投稿日:2025年6月26日

カルマンフィルタ基礎と非線形拡張マイコン実装現場活用ハンドブック

はじめに:ものづくり現場で求められる「賢い推定」の技術

製造業の現場では、IoTやスマートファクトリーの導入が加速する中で、あらゆるセンサデータの精度や信頼性が事業の競争力を左右しています。

センサが取得するデータは、ノイズや不確実性、変動を必ず含んでいます。
たとえば、搬送ラインの位置決めや速度制御、異常検知、予知保全といった現場課題において、「真の値」を高精度かつタイムリーに推定することは極めて重要です。

こうした現場ニーズの中で、デジタル変革(DX)や自動化を推進するうえで今、再注目されているのが「カルマンフィルタ」というアルゴリズム技術です。
この記事では、カルマンフィルタの基礎と、その産業現場での非線形拡張や、実際のマイコン実装と活用ノウハウについて、バイヤー視点やサプライヤー目線も交えて詳しく解説します。

カルマンフィルタの基礎:なぜ現場で重宝されるのか

カルマンフィルタとは何か?

カルマンフィルタは1960年代に発明された信号処理技術で、刻々と変化する物理量(例えば、位置や速度)を、センサの計測ノイズや外乱下でも「もっともらしい推定値」にフィルタリングする数理的な方法です。

非常にシンプルな数式で動作するため、小型のマイコンや制御機器、PLC(プログラマブルロジックコントローラ)にも実装が可能です。
自動車のナビゲーション(車両位置推定)、工作機械の制御、ロボットの姿勢推定、さらには金融や医療など、多彩な分野で地味に役立っている技術です。

製造現場でのメリット

組立ラインや搬送設備では、各種モータやエンコーダから出力される情報はノイズや機械的バックラッシュ、センサの劣化などで「ギザギザ」したり、たまに大きく外れることがあります。
カルマンフィルタは、こうしたノイズを「モデルベース」で合理的に薄めつつ、直前の推定結果を繰り返し更新していくため、余計なフリクションや応答遅れを抑えた滑らかな値が得られます。

例えば、工場で「部品がきちんと所定位置に止まっているか」を検出したい場合や、「不良をリアルタイムで検知したい」といった用途で効果的です。
ノイズ除去だけだとカバーできない、本質的な「推定」に強いのが特徴です。

現場目線で語る“カルマンの価値”

多くの現場担当者にとって、「センサデータは揺れるもの」「現実は理想通りには動かない」は当たり前の感覚です。
そこでノイズ除去フィルター(ローパス、移動平均など)を重ねることも多いですが、それだけでは動的な変化や突発的な外乱・抜け落ちをフォローしきれません。
カルマンフィルタは、状態空間モデルを活用して“今この瞬間に一番信頼できる値”を算出できるため、データドリブンな現場改革に最適な一手となります。

非線形の壁と「拡張カルマンフィルタ」

現場の現実:多くは「非線形」だらけ

現場の対象物や設備は、教科書通りの直線的な動きだけではありません。
摩擦や慣性、温度変動、経年劣化は「非線形挙動」を生み出します。
また、加速度センサやジャイロセンサから取り出す値も、姿勢・回転が複雑になると非線形な変換が避けられません。

このような場合、基本的なカルマンフィルタ(線形モデル)だけでは上手く追従できないため、「拡張カルマンフィルタ(EKF: Extended Kalman Filter)」が使われます。

拡張カルマンフィルタの仕組み

拡張カルマンフィルタは、線形近似(テイラー展開)をベースに、非線形な物理現象・センサ特性にも柔軟に対応します。
例えば、ロボットアームやAGV(無人搬送車)の自己位置推定、溶接やプレスラインでの微細な座標計測など、より複雑な現場ニーズに応えます。

また、ノイズが多く高頻度の制御が求められるモータ制御や、AI外観検査前のプレフィルタとしても有効です。

実装ノウハウ:現場で失敗しないコツ

実際には、「モデルの精度をどう保つか」「ジョブの現実に合うパラメータ選定」など、そのまま流用するだけではうまくいかない場合がほとんどです。
経年劣化や製造ロット間のバラつきなどを見越して、現場でパラメータ調整(キャリブレーション)する仕組みも求められます。

拡張カルマンフィルタは数式が増えるぶんバグも出やすいですが、現場主導で段階的に導入、テスト評価を繰り返せば、現場に根付く「気づきを生むツール」となります。

マイコン実装・ファクトリーIoTへの応用

現場で使えるマイコンとは

近年の現場装置やセンサノードには、ARM Cortex-M系、RISC-V系など小型・省電力のマイコン(MCU)が多く採用されています。
これらは安価・高速でありながら、小規模な状態推定アルゴリズムの実装にうってつけです。

筆者の経験では、モータドライバやセンサインターフェース基板、組み込みPC(Raspberry Pi、Jetsonなど)での拡張カルマンフィルタ実装事例が急増しています。

実装時のポイントと課題

現場導入時には下記の点が重要です。

・センサからのデータ取り込み(ADC、SPI、I2C等の迅速な通信設計)
・カルマンゲイン等のパラメータ管理
・数値計算の桁落ち対策(浮動小数点精度やオーバーフロー管理)
・リアルタイムOS(RTOS)との連携や割り込み制御

完成したファームウェアは、工場内各工程のIoTセンサノードや監視装置に容易に展開可能です。
バイヤーの方は「スペック比較」だけでなく、こうした統合や運用ノウハウもサプライヤー選定の軸にすると良いでしょう。

現場活用の応用シナリオ

例えば、各種生産ラインで発生する「突発的な停止」や「振動異常」を拡張カルマンフィルタで監視することで、正常値からの逸脱を早期検知できます。
また、多数のセンサからのデータを集める「センサフュージョン」(融合推定)にも活用可能です。

現場の一例では、
・電磁弁やアクチュエータの動作フィードバックによる品質安定化
・エッジAIとの組み合わせによるNG品予兆検知
・故障モードの自己診断アルゴリズム追加
など、既存設備への高付加価値インテグレーションが図れます。

アナログ文化が根強い製造業で、変革を進めるには

「紙・経験・勘」からの脱却とカルマンフィルタ

特に昭和から続く多くの製造現場では、いまだに「紙で記録」「勘で判断」「アナログ計器頼み」という、暗黙知に依存した習慣も根強く残っています。

こうしたアナログの蓄積は否定せず、「暗黙知+数理モデル」を組み合わせ、現場知見をアルゴリズムへ落とし込む工夫が不可欠です。

カルマンフィルタやその拡張は「現場の中で磨き、現場に根ざす」強い武器となりえます。
現場作業者を巻き込みつつ、小規模からプロトタイピングし、フィードバックを受けて運用改善サイクルを回すことが、成功のカギです。

現場ジレンマを乗り越えるために

変革は一朝一夕には浸透しません。
抵抗勢力にこそ「なぜこれがいるのか」「どんな手間が減るか」「機械の寿命・品質にどう効くか」“目に見えるメリット”を共に体感してもらい、不安を小さくするプロセスが大切です。

バイヤーや調達担当者は、「現場に合うか」を実証実験で確認し、必要なカスタマイズ性・サポート体制をサプライヤーと連携できるかのチェックが必須です。

おわりに:現場力×アルゴリズムで次代の“ものづくり”へ

カルマンフィルタ、およびその非線形拡張の仕組みと現場導入テクニックは、単なる「数式」や「制御理論」ではなく、現場力・見える化・品質安定化を実現するコア技術になりました。

変化が激しく多様な現代の製造現場において、「状態を賢く読み解く」技術を武器にすることで、現場の暗黙知・ノウハウをDXの流れに自然と組み込めます。

調達の現場でも、「アルゴリズムも品質要素のひとつ」として評価し、サプライヤーは現場を知るエンジニアリングサポートを強化しましょう。

未来の日本のものづくりの「当たり前」を一歩進める、その第一歩として“カルマンフィルタ”という選択を試してみてはいかがでしょうか。

現場の知恵、経験、そして数理モデリング——。
これらを有機的につなぐことで、次の“生産革新”が生まれるはずです。

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