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設計者の“暗黙知”が共有されず属人化してしまう問題

目次
はじめに:設計現場で起きがちな“暗黙知”の属人化とは
設計業務の現場では、設計者の独自の経験やノウハウ、すなわち「暗黙知」がどうしても個人の中に蓄積され、組織全体には共有されにくい傾向があります。
この“属人化”こそが、品質のばらつきや継承の困難、効率化の阻害要因となり、現場における多くの課題の根本原因となっているのです。
この記事では、長年製造業に携わった現場目線で、「なぜ暗黙知が属人化するのか」「それがどんな弊害をもたらすのか」「アナログ文化に根付くこの問題をどう乗り越えるか」を具体的に解説します。
設計者だけでなく、調達・購買、生産管理、品質管理、さらにはバイヤーやサプライヤーの皆様にも有益な情報をお届けします。
暗黙知とは何か? —— 明文化されないプロの技術と判断
暗黙知と形式知の違い
一般に知識は「形式知」と「暗黙知」に分けられます。
形式知とは、マニュアルや図面、標準化された手順のような、誰もが参照できる文書化された知識です。
一方、暗黙知は、設計現場で「何となくこうすると上手くいく」「微妙な調整のコツ」といった、紙には書かれない微細な技術やノウハウ、人間の判断や経験則に依拠した知識を指します。
現場の設計者が蓄積する“引き出し”
たとえば、ベテラン設計者が冶具や治工具の設計をする際、限られた情報から「この組み合わせなら干渉が出やすい」「こうしておけばトラブルを未然に防げる」といった判断ができます。
この“引き出し”は、失敗経験や現場での試行錯誤から生まれたものであり、設計書やマニュアルだけでは伝わらないものです。
このような暗黙知がチーム全体に伝承されないと、新人や異動者は同じ失敗を繰り返してしまい、現場の成長が鈍化します。
なぜ“暗黙知”の属人化が進むのか? —— 昭和的アナログ文化が原因の1つ
ベテラン頼み文化とコミュニケーションの壁
日本の多くの製造業では、「先輩の背中を見て覚えろ」という昭和的な現場主義が色濃く残っています。
設計上のトラブルや調整方法などは、ベテランの経験に大きく依存し、明文化・標準化が後手になりがちです。
その結果、技術やノウハウはベテランの頭の中に“閉じ込められたまま”になり、誰でも再現できる形式知とはなりません。
また現場は日々忙しく、技術伝承のための時間や余裕が確保しにくく、つい「自分でやった方が早い」「伝えるのが手間」となり、属人化に拍車がかかります。
引き継ぎやドキュメント整備の軽視
多くの設計部署では、担当者の異動や退職時の引き継ぎが非常に形式的になっています。
詳しい過去の経緯や、設計意図、失敗事例などが十分に共有されず、後任者がゼロから積み上げ直すケースもしばしば見られます。
また、設計変更やバージョン管理が手作業や口頭ベースでされている現場も40~50代以上のベテランが多い環境では珍しくありません。
これはDX(デジタルトランスフォーメーション)が進まない、日本特有の手作業文化が根強い証拠でもあるのです。
“暗黙知”の属人化がもたらす具体的な弊害
品質のバラツキとトラブル発生
設計者ごとのノウハウが十分に伝わらない場合、同じ製品や部品であっても担当者が代わると仕様や出来栄えが変動しやすくなります。
たとえば、微妙な寸法公差や組み付け方法、加工工程の設定が人により異なれば、現場で不具合や手戻りが多発します。
その結果、現場作業者や調達先(サプライヤー)も毎回対応に追われ、全体最適から遠ざかります。
属人化により教育・継承の機会喪失
現場で求められる「応用力」や「経験的な判断力」は、ベテランだけが持つノウハウに依存しやすく、若手や異動者は指示待ちになってしまいます。
これでは組織として“強い設計力”を継承することができず、人材育成や現場の成長を妨げます。
結果として、若手の早期離職や属人化による業務停滞など、将来に大きなリスクを残します。
サプライチェーン全体への悪影響
調達購買・サプライヤー側は「なぜこういう設計になっているのか」という本質が見えないまま、ただ仕様通りに作るだけになりがちです。
設計者の暗黙知が伝わっていれば、「この穴は位置精度よりも強度が重要」など現場事情を理解した最適提案ができるのですが、仕様書だけでは意図が読み取れません。
結果的に「本当はもっと安く・良い方法があるのに伝わらない」「ムダなコストや手間が発生する」というジレンマが顕在化します。
属人化を乗り越える具体的な改善アプローチ
設計レビュー会議の標準化とオープン化
設計者同士が「なぜこの設計になったのか」「どんな工夫や注意点があるのか」を定期的にレビューし、安易な了承や一方通行で終わらせない仕組みが重要です。
設計書や仕様書だけでなく、設計の“意図”や経験値についても積極的にディスカッションし、チーム全体でノウハウとして記録化します。
このとき重要なのは「答え合わせ」ではなく「問いを深める」こと。
言語化しにくい微妙なニュアンスまで掘り下げることが、暗黙知の形式知化につながります。
“現場OJT”+“ナレッジベース”のハイブリッド活用
昔ながらのOJT(On the Job Training)は暗黙知の伝承には有効ですが、属人化リスクも残ります。
そこで近年は、社内Wikiやナレッジベース、FAQ形式のナレッジ集を導入し、「誰が見ても再現可能な知識」と「ベテランならではの気付き・裏技」をセットで残す動きが広がっています。
熟練者が失敗した事例や、裏話レベルのノウハウも積極的に記録し、それを後任や若手が定期的に見直せる文化こそが、暗黙知の再生産に繋がるのです。
DX・デジタルツールの活用
設計コラボレーションツール(CAD、PLM、PDMなど)の活用は、設計経緯や変更履歴の可視化を促進します。
また、設計意図や思考過程を共有するコメント機能やチャットを活用することで、「なぜこうしたのか」という背景情報も蓄積できるようになります。
バイヤーやサプライヤーもこうしたデジタル化された情報共有の恩恵を受けることができ、「現場の感覚」を理解した調達がしやすくなります。
アナログ業界でも“暗黙知”を言語化・標準化するコツ
小さな成功事例の共有・称賛
「失敗談は隠すもの」という風潮がいまだに現場にはありますが、むしろ小さな失敗や成功の裏側にこそ、暗黙知の宝庫があります。
現場で「あの設計ミスが実はこの気付きになった」など、個々の経験を定期ミーティングや社内SNSでシェアし続けることが、暗黙知の形式知化と組織学習の土台となります。
バイヤー・サプライヤーとの設計段階からの連携
サプライヤー目線では「何をバイヤー(設計者)が本当に重視しているのか」が見えにくいですが、設計段階からサプライヤーを巻き込むことで、現場知見や暗黙の前提を共有できます。
これにより、仕様書には書かれない「現場の勘所」をサプライヤーも知ることができ、不良リスク低減やコストダウンへの提案が促進されるのです。
まとめ:新しい地平を切り開くために、現場も“知”をアップデートしよう
暗黙知の属人化は、製造業に限らず、あらゆる現場で発生しうる深刻な課題です。
昭和から続く“背中を見て覚えろ”文化とデジタル化の波、その狭間にある今こそ、自社・自職場の知のあり方を見直す転換点です。
組織として暗黙知を共有・形式知化し、現場全体の“設計力”を底上げするには、個々人の自発的な取り組みと、現場をリードする管理職・トップ層の本気度が不可欠です。
設計者、バイヤー、工場管理者、サプライヤーのすべての皆様に、ぜひこの機会に「自分の知識、仕組み化できているか?」を自問していただきたいと思います。
“知”を共有し合い、業界全体が前に進む。そんな新しい地平線を、ともに切り開いていきましょう。
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