投稿日:2025年9月3日

調達先の一元化要求で価格競争力を失う課題

はじめに:調達先の一元化ブームの舞台裏

製造業は近年、グローバル競争の激化、サプライチェーンの複雑化、さらには地政学的リスクの高まりなど、さまざまな課題に直面しています。
こうした中で「調達先の一元化」が、効率化やコスト削減策として大手企業を中心に叫ばれるようになって久しいです。

しかし、現場に長年身を置いてきた立場から言わせていただくと、この”一元化”には意外な落とし穴があります。
調達先をまとめるほど、むしろ価格競争力が低下するという逆説的な事態が多発しているのです。

この記事では、なぜ調達先の一元化が”万能薬”どころか、企業の競争力を損ないかねないのか。
昭和から続いてきた業界構造や現場目線のリアルを交えながら、問題点と今後取るべき対策について深掘りしていきます。

調達先の一元化:導入の背景と期待効果

効率化・コスト削減の切り札として

そもそもなぜ、多くの製造業が「調達先の一元化」に動くのでしょうか。
主な理由は、大きく二つあります。

一つは、調達業務の効率化です。
分散化された調達先を一元管理することで購買担当の手間や事務コストが大幅に減り、ミスや情報の分断も防げます。

もう一つは、仕入量をまとめて発注することで「スケールメリット」を発揮できることです。
大量購入による価格交渉力のアップや、物流・管理コスト圧縮を期待できるためです。

DXや標準化志向の追い風

近年では、サプライチェーンのDX(デジタルトランスフォーメーション)推進や企業グループ全体での標準化指向もあり、調達先の集約化管理はますます加速しています。

サプライチェーン全体の可視化やトレーサビリティ(追跡可能性)対応、BCP(事業継続計画)観点でも、一元化は注目されるキーワードとなっています。

現場で起きている「価格競争力低下」の矛盾

ボリュームディスカウント神話の崩壊

調達を一元化することで「まとめて買えば安くなる!」という期待は根強いですが、実際の現場を見渡すと必ずしもその通りにはなっていません。

大口発注を引き受けるサプライヤーには、自社設備の生産能力やリスク絶対回避のために「リスクプレミアム」が上乗せされがちです。
発注先が一社になれば納入不能リスクや在庫リスクも膨らむため、守りの価格設定が目立ちます。

一方、複数社に分散していた頃のような「競合他社との比較による値引き圧力」も働きづらくなり、想定外の価格高止まりに陥る例も珍しくありません。

サプライヤーの“囲い込み”による緩み

長期・大口契約や「パートナー化」でサプライヤーの囲い込みが進むと、彼らにも安心感や心理的な余裕が生まれてきます。
長期安定供給の代償として、見積価格の適正チェックや継続的なコストダウン要請が難しくなる現場も多いです。

さらに一元化で納入会社の「選択肢」がなくなることで、調達先が万が一値上げなどを要求すると手も足も出なくなってしまうという極端な依存構造も生まれています。

日本のアナログ文化と業界構造も障壁に

“義理と人情”で結ばれた取引関係

日本の製造業は、今なお「義理と人情」と表現される強固な下請企業ネットワークや地域コミュニティに根ざしています。
バイヤーが新規サプライヤーを開拓しようにも、すぐに調達ルートを切り替えられないケースが大半です。

このため形式上は「一元化」されても、実際には従来型の付き合いが温存され、メーカーとして価格競争力を回復させる枠組みが機能しにくいという現状が隠れています。

情報の非対称性と価格のブラックボックス化

さらに購買現場では、「相見積もり」や価格情報の共有すら十分に進んでいません。
上位企業とサプライヤー間で情報の非対称性が根強く、仕切価格やコスト構造がブラックボックス化しがちなのが現状です。

DXを謳ってはいるものの、「昭和」のアナログ慣習や根回し文化が根強く残り、調達業務の最適化が進まない根本要因ともなっています。

一元化によるリスクの多様化と現場のジレンマ

冗長性(レジリエンス)喪失のリスク

サプライチェーンの観点からは、リスク分散・多重化(レジリエンス)が本来もっと重視されるべきです。
「特定サプライヤー依存」が進むほど、不良発生や事故、倒産、納期遅延などの一件が製造全体に致命傷を与えかねません。

2020年以降のコロナ禍や、自然災害、国際情勢不安による原材料供給ストップなども記憶に新しいでしょう。

イノベーションや価格革新の停滞

調達先を複数持つことで、「新技術」「新素材」「新機構」を提案してくれる新規サプライヤーの出現や価格革新も生まれやすいです。
一元化が進み、競争のない環境では、こうしたイノベーションの種まきもできず、じわじわと競争力が衰えるリスクが高まります。

バイヤー・サプライヤー双方の心理:現場目線の本音

バイヤー側の葛藤

調達一元化は現場担当の仕事量を一時的に減らしますが、数年後に「競合なき値上げ交渉」や品質・納期トラブル時の「逃げ道のなさ」が突きつけられます。
一元化プロジェクト終了後、「こんなはずじゃ…」と悩む現場も数多く見てきました。

サプライヤー側の防衛本能

一方、サプライヤー側から見ると、大口受注で会社の屋台骨を背負わされる分、取引の途中で価格引き下げ要求や納期短縮要請が来たときに大きなリスクを感じています。
「要求は厳しいが、万一の際に逃げ場がない」「最安値は出せないが、資本関係や年功序列で蹴落とされない」という独特の“ゆるみ”も現場心理として根付いているのです。

今後取り組むべき調達改革の方向性

部分的な多様化・冗長化の再評価

従来型の分散調達に「完全な逆戻り」する必要はありませんが、リスク分散とイノベーション力の強化という観点から、「部分的な多様化」を再評価すべきと考えます。

たとえば、主要調達品目のうち20%は意識的に複数社からの調達を維持する。
あるいは新規技術項目に関しては、小ロットでも複数社使って評価・情報収集を続けるなど、冗長性と競争の種を撒く「仕組みづくり」が大切です。

調達のDX化は“ブラックボックス排除”がカギ

AIやデータ分析を活用したコスト適正化ツールや、購買履歴の透明化、価格・納期・品質データの可視化によって、「情報の対称性」を高める取り組みも喫緊の課題です。

デジタルツール導入だけでなく、現場で意思決定できるプロ人材や現場力との連動も意識する必要があります。
属人化や「根回し」「忖度」を抑制するために、仕組みと現場が一体となった運用を目指しましょう。

まとめ:調達一元化の光と影を見極めよ

調達先の一元化は効率化やDX推進といったメリットを生みますが、必ずしも価格競争力のアップには直結しません。
むしろ集中による「競争不在」と「リスクの一極集中」が、じわじわと経営体力を奪っていく危険すら秘めています。

バイヤーもサプライヤーも、現場を熟知した上で”適度な分散”と”情報の透明化”を重視し、昭和のアナログ慣行から新しい次元へと舵を切る意識が必要です。

いち現場人の声としては、企業の競争力は「ひとつだけの正解」に頼るのではなく、多様な選択肢と冗長性でこそ培われると強く実感しています。

製造業の未来を切り開くため、今一度、調達・購買のあり方を現場目線とラテラルシンキングで問い直してみてはいかがでしょうか。

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