投稿日:2025年8月28日

顧客からの要望が属人的で統一性がない課題

はじめに:なぜ顧客要望は属人的で統一性がないのか

製造業の現場では、「顧客からの要望が担当者ごとに違い、統一性がなくて困っている」という声を多く耳にします。
私自身、調達購買や生産管理の管理職として20年以上現場に携わってきた経験からいえば、これは決して珍しい現象ではありません。
なぜなら、多くの製造業現場ではアナログなやり取りがいまだ根強く残っており、人を介したコミュニケーション、属人的なノウハウで仕事が進むことが常態化しているからです。

本記事では、どのような背景で要望が属人的になり、なぜ統一性を持たせることが難しいのか。
その課題をどのように乗り越えていくべきか。
また、これからの製造業に求められる業務改善や標準化への道筋についても、現場目線で深堀りしていきます。

顧客要望“属人化”のメカニズム

1. 昭和型アナログ文化の残存

多くの製造業では、長年にわたって引き継がれてきた“職人芸”や“経験と勘”に頼った現場運営が根付いています。
顧客との要望のやり取りも電話やFAX、メールなど口頭・テキストベースの非体系的なもので、「昨年の○○さんはこういっていた」「前回の担当者はこうだった」というように、個々人の経験や認識に大きく依存しています。

このような状況は、属人化をさらに加速させます。
組織としての知識や要望の集積は進まず、どうしても担当者ごとのやり方や考え方が反映されてしまうのです。

2. バイヤーとサプライヤーの関係性が生む“独自流”

サプライヤー側から見ると、バイヤー(調達担当者・購買担当者)との関係性が非常に重要です。
バイヤーごとに“好み”や“重視するポイント”が若干異なるため、それぞれに合わせた対応を模索します。
たとえば、「コスト重視」「納期重視」「品質の証明資料重視」など、求められる優先順位が違うため、サプライヤーは“個別カスタマイズ対応”をせざるを得ません。
その結果、サプライヤー社内でも「○○社のA担当はここを細かく見てくる」「B担当はそこまで気にしない」など、“相手担当者マニュアル”が非公式に存在するのです。

3. 要件定義や仕様の曖昧さ

特に見積り依頼や図面・仕様提示の場面で、要件がきちんとドキュメント化されておらず、「この前と同じで」「いつもの感じで」といった“曖昧表現”でやりとりされる場面が数多くあります。
属人化が進む要因の一つは、こうした不明確な指示・依頼が起点となり、担当者ごとに勝手な解釈が入るため、正しく情報が伝わらずミスや手戻り、無駄なコスト発生に直結しています。

属人的な顧客要望がもたらす具体的な課題

1. 業務効率の低下と属人依存体質

属人化した要望管理は、結果として担当者が変わるごとに引き継ぎミスや認識齟齬が起きやすくなります。
現場でよくあるのが、「引き継ぎ担当がこのニュアンスを知らなかった」「前任者だったらもっと良いクレーム処理ができていた」といった事例です。
業務は回っているように見えても、一人ひとりの記憶や経験に頼った運営となるため、急な退職や長期休暇が出た場合、大きな混乱に陥ることは珍しくありません。

2. 品質事故やクレームの温床になる

要望の履歴や管理方法が標準化されていない場合、肝心なポイントが抜け落ちたり伝達ミスが発生しやすいため、出来上がった製品に不具合やミスが生じやすくなります。
特に自動車部品や精密機器など高い精度を求められる分野では、小さな指示漏れが重大な品質事故やクレームに繋がるリスクが高まります。
それが“顧客の不信感”や“取引停止”といった事態を招くこともあり得るのです。

3. 組織としての学習・改善が進まない

属人的な情報管理は、組織全体としてのナレッジやノウハウの蓄積を妨げます。
担当者個人にノウハウが貯まったまま組織を去ると、またゼロからやり直しになります。
組織の学習スピードが極端に遅くなり、改善提案や標準化のイニシアチブも発揮されません。
結果として、過去のミスやトラブルが何度も繰り返され、企業としての競争力がじわじわと低下していくのです。

アナログ業界に根付く背景——なぜ変革が進まないのか

1. 現場主義の良さと弊害

日本の製造業は「現場の声を大切にする」「現場で考え、改善する」という文化が根強く、“現場主導の自主改善”が発展の歴史を支えてきました。
しかし、現場主義が強すぎると、全体最適を無視した小さな最適(部分最適)にとどまりやすく、「自分のやり方が一番」「どうせ標準化なんてできない」という諦めがちの雰囲気も生み出してしまいます。

2. ITやシステムへの抵抗感

情報のデジタル化やシステム化は属人化や非効率を打破する大きな鍵ですが、現場の多くでは「手書き伝票が安心」「システムは難しい」という固定観念が依然として残っています。
また、年配層の“ITリテラシーの壁”と導入コストへの懸念から、DX(デジタルトランスフォーメーション)が遅々として進みません。
Excelでの個人管理や手書き見積書がいまだに現役で使われているケースも珍しくないのが実情です。

3. サプライチェーン全体の非標準性

ひとつの企業内だけ標準化を進めても、取引先バイヤーごとに異なったやりとり・要望ルールが存在しているため、なかなか全体の最適化には至りません。
系列取引や長年の慣れ合いが残っているため、どうしても「ウチはウチのやり方で」と抜本的な標準化へのインセンティブが生まれにくいのです。

属人的から脱却し、統一性を実現するためのアプローチ

1. まずは“見える化”から着手する

要望伝達の標準化には、現場でどんなやりとりが、どれくらいの頻度で発生し、誰がどんな課題を感じているかをまず“見える化”することが大切です。
「よくある問い合わせ」「過去のクレーム事例」「個別要望リスト」など、データや事実を整理し全員で可視化・共有することから始めましょう。
これにより、何が根本原因なのかを議論する土台ができます。

2. 標準フォーマット・チェックリストの作成

要望依頼書や見積もりフォーム、図面指示書などを業界ないし自社で統一したフォーマットにすることで、“抜け漏れ”や“担当者ごとの認識差異”を最小限に抑えられます。
「どの項目が必要で、どの情報がマストなのか」を全社で合意してテンプレート化する取り組みは、すぐにでも始められる改善策です。

3. ITプラットフォーム・クラウドの活用

最近ではクラウド型の見積り管理システムや、タスク管理アプリを活用し、顧客要望や営業履歴を一括してデータ管理する企業も増えています。
担当者が変わっても履歴や経緯が一目で分かる。過去の対応事例を参照できることで、業務の標準化が進み、ミスやトラブルを激減させられます。
導入コストや現場研修の手間はかかりますが、長い目でみれば莫大なリスク回避と効率改善につながるでしょう。

4. 組織間・企業間でのコミュニケーションルール整備

顧客ごとに異なる要望が飛んでくる場合、顧客自身も複数担当で統一感が出ていないことが珍しくありません。
このため、サプライヤーとしては“お互いのため”にも、「標準化ルールを作りませんか?」と、建設的な対話を持ちかけることが重要です。
新規取引時にも「標準依頼様式」や「情報管理プロセス」を提示し、取引先巻き込み型の取り組みを行う企業が増加しています。

昭和からの脱却──これからの製造現場に必要な意識

1. 「仕事=担当者個人のもの」から「組織の資産」へ

現場で学んだ暗黙知やノウハウは、個人が“自分の仕事”として完結させるのではなく、“組織の財産”として形式知化し、誰でも使える状態にすべき時代です。
情報共有やマニュアル化には現場の反発もありますが、それを乗り越えてこそ、トラブルにも強い持続可能な体制づくりが実現できます。

2. 「属人化が日本の強み?」に潜む落とし穴

日本的な擦り合わせ文化や現場力は一定の強みですが、グローバル競争やサプライチェーンの複雑化が進む現代ではリスクにもなり得ます。
「自分だけ知っている」「担当者がいなければ分からない」といった仕組みは、企業としての成長や持続性を損ねることを肝に銘じましょう。

まとめ:バイヤー・サプライヤー双方の視点から考えてみよう

顧客からの要望が属人的で統一されていない課題は、どこの製造業でも直面する典型的な悩みです。
しかし、これを単なる“現場のムード”や“仕方のないこと”として捉えずに、今こそ組織間・企業間で真剣に向き合い、体系立った改善が必要なタイミングです。

バイヤーを目指す方は、情報整理・標準化ができている取引先が求められることを認識し、ロジカルな要望伝達スキルやプロセス改善への意欲を磨きましょう。
いっぽう、サプライヤーとしても担当者依存から脱却し、自社内で知恵と情報をプール・共有して“変える力”を強めていくことが未来を生き抜く鍵です。

属人化に潜む根本的な理由や解決策を正しく理解して行動することで、昭和的なアナログ体質から一歩先の新しい製造現場を一緒に創り上げましょう。

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