投稿日:2025年7月6日

インバータサージ電圧に備える車載モータ絶縁設計とトラブル解決

はじめに:車載モータの絶縁設計が問われる時代背景

近年、自動車業界では電動化の波が加速しています。
ハイブリッド車(HEV)、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)といった次世代車は、モータ駆動が主流となりました。
それに伴い、車載モータを制御するパワーエレクトロニクス技術――特にインバータの進化が求められています。

しかし、このインバータが「サージ電圧」という新たな課題をもたらし、車載モータの絶縁設計に抜本的な見直しを迫っています。
モータ破損や絶縁不良のトラブルが報告され、アナログ的な従来設計では対応が難しいという、昭和的なものづくりからデジタルへの転換期といえます。

本記事では、20年以上の現場経験を基に、車載モータ絶縁設計の最新動向や、調達購買・サプライヤー管理の観点も交えながら、実践的なトラブル解決策を徹底解説します。

インバータサージ電圧の正体と自動車業界へのインパクト

インバータ駆動とサージ電圧発生メカニズム

まず、サージ電圧の発生理由を整理します。
インバータは、直流電流(バッテリー出力)を交流に変換し、モータの回転数やトルクを自在に制御します。
この際、パワー半導体(IGBTやMOSFET)の高速スイッチングによって、500V以上にも達する瞬間的な高電圧「サージ電圧(dV/dtノイズ)」が配線やモータ端子に現れます。

サージ電圧はマイクロ秒単位で立ち上がり、絶縁材料やモータ巻線の弱点部分に集中放電(パーシャルディスチャージ)を繰り返します。
これが長期的には絶縁劣化や短絡の原因となり、最悪の場合車載モータが焼損してしまいます。

アナログ時代との決定的違い

従来の自動車モータは、エンジン始動やシンプルな補機駆動(ファン、燃料ポンプなど)が主用途でした。
これらは直流12V動作が主流で、絶縁トラブルは稀な事象でした。
しかし、電動駆動モータは高電圧インバータで駆動されるため、アナログ設計ではケアできない新たなリスクに直面しています。

近年の車載インバータは、小型化・高効率化競争から高周波化が進み、絶縁設計の要件が大きく変化しています。
この業界構造変動を「昭和から令和への進化」と、現場では肌で感じています。

現場目線で語る:インバータサージ電圧が与える実害

絶縁故障による現実的なトラブル事例

インバータサージによる絶縁劣化の現実的な事例をいくつか紹介します。

– 新型車で走行テスト中、突如モータから白煙。分解するとコイルとエナメル線の焼損発見。
– サプライヤーから納入されたモータユニットの端子部で、微小なピンホール(絶縁破壊痕跡)を量産ラインで発見。
– 特定の気象条件で車両に異常警報(漏電)が頻発し、調査の結果、サージ電圧耐量不足による絶縁破壊が判明。

このようなトラブルは稀なように見えて、現場ではサプライヤー管理や市場クレームの根本原因分析(RCA)で「インバータサージ」の影響が頻繁に指摘されています。

サプライヤー現場の苦労

実際にサプライヤー現場では、「絶縁クラスは規格通り」「巻線プロセスも標準通り」という状況下で、突如トラブルが起きるケースが多発しています。
従来の設計・製造基準だけでは、インバータサージによる長期信頼性を保証できなくなっています。

このため、調達購買やバイヤーも「絶縁寿命」「サージ耐性」の技術的な裏付けや、量産後のフォロー体制を強く意識するようになっています。

絶縁設計の最重要ポイントと対策

設計段階の基本アプローチ:三本柱

サージ電圧対策の絶縁設計は、主に以下の三本柱で成立しています。

1. 絶縁材料の高耐圧・高dV/dt化
2. コイル・巻線構造の最適化
3. インバータ制御技術の高耐性化

それぞれのポイントを解説します。

1. 絶縁材料選定:アナログからデジタル志向へ

従来のエナメル線(ポリエステル、ポリアミドイミドなど)の単層絶縁では、サージ繰返しに弱い部分が多く残ります。
最近では、多層被覆エナメル線や、フッ素樹脂・ポリイミド・PPSなどの高機能絶縁材料の採用で、サージ耐性強化が進んでいます。

また、絶縁紙(インシュレータ)や含浸樹脂も、よりサージ耐性の高いグレード選定が不可欠です。

量産モータ設計では、“コストと性能”だけでなく、“サージ耐性の裏付けデータ(UL認証・IEC規格の準拠)”まで確認することが、バイヤー・調達担当の要件になっています。

2. 巻線構造の工夫:トリクルワインディング・コンパクト化の限界

近年では、モータ小型化のために巻線密度を上げるのが常識です。
しかし、巻線の間隔が狭いほど、サージによる部分放電が発生しやすくなります。

そこで、エンドターン部(端末処理)にスリーブや絶縁バリアを追加したり、巻線間に余裕を持たせるトリクルワインディング(間隔充填)を適用する設計が増えています。
一方で、車体への搭載スペースや軽量化の要請から、コンパクト設計とのトレードオフがあります。

このジレンマを解決するには、コイル巻線の生産技術や自動化対応も進化させる必要があり、製造現場・サプライヤーとの密な連携が要です。

3. インバータ制御の工夫:サージ低減ソフトウェアがもたらす革新

インバータ自体のサージ発生を抑える手法も進んでいます。
最近の制御ソフトウェアでは、ゲート抵抗の最適化や高周波ノイズフィルタの搭載、スイッチングパターンの工夫(ソフトスイッチング、波形整形)など、回路設計や制御ロジックの進化がモータ絶縁寿命を大きく左右します。

アナログ的な「大きければ良い」「余裕を見れば良い」設計発想から、シミュレーションと実測データを用いた根拠ある設計へと進化していることを、現場の実感値としてお伝えしたいです。

トラブル解決アプローチ:現場主導の課題抽出と改善

用途別に異なる絶縁トラブルの“真因”整理

サージ電圧に起因するトラブルの根本原因(真因)は、用途・設計・製造条件によって千差万別です。

例えば、

– HEV用メインモータは「長期間・高回転数」の連続使用による絶縁微劣化
– 補機用モータは「ON/OFF頻度の高いサイクル」でサージ繰り返しが多く絶縁ストレス増加
– パワートレーン一体型設計限定で、車載環境(高温・高湿・振動)との複合ストレスによる劣化

このように現場で原因分析をすると、カタログ値や規格値だけでは本当の設計寿命やトラブル実態は見えてきません。
「実車搭載」「現場シナリオ」を踏まえた設計思想の転換こそ、令和型のものづくりの第一歩です。

サプライヤー管理・調達購買の新しい基準

一方で、サプライヤー側は「絶縁クラス」「耐圧試験合格」といった従来基準だけでモータを納品しています。
バイヤー側は「信頼性データ」「累積実績」「再現性試験、加速試験」を求めるようになり、値段競争一本槍の時代は終わりつつあります。

サプライヤーそしてバイヤー双方が、「高信頼性設計」「実証データの確認」「共同評価試験の実施」といった品質保証ステップを現場実感として求められる風潮です。

今、求められるラテラル思考的アプローチとは

“コストVS信頼性”から“価値共創”へ

これまでは「コストダウン」「構造簡素化」「時短生産」がサプライチェーン全体で至上命題でした。
現場では「最低基準でOK」の空気が根強かったのも事実です。

しかし、インバータサージ耐性のような高度な品質要求は、“目に見えないリスク”への投資となります。
ラテラルシンキング的な視点では、単にコストや基準遵守だけでなく、「車両全体の信頼性・安全性・商品力向上」という視点でバイヤーもサプライヤーも歩みよる必要があります。

業界の昭和的体質からの脱却

現場ではいまだ「昔ながらの作り方」「現場の勘」「〇〇さんの経験」も重んじられています。
ですが、製品の複雑化・高機能化によって、テクノロジー主導の“論理的な裏付け”と“データによる再現性”重視へのシフトが必須です。

調達購買やバイヤーが技術力や評価体制もリードし、サプライヤーを巻き込んだSE(サプライヤーエンジニアリング)体制への進化が、今まさに各企業で急務となっています。

まとめ:現場の進化が製造業の未来をつくる

車載モータのインバータサージ電圧トラブルは、従来の常識や作り方ではもはや解決し得ない重大テーマです。

絶縁設計の根本的な転換、設計・調達・現場現実の三位一体改革、デジタルと現場力の融合――それらが「日本のものづくり」全体の進化を左右すると実感しています。

バイヤーを志す方には、「コストと信頼性のバランス」という視点に加え、“現場現実”からの改善着眼点と、ラテラル思考=業界の既成概念を突破する発想力を持っていただきたい。
またサプライヤーの方には、「バイヤー(顧客)」の要求がどこまで高まっているかを実感し、その「背景・リスクファクター」にまで思いを巡らせてほしいです。

絶縁設計と品質信頼性の進化を軸に、製造業現場から自動車産業の持続的な発展、ひいては社会の安心・安全に貢献していきましょう。

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