投稿日:2025年9月27日

既存の業務フローが残りDXの効果が限定的になる課題

はじめに:昭和から令和へ、製造業のDX推進が抱えるギャップ

製造業にDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が押し寄せて久しいですが、実際の現場では「思ったほど変わらなかった」という声をよく耳にします。

特に調達購買や生産管理、品質管理といった領域では、何十年も続いた業務フローを根本的に変えることが難しく、DXの恩恵が限定的になりがちです。

なぜ思うように変革が進まないのでしょうか?

そして、現場目線で“本当に使えるDX”を実現するにはどうすればよいのでしょうか?

本記事では、製造業現場で20年以上さまざまな立場を経験した筆者の視点から、既存の業務フローが残ることで起こる課題や、その根っこにある昭和的アナログ文化の壁、それを突破するためのラテラルシンキングのヒントを解説していきます。

なぜ、製造業のDXは「現場で残念な結果」に終わりやすいのか

現場の業務フローがDX化の足かせとなる理由

多くの製造業では、帳票や受発注、在庫管理、品質記録など、膨大な定型業務が存在します。

これらは長い歴史の中で築き上げられた、いわば「現場の知恵」ともいえるフローです。

その実態は、Excelや紙書類が溢れ、社内FAXも健在。
一見アナログに見えても、現場スタッフにとっては「慣れ親しんだ安心の手順」。

こうしたフローの上に、システム(MESやERP、購買管理システムなど)が載っても、「現場が本気で活用できない」現象が日常化しています。

新しいITツールを導入しても、「どうせ最終的に人手で帳尻を合わせる必要が出てくる」のなら、効果は限定的と言わざるをえません。

「現場主義」と「アナログ文化」の根強い影響

製造業は「現場が最優先」「現物を見て判断する」という現場主義が根付いています。

口頭伝達や紙の回覧が信頼される一方で、新たなデジタルツールや自動化システムへの懐疑心が抜けきれていません。

また、「前任者のやり方を踏襲する」「とりあえずトラブル対応は手動で」といった昭和的な仕事観が、機械ではなく“人”に依存した業務フローを温存させています。

このような企業風土である限り、DXの推進は表層的なものにとどまりがちです。

DXの導入プロジェクトが形骸化する構造的な要因

上記のような現場文化に加え、DXプロジェクト自体の進め方にも問題があります。

多くの企業では、経営層主導で「とりあえずシステムを入れる」ことが目的化しがちです。
現場の生の声や業務実態が十分に吸い上げられていません。

結果、現場の肌感覚とシステム設計者との間に溝が生まれ、現場は「従来通りの業務+余計なシステム入力」という二重の手間を負う羽目になります。
この状況がDXの「限定的効果」の根本要因になっています。

既存業務フロー温存の弊害:現場で起きているリアルな問題

非効率の温存とムダ取りの機会損失

昭和型のアナログ業務が残ると、DXを導入しても「人海戦術」が抜けません。

例えば、購買部門では「納期の突合せ」や「発注書類の確認」を紙で行い、システムへの二重入力が日常茶飯事です。

現場担当者は「ムダ」と感じつつも、「万が一のトラブル備えには紙が安心」と考えています。
これにより、本来ならDXで削減できたはずの手間やコストが消えずに残り、業務効率化の果実も限定的なものになっています。

属人化の助長とナレッジの分断

アナログな業務フローが残ることで、仕事のやり方が「担当者ごと」にカスタマイズされてしまいがちです。

たとえば、生産管理担当者Aの「エクセル成績表の計算ロジック」と、担当者Bによる「見積り作成プロセス」は、どちらも“暗黙知”として温存されます。

このような属人化は、異動や退職、急な休みに極めて弱い業務構造を生みます。
DXは本来“標準化”や“再現性”を高めるためのツールですが、既存フローに遠慮した仕様では、属人化にブレーキをかけることはできません。

部分最適化の連鎖:バイヤーとサプライヤー間の壁

たとえば調達・購買業務も、発注側(バイヤー)と受注側(サプライヤー)で使うシステムが異なり、帳票フォーマットもバラバラです。

さらに、サプライヤーから送られてくる伝票情報をバイヤーが手入力し直している光景は今も珍しくありません。

全体最適化のために導入されたシステムが、従来フローに合わせて“部分最適”を繰り返した結果、逆に「連携できない・わかりづらい・面倒」という新たな障害を生み出しています。

アナログ業界に残る業界慣習と旧システムへの愛着の正体

「脱アナログ」の難しさは“リスク回避マインド”にあり

なぜ現場は「古いやり方」に執着するのでしょうか?

その最大の理由は、「ミスをしたとき、手作業こそが最後の砦になる」というリスク回避マインドです。

紙が残っているのは、過去トラブルの痛い記憶を現場が忘れられないからです。
「新システムは便利だが、落ちたらどうする?」「イレギュラーなケースに対処できる?」といった懸念が消えません。

特に品質保証や生産管理においては、「証跡の担保」を理由に二重三重の書類やExcelマスタを残しがちです。

“昭和的成功体験”が新しいチャレンジの邪魔になる

過去、ヒト・モノ・カネ・情報が宛てにならない時代を現場力で乗り越えてきた製造業。
ベテランほど、「自分たちのやり方で大事故がなかった」ことを誇りにしています。

この昭和の成功体験が、根本的な業務見直しや新しいシステム導入への懐疑につながります。
現場の説得には、単なる効率化やコスト削減の説明では不十分です。

“アナログ慣習”を背景にしたバイヤーとサプライヤーの相互不信

調達・購買の現場では、サプライヤーとの間で「言った・言わない」や「伝票の抜け・漏れ」といったアナログなトラブルが今なお発生しています。

お互いに「うちのやり方が正しい」「うちの帳票の方が管理しやすい」という意識があり、共通フォーマットやデジタル連携に消極的です。

この意識差が、バイヤー視点・サプライヤー視点のそれぞれにDX定着の壁を作っています。

実践的な“現場目線”DXのヒント〜ラテラルシンキングで突破口を開く〜

DXの目的を「現場の幸せ」(楽・安心・やりがい)から出発する

現場目線で本当に使えるDXを実現するには、ラテラルシンキング的発想が不可欠です。

「システムを導入すること」自体をゴールにするのではなく、「現場スタッフが幸せになる」ために何を変えるべきか?から逆算して活動方針を定めましょう。

・「楽」に仕事を進められる仕組みは?
・「安心」してミスなく毎日を過ごせる手段は?
・「やりがい」を感じる自分磨きに時間を割けるには?

このような問いを起点に、現場ヒアリングやプロトタイピングを重ねることが遠回りのようで実は一番の近道です。

“無理やり置き換え”でなく、“新旧ハイブリッド”導入を

現場の業務フローをDX化するときは、「完全な置き換え」よりも“既存との共存”をデザインしましょう。

たとえば、重要な紙帳票は「現物証跡」として残しつつ、データ連携はデジタル化。
毎日やる膨大な定型業務だけはRPAやシステム化し、「例外対応」や「イレギュラー処理」は現場の裁量に任せる設計です。

また、属人化をなくすため「マニュアル+動画+質問会」など多角的なナレッジシェアの仕組みも活用できます。

こうした“ハイブリッド設計”は、昭和型アナログ業界へのソフトランディングとして有効です。

バイヤーとサプライヤー双方の業務可視化と巻き込みがカギ

多くの調達・購買部門では、相手(サプライヤー)がシステムを使ってくれないことで連携がうまくいかず、結果として手作業が残ります。

こうした場合には、逆に「サプライヤー側の現場見学」をセットし、共に業務プロセスの“ムダ”を洗い出すワークショップを開催してみてください。

現場の「本音」「どうせ無理」といった声も丁寧に拾い、「双方で分かち合える“簡単な第一歩”」から始めましょう。
例:Excel発注書を廃止し、共通Webフォームだけにする、など

こうした現場同士の相互理解による合意形成が、業界全体のDX推進力に直結します。

まとめ:次世代製造業に求められる「現場発想のDX」へ

既存の業務フローが残りDXの効果が限定的になるのは、決して現場スタッフの「デジタル音痴」だけが原因ではありません。

その本質は、“現場で培われた知恵への敬意”と“過去の成功体験”、そして“リスク回避”という文化にあります。

これを突破するには、一足飛びの全自動化よりも、地味な現場対話や業務見直し、そして現場が「やってよかった」と実感できる仕組みづくりが欠かせません。

製造業のDXは、テクノロジーの話であると同時に、文化と意識のアップデートでもあります。

読者の皆さん—現場で悩んでいる方も、これからバイヤーを目指す方も、サプライヤーとしてバイヤーの気持ちを知りたい方も—。

本稿が、皆様の現場で「DXをもう一歩前進」させるきっかけになることを願っています。

You cannot copy content of this page