投稿日:2025年10月26日

小さな町工場が製品開発を始めるときに最初に行うべきマーケット調査

はじめに:小さな町工場と製品開発のリアル

「自分たちの技術を生かした新製品を作りたい」「下請け体質から脱却したい」——。
これは日本のいたるところにある町工場や中小製造業が、一度は抱く思いではないでしょうか。

豊富な経験や技術力を持つ職人集団でも、製品の企画や開発となると全く勝手が違います。
最大の壁となるのは、“売れるもの”を“作る”ためのマーケット調査です。

特にこれまでOEMや受託生産が主流だった町工場は、社内にマーケティング専門家がいないことがほとんど。
根拠のない「これが売れるはずだ」という思い込みに頼っては、余計な在庫や無駄な投資に苦しめられる結末も珍しくありません。

では、アナログな業界である製造業において、小さな町工場が新しい一歩を踏み出す際、具体的にどのような手順でマーケット調査を進めればよいのでしょうか。
約20年以上の現場マネジメント経験から、理論だけではない、“現場感覚”での実践的ノウハウを整理してみます。

昭和の常識から脱却――「思い込み市場」からの転換

「作れば売れる」はもはや幻想

高度経済成長期や昭和の時代は、「品質が良ければ売れる」「作れば必ずニーズがある」といった考えが根強くありました。
しかし、市場が成熟し、多品種少量生産が求められる現代でこの発想は通用しません。

失敗例として典型的なのが、「自社が誇る精密技術を生かした○○を作れば間違いなく売れるはず」という安易な着想です。
その裏にはエンドユーザーの課題や “本音” が全く考慮されていません。

買い手が存在しなければ “良い製品” も “無価値” です。
まずは、現実的視点で無駄なリスク投資を防ぐため、“本当にほしかったニーズ” がどこにあるのか、ゼロベースで調査に着手する必要があります。

具体的なマーケット調査の手順

1.「誰に」「何を」売るのかターゲットを定める

最初の一歩は、「誰に」「何を」売りたいのかを明確に決めることです。
このプロセスを曖昧にしたままだとブレの多い製品開発になりやすく、社内意思統一や進捗管理が混乱しがちです。

例えば、
– 既存取引先の製造ラインで困っている“工程改善品”なのか
– まったく新しい生活者向けの“自社ブランド製品”なのか
によって、その後の調査方法も大きく異なります。

ペルソナ(典型的顧客像)を一人でもイメージし、年齢、業種、地域、どんな課題を現場で感じているかまで擦り合わせることで、後工程の調査精度も上がります。

2.現場ヒアリング・自社内リソース洗い出し

中小企業の強みは「現場に近い」ことです。
難しいデータベース分析よりも、まずは
– 既存顧客(バイヤーや現場作業者)へのヒアリング
– 仕入先や問屋、業界団体ネットワークからの情報収集
– 自社工場スタッフの現場課題の抽出
など、“生の声”を地道に集めます。

この段階で「業界ではどんなモノや技術に困っているか」「価格帯やスペック面での不満」など、数字やアンケートでは拾いきれない“タテ表現”(本音)が重要なヒントになります。

併せて“自社ならでは”のコア技術や、使えそうな設備・技術シーズも整理しておくのが肝要です。
無理のない開発範囲を見極める基準となります。

3.競合・類似市場の棚卸し

昭和的発想で見落としがちなのが、「競合はどこか?」という視点です。
どんな分野にもすでに相応のプレイヤーがいるのが現実です。

– 類似製品のスペック・価格・流通経路
– 彼らの強みや、逆に顧客からのクレーム事案
– ネット通販や展示会、業界誌などでの露出具合

できる限り“自分の目で確認”することが肝心です。
場合によっては競合製品を実際に使ってみる、カスタマーレビューを読み込むことで、自社が差別化できるポイント(=勝てる根拠)を洗い出すことができます。

4.市場規模と価格感覚の把握

「ニッチ市場で勝つ!」「少量多品種で儲ける!」という言葉はよく聞きます。
しかし、その市場規模があまりに小さい場合、開発にかける人手と時間のコストに見合わないことも多いのが現実です。

– 潜在的な買い手の数、年商
– 過去の類似製品の売上実績(OEMルートや統計活用)
– 一台あたりの適正販売価格帯
– どの販路(卸、直販、EC)が現実的か

これらを客観的なデータ、ない場合は類似品から“推計”します。
調査が浅いと「売れたけど赤字だった」という典型的な“ありがち失敗”が起きてしまいます。

町工場ならでは――アナログな動きが“強み”になる瞬間

現場主義で学ぶ実践マーケティング

デスクやパソコン上のマーケティング理論よりも、町工場が圧倒的に強いのは「その場で手に取りながら試せること」です。

業界展示会や見本市、オープンファクトリー(工場見学)、業界研究会などに出向いて、
– バイヤーやエンドユーザーとその場で話をする
– サンプルを触ってもらい、直感的な反応を観察する
– 他社ブースの動きや集客力を生で体感する

こうした地道な顔出し、足で稼ぐ“昭和の営業術”は、デジタル全盛の今でもむしろ強みとして活きます。
また、SNSやBtoBマッチングサイトを使って「現場課題を募集します!」といった逆提案型の声掛けも、近年では有効な選択肢となっています。

中小製造業こそ、現場アイデア+問い直しが大切

現場には日々の“困った”が隠されています。
どんなに優秀なトップダウン企画も、現場の納得や共感がなければ実行力に欠けます。
むしろ、現場側からの「こうできたら助かる」「昔からこれに困っていた」など、小さな気づきを拾い上げ、全員で議論するプロセスが小さな町工場では不可欠です。

その際、
– なぜ今まで(自分たち含めて)放置されていたのか
– “本当の課題”はプロセス・コスト・安全性などのどこに潜んでいるか
といった“問い直し”の視点が大切です。

これは会議室内の会話よりむしろ、
– 昼休みの工員がこぼす一言
– 繰り返し修理依頼がくる現場の実態
– 取引先工場で偶然目にする一コマ

といった非公式な場で得やすいのが中小製造業の特徴です。

サプライヤーとバイヤー視点の違いを知る

バイヤー(調達担当)が本当に気にしていること

自分たちがサプライヤー側だと、どうしても「技術のすごさ」「コスト競争力」ばかりをアピールしがちです。
しかしバイヤー(購買担当)が真に重視しているのは次のような点です。
– 安定・継続供給できるか(小さなロットでも可か)
– トラブル時の迅速対応やフォロー体制はあるか
– 社内の手間を減らせる技術的メリットがあるか
– 上司への説得材料となる「合理的メリット」が明確か

つまり技術メリットよりも、“社内での稟議が通しやすい根拠”や、“担当者がリスクを背負わずに済む安心感”が重要な要素となるのです。

そのためには、開発段階から
– 「現場担当の困りごと」「管理職の決裁理由」「経理部のコスト意識」
など部門横断的に相手企業の社内事情まで想像するマーケット視点を持つことが、ヒットする製品開発に直結します。

まとめ:小さな現場の“問い直し”が未来を拓く

町工場の新規製品開発は、単なる「アイデア勝負」や「技術自慢」では成功しません。
現場の困りごとに真摯に寄り添い、「見過ごされていた価値」を丁寧なマーケット調査で掘り起こすことが肝です。

– 誰に買ってもらうかの“現実的なターゲット”を明確にする
– 現場ヒアリング・競合品分析・現実的市場規模のチェック
– サプライヤー/バイヤー両視点の“痛点”まで想像
– アナログなネットワークや展示会での“生の声”を重視

これらを段階的に丁寧に実践することで、製造業の底力を生かした堅実な新規事業立ち上げが実現できるのです。

一歩一歩、ラテラルな発想と現場目線で、町工場こそ“本当に必要とされる製品”を生み出す時代です。
今この瞬間も、日本のどこかの現場に「みんなが本当に待っている価値」が眠っています。

皆さん自身の“現場感覚”を力に、ぜひ一歩を踏み出してください。

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