調達仕様書の作り方が不十分で意図しない製品が届く理由

はじめに：なぜ「調達仕様書」はいつも課題になるのか

製造業の現場で「こんなはずじゃなかった」と頭を抱える機会が減らない原因の一つが、調達仕様書の不徹底です。
調達担当者は、何度も図面と仕様書をサプライヤーに送り、納品されたサンプルと突き合わせてチェックをします。
それでも、意図した通りの製品が「ぴたり」と届くことは意外に少ないものです。
なぜこのような状況が繰り返されるのでしょうか。
この課題は、現場目線の生々しい課題が絡み絡んで、デジタル化や自動化の時代にも根強く残っています。
今回は、調達仕様書がなぜ「うまく伝わらない」のか、そして今こそ「どう現場に根付かせ、意図通りの調達を叶えていくか」について、現場経験者ならではの目線で深く掘り下げていきます。

調達仕様書の基本とは何か：情報伝達のゴールと現実

理想と現実のギャップ

調達仕様書とは、製品や部品の要求事項をサプライヤーに明確に伝えるための文書や図面を指します。
これさえしっかりしていれば間違いなく「欲しいもの」が「欲しい品質」で納品される。
これが理想です。
しかし現実には、
・材料が違う
・色味が違う
・寸法の公差が狙いから外れている
・検査基準が曖昧
といった「想定外」の製品が工場に届いてしまうことが後を絶ちません。

なぜ「もっと丁寧に作ったのに伝わらない」のか

製造業界では、企業文化や時代背景による「思い込み」や「慣習」が色濃く影響します。
「前の業者がこうやっていたから」「これくらいなら大丈夫だろう」という曖昧な合意形成が根付きやすい。
昭和から引き継がれたアナログなやりとりの中では、特にこの傾向が強まります。

一方、サプライヤー側でも「きっとこの意味だろう」「あえて聞かなくてもわかるはず」という解釈が生まれ、
お互いに「あうんの呼吸」でやり取りされた結果、「意図しないもの」が納品されてしまうのです。

調達仕様書が不十分になりがちな理由

言葉と図面に潜む「曖昧さ」と誤解

図面や仕様書では、情報が網羅されていても「ここに書いてあるだろう」で済ませてしまいがちです。
しかし、
・寸法以外の品質特性（外観、手触り、色合い、耐久性）
・使い方を想定した安全要件や検査手法
は明記されていないことがよくあります。

特に日本の製造業は「言わずもがな」文化が強く、仕様書の補足や背景説明が欠落しやすい特徴があります。
また、過去の流用図面や、テンプレート化された仕様書には古い情報が混入してしまい、
「最新版なのに中身が古い」という事態も頻発します。

工場・現場任せの「暗黙知」への依存

昭和から現代まで、「現場に任せておけばなんとかなる」という暗黙知主義が根強く残っています。
「どうせ作れるだろう」「作ってみて問題があれば修正すればいい」という感覚です。
しかし、グローバルサプライチェーンや多国籍の調達が増える今、このやり方は致命的なリスクを内包しています。

サプライヤー側が「分からないことは聞いてくれるはず」と期待する一方で、
バイヤー側も「分からなければ問い合わせが来るだろう」と考える。
ここに大きな伝達ギャップが生まれるのです。

デジタル案件ですら生まれる「抜け漏れ」

設計や仕様書の電子化が進み、PDF、CADデータ、PDMシステムなどが普及しています。
しかし、メール添付やシステムアップロードでは人間関係や背景事情が分断されがちで、
「本当に重要な情報」や「トラブル防止のヒント」が文書化されずに抜け落ちます。

特に、「仕様書のファイル名」「関係者の名前」「日付」といった細部に気を配らないことで、
間違った情報が最新データとして扱われてしまうリスクも現場では頻発しています。

どんな悪影響・トラブルが現場に降りかかるのか

納期遅延とコスト増大の現実

納品物が仕様から外れていた場合、
・再製作の調整
・納期の再交渉
・追加コストの請求
が発生します。
バイヤーは「正確な発注ができない人」というレッテルを貼られ、
サプライヤーも「指示が分かりにくい企業」として敬遠されるリスクが生まれます。

現場では最悪の場合、
「とりあえず使えそうな部分だけ本番工程で使ってしまう」
「応急処置で現場が対応する」
といった「現場力」に頼る場面も登場しますが、
品質トラブルや納品後のクレーム増加など、より大きな損失に繋がります。

信頼関係の崩壊、長期的な機会損失

仕様書の不備は一度のトラブルだけでなく、
「ここは頼めない」「この社員とはやり取りしたくない」という無言の評価につながります。
内外問わず調達ネットワーク全体の縮小や、イノベーション提案チャンスの喪失にもなりかねません。
これは、現場に根付いた昭和的慣習のままでは乗り越えられない新しい問題です。

どうすれば「ブレない調達仕様書」を作れるのか

シンプル・明確・ストーリー性を意識した表現

最重要ポイントは、「誰が読んでも」「誤解の余地がなく」「背景ごと伝わる」仕様書になっているかどうかです。
作成時の原則は以下の通りです。

・「○○だからこの仕様にしている」まで記載する（目的・狙いを書き添える）
・必須条件（MUST）と希望条件（WANT）を区分する
・過去のトラブル例や仕様補足を図や写真で付与する
・使い方イメージや最終用途も可能な限り示す

このように、現場目線で「なぜ、何のために」までを言語化することで、
サプライヤーの担当者や設計現場でもイメージが湧きやすくなります。

バイヤー・現場・サプライヤーの「3者視点」で読み返す

仕様書を作成したら、「自分がサプライヤーだったらこう解釈するか？」と
第三者視点で何度も読み直すことが重要です。
稼働現場の担当者や、品質管理担当、場合によってはサプライヤー現場リーダーともレビューします。

現場ヒアリングから得られた「よくある誤解」や「現場独特の言い回し」は、
仕様書作成時にQ&Aやよくある誤解フォーマットとして反映します。
工場長やベテラン、若手など異なる立場の意見も組み込むことで、
「当たり前」が盲点にならずに済みます。

「デジタル＋対話」両立の勧め

仕様書のデジタル化は不可避ですが、
人と人の対話も決して省いてはいけません。
資料の郵送・データ送付後も、Web会議や現場立会い、
電話でのニュアンス確認を合わせて実施しましょう。

さらに、仕様確定プロセスを必ず文書化し、
・どこまでが正式な要求事項か
・あとから情報が追加/変更された場合、全員が最新ファイルを持っているか
を明確に管理します。

今こそ「調達仕様書力」を現場力に変える時代へ

調達仕様書の課題は、単なる文書管理の話ではなく、
業績改善や企業価値向上の根幹に直結します。

従来のアナログ慣習――「現場に任せる」「口頭で補足」――が通用しにくい現代こそ、
「現場の知恵」を仕様書に落とし込み、
「サプライヤーの立場」でも意図が伝わる文章・データづくりを習慣化してください。

調達購買・工場長・生産管理、全ての担当者が「なぜこの仕様になるのか」を周囲に説明できるようになれば、
意図通りの製品が安定して調達でき、
本来やるべき「新たな価値提案」に多くのリソースを割くことも可能になります。

現場目線の課題解決から、「調達仕様書力」はいまや製造業の大きな競争力の一部です。
昭和的な暗黙知のまま足踏みせず、新たな地平線を切り開いていきましょう。

まとめ：製造業の未来は「仕様書の進化」にかかっている

意図しない製品が届く背景には、単なる書き方の問題ではなく、
業界文化や情報伝達の深い溝が横たわっています。

この記事が、調達・購買へ進みたい方、バイヤーの考えを知りたいサプライヤーの方、
すべての製造業従事者の行動変革のヒントとなれば幸いです。

これからの時代、真に現場に根差した「強い仕様書」を作る力が、
あなたのキャリアの武器になり、
会社の信頼と未来を切り開く原動力となることでしょう。