジカルな作り込み型ものづくり」の鍵であると強く感じています。

おわりに――変革に踏み出す勇気が未来を拓く

難削材の局所置換を取り入れたハイブリッド設計は、単純なコスト削減テクニックの域を超え、設計・工程管理・調達・現場技能のすべてを進化させるイノベーションです。

昭和時代の一括指定、職人重視の暗黙知頼み、材料商社の伝統――こうした“常識”に一歩踏み込んで疑い、新たなものづくりの可能性を探る。
製造業に勤めるあなたこそ、その主役です。

バイヤーを目指す方、サプライヤーの皆さんも、ぜひ“局所難削材化”という発想を現場に持ち帰り、仲間と議論し、まずは一つの工程から小さなチャレンジを始めてみてください。

ラテラルシンキングから生まれる実践知が、きっと日本の製造業の未来を切り拓いていくでしょう。

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