投稿日:2025年8月26日

過剰なセキュリティ要求で取引コストが増大する課題

はじめに:製造業におけるセキュリティの重要性と現場の悩み

近年、サプライチェーンのグローバル化やサイバー攻撃の巧妙化を背景として、製造業界ではセキュリティ対策の重要性がますます高まっています。

情報漏洩や不正アクセス、知的財産の流出など、経営リスクが顕在化する中、セキュリティ要求はますます厳格になってきました。

一見すると、これらは企業を守るために不可欠な取り組みに思えますが、現場レベルでは「過剰なセキュリティ要求が取引や業務の足かせになっている」という声も根強く存在します。

また、業界構造自体が昭和の高度成長期から続く人間関係・取引慣習を色濃く引き継いでいるため、デジタル化の波に乗り遅れている側面も少なくありません。

本記事では、「過剰なセキュリティ要求」とは何か、現場で実際に生じている課題、取引コスト増大の具体例、そして今後のスマートな対策について、20年以上の現場経験にもとづく実践的な視点から深く掘り下げて解説します。

過剰なセキュリティ要求とは何か?尺度の曖昧さと現場の負担

本来求められるセキュリティレベルとのギャップ

セキュリティ要求とは一口にいっても、その内容やレベルは多岐にわたります。

取引先や顧客から「ISO27001を取得せよ」「サーバーはすべて国内で運用せよ」「USBメモリの全面禁止」「年1回の全社員教育実施」「監視カメラ24時間記録・保存」など、枚挙にいとまがありません。

しかし、注意したいのは「その取引に本当に必要な要件なのか」という見極めが十分に行われていないケースが多い、ということです。

たとえば、図面1枚だけ渡して製品を供給する部品メーカーにも、完成品メーカーと同じ過剰な情報管理体制を要求する例もあります。

結果として、中小サプライヤーが「なんとか本業の合間に書類をやっつける」「非効率な運用を強いられる」ことが常態化しつつあるのです。

業界慣習や過去の事件が与える「過剰反応」

業界全体として、残念ながら「前例踏襲」「とりあえず厳しければ安全」というマインドが根強く残っています。

過去に一度でも情報流出の事件が起きれば、翌日から取引全体で厳格な規則が求められる、といった過剰反応も珍しくありません。

一方で、具体的なリスクアセスメントや再発防止策の本質的な見直しよりも、「形式的な追加要件」の重視に陥りやすい現実が、現場の負担増と取引コストの増大を招いているのです。

現場担当者が直面する“セキュリティコスト”の実態

見えにくい「人件費化」するコスト

セキュリティ要件に対応するため、現場担当者は日常業務の傍らで膨大な工数を費やしています。

たとえば、個人情報や設計図面の管理台帳作成、アクセスログの記録、使用端末の監査、情報共有ツールの制限管理など、1つ1つが短時間では済まない作業です。

とくに製造現場や品質保証部門では「本業に集中したいが、求められる書類とチェックに追われる」という声が絶えません。

こうした雑務や社内調整業務は、直接経費に換算できず見えづらいですが、企業全体の人件費や残業コストに確実に跳ね返ります。

中小サプライヤーへの過度な負担と取引リスク

資本力やリソースに余裕のある大手企業はともかく、下請けサプライヤーではセキュリティ対策に充てられる人材や予算には限りがあります。

「これ以上対応できない」と受注を諦める企業も出てきており、日本特有の「系列構造」を弱体化させる要因にもなっています。

また、取引先によって要求水準や様式が異なるため、「この会社はこの書式」「あの会社はあのルール」と対応が煩雑になり、結果としてヒューマンエラーや現場混乱も引き起こします。

現場のリアルな悩みとして、「セキュリティ要件が煩雑すぎて結果的に管理がずさんになる」という本末転倒な事態も起きているのです。

セキュリティツール・システム投資の“陳腐化”リスク

外部からセキュリティ体制の強化を要請されるたび、新たなツールやシステムを導入する企業も多いです。

ところが、部分最適のシステム乱立によって統一性や運用性が損なわれ、余計な維持費や教育コストが増える一方の企業も少なくありません。

しかも、業界の現場では、“昭和的”な紙ベース管理やハンコ文化が抜けきれず、本質的なデジタル化や自動化の足かせにもなっている現状があります。

バイヤー目線の「リスク回避志向」が取引を複雑にする理由

「発注者責任」の強調がもたらす過度な要求

法令遵守や顧客監査への備えとして、バイヤー側は「万全なセキュリティ対応」を強調せざるを得ないプレッシャーにさらされています。

万が一、サプライヤー側で情報漏洩等の事故が起こると、発注企業にも「監督責任」が問われ、契約解除や損害賠償問題につながるケースもあります。

このため、「多めにルールを敷いておけば安心」「誰もが納得する“証拠”を残しておきたい」と考えがちです。

特にグローバル企業や上場企業では、海外基準やグループガバナンスの要求も加わり、国内中堅・中小企業にとっては「現実離れした書類」が押し付けられる場面も見受けられます。

「他社もやっている」論理の拡大解釈

バイヤー調達部門では、「競合他社もこの基準で進めている」「グループ全体の施策だ」といった理由で、さらに求める水準がエスカレートします。

現場感覚やサプライヤーの実力を考慮する前に、「形式的・網羅的」な枠組みでチェックリストが独り歩きする現象が多く見られます。

これが“本当に必要なセキュリティ”のみならず、“誰も使わない高度な暗号化”“意味のないアクセス制限”など、形骸化した対応を訴求する一因になっています。

「過剰なセキュリティ要求」がもたらす悪循環

サプライヤーの疲弊と取引コストの増大

過剰な要求に応えるには、専任の管理担当や教育研修、システム投資など多岐にわたるコストが発生します。

一方で、これらの付加的コストは価格交渉や契約上はなかなか反映されにくいため、「受注しても利益が出ない」「結局取引を断念する」といったサプライヤー側のモチベーション低下につながります。

結果として、本来のパートナーシップが崩れ、業界全体の取引効率やECOSYSTEMの殺伐化を招きかねません。

取引機会の喪失と業界の競争力低下

過剰なセキュリティ対応が新規参入の壁となり、少ないサプライヤーに取引が集中すれば、供給リスクや価格高騰の温床になります。

また、「面倒だから海外サプライヤーに頼る」「結局大手しか仕事を発注できない」といった集中化も、長期的には日本のものづくり全体の競争力低下を招く危険性があります。

これは、昭和由来の長期的な信頼・協力関係を基盤にしてきた製造業本来の強みを損ねかねない深刻な問題です。

ラテラルシンキングで考える、今後の賢い「セキュリティとコスト」のあり方

リスクベース・アプローチの徹底

課題解決の第一歩は、「すべての取引に最大級のセキュリティ」を要求するのではなく、「リスクベース」で必要十分な要件を定めることです。

たとえば、
– 重要な個人情報や設計ノウハウにしか高度な暗号化やアクセス制御を適用しない。
– 日常業務でかかわらない領域は最低限の管理水準に抑える
– リスク評価に基づき、年次見直しのサイクルを設ける

こうした運用を「契約書」「覚書」レベルで明文化することで、現場と発注者双方の手間を合理化できます。

標準化とシンプル化による現場負担の削減

業界ごとに共通するセキュリティ基準や様式の統一を推進し、書類の作成・管理プロセスを極力シンプルにすることが重要です。

たとえば、
– デジタル署名の活用で、物理ハンコやFAX手続きを省略する
– セキュリティ手順を一元管理できるITプラットフォーム導入
– 中小企業向けの簡易テンプレート・eラーニングの提供

これらにより、同じ情報を何度も書き写す無駄や、暗黙知に頼った属人的管理からの脱却を図れます。

バイヤー・サプライヤー間の“対話”による合意形成

最大のポイントは、「現場感覚」を持ったバイヤーと、実務経験に裏打ちされたサプライヤーとが、率直に意見交換する文化を根付かせることです。

形式的に「要件通りやってください」だけでなく、
– 「なぜこのレベルが必要なのか」
– 「現場としてどこまで対応可能なのか」
– 「本質的なリスクはどこか」

といった対話を重ね、妥協点を“見える化”することが、コスト削減と競争力維持の鍵となります。

まとめ:未来志向のものづくりへ、過剰な安全からスマートな信頼構築へ

製造現場を肌で知る管理者としての経験から言えるのは、
「過剰な安全神話」では本来のものづくりの競争力と信頼は築けない、ということです。

重要なのは、
– 本当に守るべきリスクに応じた柔軟なセキュリティ対応を追求すること
– 業界としての標準化・効率化を推進し、現場負担を減らすこと
– バイヤーとサプライヤーの建設的な対話によって“互いに納得感のある”仕組みを構築すること

これからの時代、「昭和から抜け出せないアナログ業界」こそ、ラテラルシンキングを活用して新たな地平を切り開くことができるはずです。

製造業で働くすべての方が、「守るべきを守り、攻めるべきは攻める」スマートな現場変革の担い手となることを、心から願っています。

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