投稿日:2025年9月8日

海運業界の低硫黄燃料サーチャージを価格式に組み込む長期契約設計

はじめに:サステナビリティとコストが交差する時代

グローバル製造業が直面している課題の一つが、サプライチェーンの脱炭素化とコストの最適化です。

昨今、海運業界における環境規制は急速に強化され、とりわけ2020年の国際海事機関(IMO)による硫黄分排出規制(IMO 2020)の施行は、業界構造に大きなインパクトを与えました。

それに伴い、低硫黄燃料の利用拡大や、それに付随する「LSS(Low Sulfur Surcharge:低硫黄サーチャージ)」という新たなコスト項目が登場したことに、多くの製造業現場やバイヤー、そしてサプライヤーも頭を悩ませています。

今回は、実際の現場感覚を交えながら、「低硫黄燃料サーチャージを価格式に組み込む長期契約の設計」について深く考察します。

海運業界の低硫黄燃料サーチャージとは何か

国際規制がもたらす新たなコスト構造

IMOによる環境規制強化以降、2万トン級の大型コンテナ船では従来の高硫黄燃料油(HFO)が使えなくなり、低硫黄燃料(VLSFOやLNG等)への転換が進みました。

この低硫黄燃料は、製造コストが高く、市場動向による価格変動も大きいため、海運会社は運賃とは別に追加費用として「低硫黄燃料サーチャージ(LSS)」を設定せざるを得なくなりました。

このLSSは、燃料価格の上昇分を海運会社が運賃に直接転嫁する形で課せられるため、契約時にこれをいかに正確かつ合理的に「価格式」に織り込むかがサプライチェーン全体のコスト管理の鍵となっています。

LSSが特に製造業にもたらす影響

製造業、特に自動車、家電、機械、産業資材分野では、膨大な物量が海上輸送を利用しており、LSSの増減が原価や最終製品価格に与える影響は想像以上です。

現場では、「LSSの突発的な高騰」を受けて急遽予算修正や販売価格調整を強いられた経験を持つ方も多いでしょう。

現場感覚で考える価格式へのLSSインテグレーション

なぜ価格式に組み込むべきなのか

昭和から続くアナログ慣行――すなわち「燃料サーチャージは都度請求、値上げは随時交渉」という方式では、現場担当者の負担が大きく、サプライヤー・バイヤー双方が「コストの見える化」に苦労してきました。

定量的・算式的な仕組みを契約に組み込むことで、管理工数が削減され、想定外コストで腹を立てたり、値上げを理由に取引停止を検討…といった不毛な摩擦を回避できます。

それが現場の安心とコスト意識の向上、そしてバイヤーの適切な調達戦略の基礎となります。

理想的な「価格式」設計の要素

ISOやJIS標準書に明文化された契約モデルは無いものの、実用的には以下の要素を満たす「算定式」が多用されています。

  • 基礎運賃とLSSを完全に切り分け、LSS部分のみ変動
  • LSSの算定基準を公表されている指標価格(例えばSingapore 0.5% VLSFO等)で指定
  • 指標の基準日や適用期間(前月平均、四半期平均等)を明記
  • LSS反映タイミングは四半期または半年ごとにアップデート
  • 変更通知のリードタイムを事前に定める

この方式なら、LSSが急騰・急落した時も一定のバッファを設けてコスト吸収でき、コントロールが容易になります。

よくある失敗例から学ぶ

現場でもありがちなのは、「契約時にLSS欄を『協議の上適用』としたが、いざ大幅値上げ局面で意見が分かれ、関係が悪化する」といったケースです。

他にも、「LSSを固定値で契約してしまい、その後の市場変動でキャッシュフローが逼迫」、逆に「変動部分を曖昧な基準で契約し、いつの間にかサプライヤーに不利になっている」等、ベテラン現場担当者の誰もが一度は経験しているのではないでしょうか。

だからこそ、業界公認の客観的な指標と、ロジカルな算定式を契約時点で織り込むことが成功のカギです。

最先端企業はこうしている:現場根付く実践的アプローチ

東南アジア・中国との貿易が多い製造業の事例

例えば自動車部品メーカーでは、毎月のコンテナ複数便が中国-日本間を行き交います。

現場では輸送コストの計画的な管理と、値上げリスクの最小化が絶対条件です。

この会社は、三大船社と1年単位での長期物流契約を締結する際、下記のような数式を盛り込みました。

運賃合計 = 固定運賃(FOB~CIF区間)+(輸送量×(当月VLSFO指標-契約基準値)×変動単価)

これにより、サーチャージ分のみが毎月変動し、運賃の先は予測が立ちやすい仕組みに。

契約当事者も、「なぜ値上げなのか、なぜ下がらないのか」という無駄な問い合わせが激減したといいます。

バイヤー主導での透明性強化

一部日系大手メーカーでは、サプライヤーに対して「LSS構成要素と算定方法の完全開示」を求める動きが活発化しています。

たとえば、調達部門が取引先に「VLSFO価格と連動するLSS部分」を必須開示項目とし、「算定式に透明性・再現性があるか」をレビュー委員会でチェックする仕組みを整備しています。

こうした仕組みは、調達ガバナンス上も有効であり、不穏な値上げやサーチャージの“隠れコスト”抑制効果が期待できます。

未来志向の視点:AI・IoTと組み合わせた価格最適化

脱アナログの先にあるもの

昭和型・アナログ志向の強い業界では、船会社からのサーチャージ連絡をFAXやExcel手計算で転記し、人海戦術で原価表を更新…という現場も未だに少なくありません。

しかし、AIやIoTの進化が進む現代では、「指標価格データの自動取得」や「LSS自動計算→ERP自動反映」が現実のものとなっています。

グローバルではこうしたデータ駆動型アプローチが標準化しつつあり、人物に依存しない契約・価格管理の自動化が今後さらに広がっていくでしょう。

中堅・中小メーカーこそ柔軟な業務改革を

大手企業に限らず、サプライヤーや下請け中小企業でも、クラウド型の物流・調達管理ツールやRPA(業務自動化ツール)を活用することで、「見積→契約→請求→精算」サイクル全体でのミスや工数を劇的に削減できます。

これにより、バイヤーもサプライヤーも本来の“付加価値創出”や“問題解決提案”に時間を割けるようになり、調達コストの見える化・合理化にもつながります。

まとめ:業界の壁を超えた“価格式設計”思考が生き残りを決める

急速に進む環境規制と、グローバル化するサプライチェーン網の中で、海運業界のコスト構造は確実に変化しています。

もはや「サーチャージを単なる追加費用として淡々と受け入れる時代」ではありません。

本稿でご紹介したような、低硫黄燃料サーチャージを「価格式」に明確に組み込む契約設計は、現場の混乱やコスト不安から脱却し、バイヤーもサプライヤーも新たな信頼関係を築くための強力な武器です。

これからの製造業に求められるのは、旧態依然とした慣行から一歩踏み出し、データ・ロジック・透明性に基づいた調達購買の仕組み――すなわち「業界の壁を超えた価格式設計力」です。

現場の知見と最先端テクノロジーを掛け合わせ、“柔軟な発想”で未来のより良い調達のカタチを描いていきましょう。

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