投稿日:2025年12月16日

原価企画が不十分で適切な価格目標が設定されない背景

はじめに:製造業における原価企画の意義

原価企画は製造業において、製品の競争力を左右する極めて重要な業務です。
新商品の開発段階で、目標コストや利益率を正確に設定し、市場競争力を維持するための原価低減活動の礎となります。
しかし、現場では「原価企画が不十分」、「適切な価格目標が設定できない」といった課題も多く散見されます。
なぜ製造現場では理想通りの原価企画が実現しないのか、その根底にはどんな業界構造や意識があるのか、現場目線で深堀りしていきます。

原価企画とは何か?製造業現場が直面する現実

原価企画の基本的な役割

原価企画は、製品の設計・開発段階で市場価格や目指す利益率を見据え、「この機能・品質ならこのコスト」という目標を定めることです。
この目標値に向かって、設計・生産・購買が三位一体となり、材料・工法・調達先など多角的に原価を詰めていく。
この業務が甘いと、市場で利益を確保しづらく、無理なコストダウン活動や品質不良にも繋がります。

現場目線の課題:なぜ原価企画が曖昧になるのか

現場でしばしば見られるのは、「従来品と近いから」「これが業界慣習だから」という安易な設定、あるいは、過去の工場実績に頼った目標値が使われ、根拠が曖昧なまま企画が進行してしまうことです。
ここには、深い見積力や業界動向を読む力の欠如、現場の情報が伝わらない社内コミュニケーションの問題が絡んでいます。

「昭和のやり方」の名残と現代とのギャップ

アナログ志向が根強く残る理由

日本の製造業の多くは、高度経済成長期から続く「現場主義」と「経験則重視」が根強く、伝統的なやり方がいまだ幅を利かせる傾向があります。
実際、多くの企業ではエクセルへの手入力、紙ベースの工程表や見積書、直接対面の擦り合わせに頼った情報共有が主流です。
「これで今までやってきたし大きな問題になったことはない」という意識が、原価企画の精度向上を妨げている側面は否めません。

サプライチェーン変動による見通しの難しさ

加えて、近年はグローバル調達や原材料価格の高騰、不安定なサプライチェーンの影響も大きくなっています。
従来の「前例踏襲」的な原価設定では、市場動向の変化に柔軟に対応できません。
新たな価格目標を設定するためには、より深い情報収集力と他社とのベンチマーク、新技術への探求心が強く求められています。

バイヤー(購買担当者)の視点で考えるべきこと

バイヤーの役割と現場に対する課題認識の違い

バイヤーは、サプライヤーから適正な価格で材料・部品を調達するのが主な役割です。
しかし、そのためには「最終的な製品原価の構成」を深く理解し、設計・生産管理・品質管理と連携して「何にいくらかかっているか」細かく把握しておく必要があります。

バイヤーの頭の中では、「サプライヤー側の原価構造」や「部品ごとのコスト低減余地」がシビアに分析されています。
一方、生産現場や設計部門では「この仕様でこのコストは妥当だろう」「品質優先で多少コストは仕方ない」といった感覚が強く、両者の温度差が議論を噛み合わせづらくしているのです。

バイヤー目線での課題:目標コストの「説得力」

原価企画部門やバイヤーは、部品ごとに下流までブレークダウンしたコストシミュレーションや、サプライヤーの市況・競争力・内製/外注の比較まで詳しく調べます。
そのうえで「このコストなら〇〇な技術や材料で代替可能」「ここは一歩も譲れない」という明確な根拠を設計・生産側に伝えています。
調達の経験値が浅い設計者や現場担当者は「根拠が厳しすぎる」「サプライヤーと良好関係が…」と不安を持ちがちですが、購買側は「ブラックボックス部分を見逃すと利益が消える」と危機感を持っています。
このギャップを埋めるのが、実は日々の情報共有・部門間コミュニケーションなのです。

サプライヤーが知るべき「バイヤー心理」

サプライヤーは「なぜこんな要求を出されるのか」を探る

サプライヤーにとって、「原価目標ばかり厳しくて無茶を言う」と感じるバイヤーの姿も少なくありません。
しかし、バイヤーは自社の損益分岐点を把握したうえで、全体最適として相見積もりやVA/VE提案、時には現地監査によって「安定供給」「品質」「コスト」のバランスを必死に追求しています。
「なぜここまで深堀りされるのか?」という背後には、自社(バイヤー側)が「昭和的な慣習から脱皮できない」「現場での見える化が遅れている」など、リスクヘッジや納得感に徹底してこだわる傾向が隠れているとも言えます。

信頼構築と情報開示の重要性

サプライヤーも、自社の原価要因やコストダウン策、工程のボトルネックなどをオープンにすることで、「ともに利益を生み出すパートナー」という関係を築くことができます。
特に、デジタルツールやIoTの導入による「リアルタイムなコスト情報・品質データの共有」は、価格協議の透明性を高め、過剰な値引き要求を抑制する効果もあります。

現場が変わるための打ち手とヒント

1. 設計段階からのコスト意識の徹底

設計者や開発部隊が「図面=コスト」の意識を持つことが重要です。
コスト重視設計(DFM/DFMA)や早期からのバイヤー巻き込み、「現場での部品分解・原価分析会」などを通じて、数字に基づく説得力のある目標設定を実践しましょう。

2. デジタル情報共有によるリアルタイムなPDCA

アナログな資料・現物主義から、IoTやERPを活用した「見える化」へのシフトは必須です。
原価情報・進捗・設計変更履歴などを、設計~調達~生産の全部門で共有し、立体的なPDCAをまわすことで、目標コストの精度を磨く仕組みを構築できます。

3. 社外とのネットワーク強化・新たなベンチマーク探し

“自社の常識は業界の非常識”となりかねません。
異業種交流や業界横断の情報収集、先進企業の事例調査など、多様なネットワークを積極的に広げ、市場から逆算したコスト目標を探りましょう。
ラテラルシンキングを駆使し、「これまで無理だと思い込んでいた方法はないか」と常に検討する姿勢が重要です。

4. 人材育成と部門間コミュニケーションの再構築

原価企画・調達購買は、会社全体の利益構造を左右する知財とも言える部門です。
設計・生産・品質管理・調達担当・現場作業者が一気通貫で「原価に強くなる」教育を行い、部門滞在年数や役職を超えて議論・共有できる文化を根付かせましょう。

まとめ:原価企画の精度向上が日本の製造業を強くする

原価企画でつまづく会社は、結局グローバル競争で後手に回るリスクが大きいです。
その要因は極めて構造的であり、「昔ながらのアナログ体質」や「現場まかせ」、あるいは「部門ごとの最適化」に潜んでいます。
バイヤー、サプライヤー、設計・生産部門が本音で情報共有し、リアルタイムでコスト目標を練り直す仕組みを作ることこそが、私たち昭和生まれの現場経験者に託された新たな責務です。

今一度、既存のやり方が本当に最適かどうか。
一歩踏み出して、ラテラルシンキングで新しい地平線を開拓することが、個々のものづくり力、そして日本の製造業そのものの発展につながると私は確信しています。

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