投稿日:2025年12月20日

一社集中がリスクだと分かっていても変えられない現実

一社集中がリスクだと分かっていても変えられない現実

はじめに:一社集中の現実と向き合う

製造業の現場では、主要部品や資材、工程を特定のサプライヤーに依存する「一社集中」が根強く残っています。
サプライヤーを複数抱えてリスク分散するという教科書的な正解が分かっていても、現実には変更しきれない事情が多く存在します。
本記事では、なぜ一社集中が起こるのか、現場の視点と昭和的商慣習、そしてリスク対策の壁を深掘りし、今製造業に求められるリアルな対応策を考察します。

なぜ一社集中に頼ってしまうのか

長年の取引による信頼関係と“阿吽の呼吸”

長年同じサプライヤーと取引している現場では、納期・品質要求の“阿吽の呼吸”が自然とできています。
些細なトラブルでも口頭一本や、現場担当者同士の信頼で解決する文化が根付いています。
こうした積み上げてきた信頼は、帳票やデータベースでは計れない「現場力」や「人間関係資産」となります。
この阿吽の呼吸を新規サプライヤーといちから構築するには、かなりの労力とリスクが伴います。

QCD(品質・コスト・納期)のバランスが難しい

近年は「品質(Quality)」「コスト(Cost)」「納期(Delivery)」全ての要求水準が高くなっています。
現場では、一社集中の恩恵として、長年の協力でコスト削減や緊急時の納期短縮が可能になるケースも多くあります。
「他社に切り替えたが、コストアップや不具合が増えた」「量産試作の段階でサポート力に差が出た」など、新規サプライヤー移管が失敗に繋がるリスクも否定できません。
この「困った時の助け舟」をサプライヤーに頼れる心理的安心感は、エクセルで管理できるものではありません。

調達コストと社内調整コストの高さ

複数社調達にすれば見積依頼や設計変更、取引先選定、監査など、現場担当者の負担が飛躍的に増大します。
比較検討には膨大な社内稟議や、技術部門や品証部門との打ち合わせも欠かせません。
こうした「見えないコスト」に現場が疲弊し、結局いつものサプライヤー依存となるケースも少なくないのです。

一社集中によるリスクの顕在化

サプライチェーン寸断リスクの現実

製造業は自然災害だけでなく、パンデミックや戦争、原材料高騰などでサプライチェーン寸断を経験しています。
「この品番はA社でしか作れない」「特殊材はB社だけが手配ルートを持つ」といった状況は、サプライヤー側の経営悪化や突発的な事故で生産が完全に止まってしまう大リスクを孕みます。
実際に、2021年の世界的な半導体不足やウクライナ危機は、一社集中の怖さを改めて突き付けました。

価格交渉力の低下と取引先依存問題

一社集中が続くと、サプライヤー優位の価格決定、いわゆる“言い値”に近い価格での取引を強いられるケースも散見されます。
また、サプライヤー経営悪化や世代交代などで品質問題や対応遅延も発生しやすくなります。
その被害は、時に会社経営やブランドイメージを揺るがすほど大きなものとなります。

抜け出せない一社集中構造――昭和型の商流と現場心理

一社集中が是正できない根底には、日本独自の“系列取引”や“下請け構造”、さらには「恩義」「情」といった昭和型の商慣習が根強く残っています。
加えて、現場担当者が口に出せない「もし新規切り替えで問題が出たら全責任を負わされる」というリスク回避心理も根強くあります。
些細なトラブル時、エスカレーションや再発防止会議のプレッシャーを恐れて、つい“変化を避ける”行動が無自覚に取られがちです。

一社集中を打開するためのラテラルシンキング

“伴走型サプライヤー開拓”という視点

単に複数社見積りや価格競争に走るのではなく、現場のニーズを深く理解し、伴走しながら新サプライヤーの育成・技術伝承まで支援するモデルが必要です。
「育てながら共存する」というマインドで、現行サプライヤーと新規サプライヤーを両輪で活用し、常にバックアップ体制を維持できるように体制を組むのが賢明です。

“現場×デジタル”で見える化・標準化

従来の阿吽の呼吸をDX(デジタル・トランスフォーメーション)で見える化する工夫も、一社集中脱却への大きな一歩です。
納入遅延や品質情報、開発進捗などをデータで共有し、暗黙知を形式知化することで、「誰が担当でもサプライヤー移管できる」仕組みづくりを進める必要があります。
例えば、工程ごとの要件定義やマニュアル整備、トレーサビリティシステムの導入、オンラインモニタリング等が有効です。
こうした準備がリーダーシップとして求められる時代となっています。

外部アライアンスや業界横断連携の推進

単体企業で抱え込まず、業界団体や地場企業、あるいはベンダー連携による共同調達・情報共有を推進することも有効です。
特に部品共通化や規格標準化、プラットフォーム調達の推進は、令和になって加速する分野です。
また、災害発生時だけの協力体制だけでなく、平時から共同訓練や情報連携を習慣化することで、サプライチェーン全体のレジリエンス向上が期待できます。

“発注側責任”のアップグレードが必要

バイヤーの新しい役割を再定義する

従来は「安く調達する」「納期を守る」ことがバイヤーの主業務でした。
これからは事業継続性(BCP)やESG、カーボンニュートラル、地域経済との共生まで複眼的な視点が求められます。
新規サプライヤーに対しても、「なぜ複数社調達が必要か」「今のサプライチェーンにどんな構造リスクがあるか」を現場と一緒に可視化し、経営層や品質部門に根拠を持って説明できる力が重要です。

サプライヤー視点の価値共創へ

サプライヤーは一方的な“価格たたき”ではなく、「パートナー」として共通の目標を作ることが理想です。
技術開発や新規案件の協力、QCサークルなど、小規模テーマでの協業体験から信頼を培い、徐々に取引規模を拡大していきます。
また、サプライヤーの経営状態・人材動向など、サプライチェーン全体の健康を定期的にウォッチし、相互フィードバックできる仕掛けづくりが必要不可欠です。

まとめ――現場力と変革力のバランスを

一社集中がリスクだと理解しながらも変えられない現実には、長年積み重ねた現場力、心理的安全性、昭和型商慣習といった複雑な要素があります。
一方で、激変するグローバル環境のもと、サプライチェーンを盤石にするためには、現場と経営が一体となった抜本的変革が求められています。
必要なのは、スローガンやマニュアルではない、現場のリアリティに根ざした「小さな成功体験」の積み上げです。
デジタル活用、外部連携、新規サプライヤー育成をバランス良く進め、“バイヤー力”を令和型にアップデートしていきましょう。

最後に、調達購買は「守り」と「攻め」の両輪が重要です。
変革を恐れず、しかし現場の信頼を最優先にしながら、サプライチェーン・マネジメントの地平線を一緒に切り拓いていきましょう。

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