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市場動向を無視した長期価格固定契約で損失を被る問題

目次
はじめに:なぜ長期価格固定契約は製造業の痛みの種となるのか
長年製造業の現場に立ち、調達購買や生産管理、品質管理に携わってきた経験から強く感じる課題の一つが、「市場動向を無視した長期価格固定契約」による損失の増大です。
製造業は、原材料の高騰や国際情勢、為替の変動、エネルギーコストなど、さまざまな要素によって原価が変動しやすい業界です。ところがいまだに昭和時代の商慣習が根深く残る業界では、調達価格を数年単位で固定する契約が広く見受けられます。
これが、せっかく頑張って現場改革を推進していても「利益が消える」「損失が止まらない」という事態を招く大きな要因となっています。
本記事では、現役の工場長やバイヤー志望者、サプライヤーの立場の方々に向けて、この課題の本質と実践的な対策、そしてこれからの製造業がめざすべき新しい俯瞰的な調達購買の在り方について、現場目線で詳しく解説します。
長期価格固定契約がもたらす典型的な損失パターン
原材料価格が急上昇した時、「固定価格」は呪縛になる
昨今の半導体不足やウクライナ情勢に伴う鉄鋼やエネルギーの高騰、物流費高騰など、製造原価を押し上げる要因はいくつもあります。それにもかかわらず、2〜3年単位の価格固定契約を結んでいる現場では、下記のような損失パターンが日常茶飯事です。
原材料の購入価格は契約で一定、しかし仕入相場は毎月上がっていく。
→サプライヤーは「契約だから」と納得せず、品質低下や納入遅延など別の形で値上げ交渉に出る。
→買う側も「損失分は社内で吸収」となり、現場責任者が板挟みに遭う。
こうしたサイクルがエスカレートすると、固定価格による「安定調達のつもりが、かえって安定しない」状態が発生します。最悪の場合、値段を守れないサプライヤーが撤退したりすることで、生産そのものが滞るリスクも孕みます。
価格下落局面でも「契約価格から下げてもらえない」
一方、原材料価格や相場が急落しても、「長期契約での固定価格」を理由に買い叩けないケースもあります。
例えばステンレスや銅線など、景気や国際需給で大きく値が動く材料の場合、一度契約を結ぶと1年間価格を見直せない企業が大半です。市場価格が大きく下がっているのに自社だけが高い値段で仕入れ続ける、という損失を強いられます。そしてこの損失は後から取り戻すのが非常に難しいです。
これはバイヤー志望の方が知っておくべきポイントであり、サプライヤー側からは「長期契約のありがたさ」を逆手に取られやすい状況です。
昭和型契約慣習が新しい競争力を奪っていく
市場連動型の価格決定が当たり前になりつつあるグローバルサプライチェーンの中で、国内のみに根付く長期固定型契約は、じつは自社だけでなく、業界全体の競争力を毀損します。
たとえば欧米・中国の大手企業はロンドン金属取引所(LME)やシンガポール取引所(SGX)などの指標を連動させ、月次・四半期で価格改定を行うのが一般的です。これによりリスクを分散し、価格変動への機動的な対応が可能になります。
しかし国内調達では「一度決めたら見直せない」「情や付き合いといった非合理な理由で契約価格を堅持する」といった昭和流が依然根強く、結果として損失リスクの高い構造が温存されているのが実情です。
「市場動向を捉えた契約」の実践への障壁
社内文化や商習慣の壁
「お互いさま」「長い付き合いが大事」という価値観が、製造業・部品業界の商習慣には根付いています。ですがこれらが、価格交渉や市場変動への適応を阻害する大きな要因ともなっています。
社内承認ルートに時間がかかるため、迅速な契約見直しが困難。
「安定供給が第一」というあいまいな論理で、価格見直し提案が背伸びした行為と捉えられる。
「サプライヤーと喧嘩になるから価格交渉は避けたい」という現場管理者の本音。
このような障壁が、現状維持バイアスとなって市場連動型への移行を妨げています。
リスク分散の発想の弱さ
調達や購買の現場が「リスクを定量的に把握し管理する」意識が薄いことも障壁のひとつです。
コストダウン=値切り交渉、ではなく、「変わりゆく市場リスクをどう企業全体で分散するか」「どんな場合いくら損失が出るのかを予め可視化して、経営層に提案できるか」が本来のバイヤーや調達担当者に求められる力です。
しかし多くの現場では、「とりあえず去年の契約を踏襲」「よほどの高騰がない限り交渉しない」という消極的な姿勢が散見されます。
現場目線で考える!脱・長期価格固定契約の実践策
①市場変動指標連動型のプライシング
まず実践したいのが、市場動向を契約価格に反映する「指標連動型」プライシングの導入です。
たとえば主要材料である金属、樹脂、化学品などは、それぞれ世界的に価格指標が発表されています。
LME価格連動+加工賃、ナフサ指標+一定比率という形で価格を決め、その都度サプライヤーと協議・調整する方式です。
この方法はサプライヤーも納得しやすく、上昇時にもスムーズな価格転嫁が期待できます。バイヤー側からも「市場変動相場+α」で原価低減交渉を行う余地が生まれます。
②リスクシェア型の契約構築
もう一歩進化させるなら、リスクを双方で分担する「リスクシェア方式」契約を目指します。たとえば、原材料価格が一定の幅で上下した場合は価格を見直す、異常値の場合は再交渉する、といった条件を定めるのです。
この発想は、昭和の「どちらかがすべてを被る」アナログ契約からの脱却を意味します。
バイヤー・サプライヤーのどちらも、予測不能な市場の変動リスクを適切に分かち合うことで、長い目で見て安定した取引と信頼関係を築くことができます。
③社内コミュニケーションの進化がカギ
新しい契約方式を導入するためには、社内の経理・経営層、生産・工場部門、調達部門と緊密に連携し、「なぜこの方法が必要なのか」「従来型ではこれだけの損失リスクがある」という裏付けのある説明が不可欠です。
私は実際に損益シミュレーションや市場動向の具体データを用いてプレゼンを重ね、社内合意を取りながら契約方式の転換を進めてきました。現場のリアルを知る調達担当者・工場長こそが、声をあげて未来志向の調達改革をリードすべきです。
これからのバイヤー・調達担当に求められる視点とは
固定観念を壊す“クリティカルシンキング”
多くの管理職・現場では、「去年と同じ」「前例どおり」という思考に陥りがちです。
しかし現在のように変化の激しい時代には、ラテラル・クリティカルシンキング(水平・批判的思考)が欠かせません。
たとえば、原価の変動要素を因数分解し、「何がリスクなのか」「どうすれば素早く対応できるのか」を常に多面的に捉えることで、従来の調達モデルから新たな収益構造を創造できます。
数字に基づく交渉力と説明責任
バイヤーや購買担当者には、損益インパクトを具体的に提示できる「数字感覚」と、社内外のステークホルダーを説得する「ロジカルな説明力」が求められます。
特に、損失となった過去の長期固定価格契約の事例を蓄積し、それをもとにした改善シミュレーションを数値で示すことで、説得力のある提案につなげることができます。
サプライヤー目線で価値を生むパートナーシップ形成
サプライヤーの立場になって考えると、「長期固定価格=安定」という幻想から一歩距離を置き、むしろ「共に市場変動に対応し、生き残るためのパートナー」へと関係性を進化させる発想が重要です。
ここでも、従来型の単なるコストダウン交渉から、「互いのメリット」を意識した新たなバリュー共創の取り組みが鍵となります。
まとめ:現場発信型の調達改革で競争力を強化しよう
製造業における「市場動向を無視した長期価格固定契約による損失」は、決して一部の会社だけの問題ではありません。
この状況を打破する一歩は、現場から声を上げ、指標連動型やリスクシェア型契約の導入、数字分析に基づくロジカルな交渉、社内合意形成を推進することです。
昭和の常識をアップデートし、今の社会や世界的な市場トレンドに即した柔軟な調達体制を築く――この実践こそが、日本の製造業の競争力を未来へつなぐ本質的な改革と言えるでしょう。
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