投稿日:2025年8月19日

国際輸送の保険と責任:ICC条件とクレーム手順の基礎

はじめに:グローバル製造業の時代における国際輸送リスク

製造業の現場は、時代とともに大きく変化しています。

日本国内だけの調達・生産体制から、取引先がアジア・欧米など世界に広がる「グローバルサプライチェーン」へと進化しました。

その一方で、国際輸送に伴うリスクやトラブルも年々増しています。

実際、航空・海上輸送中の遅延、荷崩れ、事故、盗難、自然災害による損害など、さまざまな問題が発生する現場を20年以上見てきました。

そのなかで強く感じるのは「国際輸送保険や責任の理解が、事業継続とコスト競争力を守るカギになる」ということです。

特に、多くの現場で根強く残る昭和型の“なんとなく慣習”や「よくわからないから、いつも通りで……」という意思決定は、グローバル競争では大きなリスクになりかねません。

この記事では、現場目線・管理職経験者の視点から、国際輸送に不可欠なICC(インコタームズ)条件、保険内容、クレーム(損害賠償請求)手順について、わかりやすく解説します。

バイヤー・サプライヤー双方の立場や、製造業ならではの実例も交えつつ、今すぐ現場で活かせる知識をシェアします。

国際輸送の保険・責任とは何か:まず押さえるべき三つのこと

1. 「リスクの所在」と「費用負担」が分かれるのがグローバル取引の基本

国際物流の世界では、売買契約書に明記されるICC(通称インコタームズ:International Commercial Terms)というルールがあります。

これにより、「貨物の受け渡し場所・タイミング」「リスク負担(事故・破損・盗難などが発生した場合に誰が責任を持つか)」「どの段階まで誰が輸送費・保険料を払うか」などが細かく定義されています。

現場では「FOB(Free On Board/本船渡し)」や「CIF(Cost, Insurance and Freight/運賃保険料込み渡し)」という用語をしばしば耳にしますが、それぞれで買主・売主の責任範囲や負担項目が異なります。

この違いを正確に理解することで、輸送事故の際のトラブルや思わぬコスト負担を未然に防ぐことができます。

2. 保険がカバーする範囲は「最小」と「最大」で大きな差

輸送保険(Cargo Insurance)は、原則として売買契約やインコタームズで定められたリスクの範囲に合わせて加入するものです。

ただし、加入内容次第で補償される損害の範囲は大きく異なります。

最低限しか補償されない「フリー・フロム(FPA)」、倒壊・事故・災害など広くカバーする「全損保険(All Risks)」など、細かな種類があります。

現場感覚では「いつもどおり」で加入するケースが多いですが、輸出入国や品種(精密機器・食品・危険物など)によっては、最低限の保険しか適用できずに致命的損害を被ることも少なくありません。

3. クレーム手順の「型」を持つことでリカバリーが早くなる

何もトラブルがなければ良いですが、現実には必ず予期せぬ事故が起きます。

このとき、クレーム(損害賠償請求)の対応フローを知らず場当たり的になると、保険金が下りなかったり、サプライヤー/バイヤー間で無駄な争いが生じたりします。

手順・必要書類・証拠写真・連絡時期など、ノウハウを体系的に持っておくことが肝心です。

インコタームズ(ICC条件)の要点:製造業が現場で守るべきポイント

インコタームズの基礎知識

まず、インコタームズとは国際商業会議所が定めた国際的な商取引のルールです。

最新版は2020年版ですが、実務では2010年・2000年ルールを使っている現場も多く、文言解釈でトラブルになることもあります(特にアナログな業界は要注意)。

代表的な取引条件には以下のようなものがあります。

・EXW(Ex Works/工場渡し):売主の工場で貨物を引き渡す。その後のリスク・費用は買主負担
・FOB(Free On Board/本船渡し):港まで売主、その後は買主
・CIF(Cost, Insurance and Freight/運賃保険料込本船渡し):輸送費・保険料も売主負担だが、リスク移転は積み込んだ時点で買主に移る

多くの現場で“なんとなくCIFが安心”とされますが、事実は「売主は最小限の保険しかかけなくてもいい」などの細かい抜け穴が潜んでいます。

リスク移転と費用負担の本質的な違い

約20年現場で感じてきたことは、費用負担とリスク(責任)の境界線をぼやかしている組織が意外と多いことです。

「CIFなら売主が全部責任を負う」「FOBなら港まで気にすればいい」と思い込みがちですが、本質は“リスク移転”の瞬間がインコタームズで定義されており、これを正確に見ておかないと保険請求時に「買主責任だから対応できない」と突っぱねられることもあります。

現場目線で言えば、以下のようなリスクが多発しています。

・港での荷卸し時にクレーンが貨物を破損→FOBの場合は既に買主リスク
・コンテナ内での錆やカビ発生→CIFでも保険請求できないケースが多い
・トラックドライバーの横流し(横領)→輸送経路とリスク移転点次第

インコタームズの表面だけで判断せず、現実の取り扱いや現場フローと照らし合わせる「ラテラルシンキング」が不可欠です。

輸送保険の種類と選び方:現場での最適化ポイント

保険の主な種類

国際輸送の現場で使われる主な保険は下記の三つです。

1. フリー・フロム(FPA=Free of Particular Average)
特定の場合(大きな事故、座礁、転覆等)のみカバー。
その他の軽微な損害・雨水・貨物の自然損耗などは原則補償しない。

2. ウィズ・アベレージ(WPA=With Particular Average)
FPAより補償範囲が広く、偶然発生した一部の損傷や紛失も条件付きでカバー。

3. オールリスク(All Risks)
最も広い補償。梱包不良や自然消耗を除き、ほぼ全面的に損害を補償。
精密機器や高額商品では必須。

現場でよくあるのは「とりあえずFPAだけど、実はAll Risksでないとカバーできない事故だった」→「思わぬ損害負担を被る」というパターンです。

アナログ慣習がトラブルを呼ぶ典型例

昭和から続く「昔ながらの付き合いだから、保険はいつも通りの安いFPAで?」というケースは今も多いです。

しかし、グローバル原価競争が激化し、数千万円~数億円クラスの高額案件やEMS(エレクトロニクス生産サービス)化が進む現在、「本当にその保険で現場を守れるのか?」という根本的な問いを持つことが重要です。

保険を最適化するチェックポイント

1. 輸送品目ごとに想定されるリスク(気温、湿度、盗難、腐敗…)
2. 取引国ごとの治安・インフラ事情
3. インコタームズでリスクが移る「瞬間」
4. 売買契約書に保険タイプが明記されているか
5. 実際の現物受け渡しフロー(港/空港/工場のどこでリスク移転?)

この5つをチェックリスト化し、現場担当者・業者・保険会社を交えた打合せを“毎回きちんと”行うことが、結局は無駄な損害や論争を防ぐ最大の現場力になります。

クレーム(損害賠償請求)手順の基本と、製造業流リカバリーテクニック

クレーム発生時にまずやるべき3ステップ

1. その場ですぐ「状態写真・動画」を多角度で撮る(貨物・パレット・周辺状況・ラベルなど)
2. 通関業者・運送業者へ「輸送トラブル発生」を連絡、事実関係を記録に残す
3. 保険会社募集人(またはサプライヤー/バイヤー経由の保険担当者)へ、すぐに連絡する
※遅れると保険適用不可となる場合が多い

必要書類・証拠資料の鉄則

輸送関連のクレームには、必ず下記の資料が求められます。

・B/L(船荷証券)やAir Waybill(航空貨物証書)などの輸送証書
・パッキングリスト・インボイス(貨物内容証明)
・損害発生時の写真・動画(できれば、搬出前後の状態比較も)
・第三者証明(運送会社・港湾業者による事故報告)
・損害内容を現地で確認した証明書(サーベイヤーによるサーベイレポートなど)

※現場の経験則では、どんなトラブルでも“証拠第一主義”が最も効く防御策です。

コミュニケーションと復旧対応の現場力

損害発生=即保険金を期待しがちですが、実際にはバイヤー/サプライヤー間の信頼関係や、現場での迅速・誠実なコミュニケーションが復旧と損失最小化のカギとなります。

クレーム対応時は

・事実関係と経緯を正直に共有する
・感情的・責任転嫁を避け、論点を明確にする
・必要に応じて第三者(保険会社サーベイヤーや弁護士)の介入を調整する

これが、製造業を支える現場長やマネージャーに一番求められる力だと私は強く感じています。

まとめ:国際輸送の保険・責任を“現場力”で味方にするには?

国際調達・グローバル調達の時代、現場はかつてないほど複雑・不確定なリスクにさらされています。

インコタームズや輸送保険の知識は、単なる「お作法」や「バックオフィスの業務」ではありません。

現場で数十年見てきた実感として、ここを“慣例”や“アナログ流”だけで乗り切ろうとするか、“新しい地平線”として現場力を高度化していけるかで、企業競争力・現場力に明確な差がつく時代です。

ぜひこの記事をきっかけに、自社や取引先の「現場フロー」と「契約管理(インコタームズと保険内容)」を一度見直し、輸送リスク対策の“攻めの現場力”を高めてください。

バイヤーの方は自信をもってリスクマネジメントが提案できるように、サプライヤーの方も“バイヤー目線”で現場工程をチェック・改善できるよう、共に製造業の進化を牽引していきましょう。

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