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人的資本経営を数値化できない製造業の悩み

目次
はじめに:数値化できない「人的資本経営」の難しさ
製造業の現場は日々目まぐるしく変化し、デジタル技術が叫ばれる一方で、いまだ根強く昭和型のアナログ業務や現場主義が色濃く残っています。
現場では、多くの経営指標が可視化・数値化され、納期、コスト、品質、安全といった定量指標が最重視されています。
しかし、昨今話題になる「人的資本経営」を現場でどう数値化し、どのように評価・改善していくのか。
多くの工場や製造企業の管理者にとって、その難しさは頭の痛い問題となっています。
本記事では、長年製造業の現場に身を置いてきた目線から、人的資本経営を「数値化」することの困難さ、そして現場目線で実践できる打ち手、新たな可能性について、多角的に掘り下げていきます。
製造業で重視される伝統的な数値指標とその限界
工場の伝統的なKPI:何を見てきたのか
製造業においては、販売・調達・生産管理・品質管理など、あらゆるプロセスで計画通りの数値達成が経営意思決定の根幹となっています。
例えば以下のようなKPIがあります。
– 生産性(時間あたりの生産台数、工数削減率)
– 歩留まり、不良率
– 原価低減率
– 納期遅延件数・納期遵守率
– 在庫回転率
– 安全衛生件数 など
これらは多くの場合、比較的明確な数値で管理できます。
数字の積み上げとトレンド分析は、製造業が「管理する」文化の象徴とも言えるでしょう。
「ヒト」の成果は見えにくい
一方で、こうした定量KPIに現れないのが「ヒト」に関する資本、いわゆる「人的資本」です。
たとえば、
– 従業員の現場スキルや改善実行力
– 現場リーダーのマネジメント力・人間関係力
– 良い現場風土、心理的安全性
– 自発的な提案・創意工夫
– 教育・継承されたノウハウや技能の深さ
こうした「ヒト」に根付く要素が、現場の生産性や品質に直結していることは現場管理者であれば痛感しています。
しかし数値化しようとすると、
「技能資格者の人数」「研修参加時間」「改善提案件数」
のような表面的な指標に終始し、真価が見えません。
見えにくい「ヒトの力」の強暖差が、工場ごとにまったく異なる現状なのです。
人的資本経営を「見える化」できない原因
現場の価値観:数字以外は認めづらい
なぜ製造業の現場では、人的資本を十分に数値化できないのでしょうか。
まず背景に、「数字で説明できないものは軽視される」という歴史的・文化的な土壌があります。
長年コスト・納期・品質を最優先してきた企業文化では、ヒトの成長や職場の雰囲気といった要素が、
「曖昧なもの」として捉えられ、評価や改善指標にしにくい傾向が根強くあります。
人的資本が数値化できない根本的な理由
抽象的なものを数値に落とし込むには、目的ごとに「現場の具体的な指標(KPI化)」が必要です。
ところが、たとえば現場組織の「結束力」や「自発的な改善活動力」を指標にする場合、
– どんな行動やイベントをどう測るか
– 時間軸でどう改善を測るか
– 他工場や他社との比較が妥当かどうか
といった課題が噴出します。
また、「数値目標で縛る」と、形式的で本質的でない行動(たとえば、やらされ感のある改善提案)が増え、
逆に現場の士気が低下するケースも散見されます。
「人」の定着や成長には長い時間がかかる
現場を底上げする「人」の育成は、一朝一夕には結果が出ません。
今日の研修が半年後の現場力にどう効いたのか、数字として見るには時間がかかります。
目先の成果に着目しすぎると、「人づくり」を後回しにしがちになるというジレンマもあります。
これからの製造業に求められる「人的資本経営」の実践例
デジタル化と人的資本の融合
製造現場でもIoTやDXの波が加速度的に広がっています。
デジタルデータの蓄積・可視化によって、部分的にではありますが下記のような取組が始まっています。
– 現場のOJT/教育履歴やスキルセットをデジタル台帳化
– 作業分析映像から人的エラーやスキルギャップを発見
– QCD(品質・コスト・納期)指標と関連付けて人的要素を分析
– モチベーションや職場満足度を定点観測アンケートで可視化
これにより、人的資本と経営成果を分析し、「どの施策が業績や現場改善と直結したか」を少しずつ見える化できるようになりました。
アナログ的現場感覚も失ってはいけない
とはいえ、現場で20年超の管理経験を持つ筆者から見ても、
「現場の顔つき」「働く人の表情」「目の輝き」といった“非数値”の現場感覚は、
いまだに先端技術でも代替できません。
毎日朝礼で配電盤や機械前に整列したときの、
– 空気の緊張感や安心感
– 対話の中から出る“はっとする”気づき
– 特定メンバーがいるとチームの空気がガラリと変わる
といった、数値では霞んでしまう現場ならではの「ヒトの力」は、人的資本経営を考える基盤です。
経営層・バイヤー・サプライヤーの立場から考える
経営層:現場を知り、KPIの意味を噛み砕く
経営層は人的資本への投資がブームになっている背景もあり、
– 「人的資本開示」への対応
– 企業価値評価につながるデータ化
といった動きも強めています。
現在は、現場の現実を理解した上で、単なる「研修やりっぱなし」や「スキルマトリクス重視」にとどまらず、
「現場が本当に使えるスキル」「メンバーが自ら改善する力」など、本質的な指標設計が求められます。
また、経営指標を現場に落とし込む場合には、上から「数値目標」だけを課すのではなく、
現場管理者や作業者へのヒアリングや対話を通じて「なぜそれをやるのか?」を浸透させることが肝要です。
バイヤー(買い手):サプライヤーの人的資本を見る・育てる視点
購買・バイヤーの方も、従来の納期・価格・品質以外に大型調達先や長期パートナーには
– 「現場の人材力」「技能継承力」
– 「提案・改善力」
– 「品質管理・トラブル未然防止力」
といった要素を意識的に見極める必要が増えています。
単なる短期コスト競争ではなく、「人的資本の厚い会社」との信頼構築が良い品質・納期遵守の裏付けになるからです。
また、サプライヤー企業と一体となった教育やスキル指導、QC(Quality Control)サークル活動の共創など、
「共に育てる」姿勢も、今後はバイヤーとして重要な資質となります。
サプライヤー:競争力強化は人づくり・現場力の見える化
一方で、サプライヤー側もQR・成本削減一辺倒でなく、「ヒューマンウェア(現場の人)」に投資し、
– 継続的な技能者教育
– 多能工化・柔軟な人員配置
– 自律改善活動(KAIZEN)
– 技能伝承マイスター制度
などの取り組みを、数値化できる範囲では成果KPIも併用しつつ、
現場の声と目に見えない価値も社内外へ発信していくことが重要です。
製造バイヤーから信頼される付加価値とは、単なる価格競争(プライス)だけでなく「人・現場力・改善力」に裏打ちされた総合力であり、
それをどう数値&非数値で見せるかが今後のテーマです。
現場目線で実践できる「人的資本経営」のアプローチ
1. 「見える化」と「観える化」を分けて考える
現場の人的資本を考える上で、まず「見える化(数値)」と「観える化(感性・ストーリー)」を両立させることがカギです。
– 定性指標:リーダーへの360度評価、職場の雰囲気・提案活動状況
– 定量KPI:人材流動率、改善提案件数、教育参加率、技能保有者数
こうした「数字」と「ストーリー(具体的な成功事例や現場エピソード)」を組み合わせて現場力を発信しましょう。
2. 「現場の対話」と「共創活動」の徹底
工場長など現場責任者として大切なのは、現場スタッフとの率直な対話、リーダー層の生の声のフィードバックです。
– 朝礼でのミニ提案発表・感謝を送り合う時間
– グループ面談による現場課題・やりがいアンケート
– 異職種混在の小集団活動(QCサークル)
現場の人間同士が自発的に「良い空気」「成長の実感」をシェアすることで、形になりにくいヒューマンリソース価値が浸透します。
3. 長期視点で「人づくり」を根付かせるために
人的資本経営は、半年で目に見える成果を急ぐよりも、5年・10年単位で継続することで初めて定着するものです。
– ベテランから若手・リーダーへの暗黙知継承
– 同職場だけでなく取引先との技能交流
– 働く人に「自分は誰か・何を作っているのか」使命感と誇りを持ってもらう
こうした地道な土台作りこそ、表面化しにくい課題の解決や、現場力向上の本質に通じます。
まとめ:人的資本経営の「見えない価値」を磨くために
製造業における人的資本は、KPI化の困難さや時間のかかるプロセスにもかかわらず、現場力の根本を支える決定的要素です。
単なる「人件費」や「教育コスト」として短期的に捉えず、
– 数値化できることは積極的に「見える化」し
– 現場感覚やストーリーも大切に「観える化」し
– バイヤーや経営層、サプライヤーが連携して共に「人づくり」を仕組み化する
このような取り組みが、昭和流の現場主義から脱却しつつ、日本の製造業を新たな地平線へ導く羅針盤になると確信しています。
今こそ、人的資本経営の“数値にならない”価値の大切さを、現場から再認識し、磨き抜いていきましょう。