投稿日:2025年10月1日

FAX依存をやめられない製造業が国際競争から脱落する課題

はじめに:今なお続く製造業のFAX依存という現実

日本の製造業は、かつて世界トップクラスの競争力を誇っていました。
しかし近年では国際的な競争力が低下し、その一因として「昭和的な業務慣習」がたびたび指摘されています。
とりわけ話題に挙がるのが、いまだ“主役”の座を譲らない「FAX依存」です。

デジタル化が叫ばれて久しい現代にあっても、多くの工場や調達現場では発注や工程連絡、品質問合せに至るまで日常的にFAXが利用されています。
本記事では、なぜ製造業がFAX依存から脱却できないのか、どのような問題を孕み、これがどのようにして国際競争の舞台から脱落する要因になりうるのかを、20年以上の現場経験をもとに検証します。
また、現場視点ならではのラテラルシンキングで、FAX文化を変えるためのヒントも探っていきます。

なぜFAXが今も製造業で幅をきかせるのか?

今さらデジタル化できない理由

製造業の現場、とりわけ下請けや中小企業を中心にFAXが根強く使われるのには明確な理由があります。
一番大きいのは「システム化・デジタル化に対する投資余力のなさ」、そしてもう一つは「現場の“昭和世代”が安心して使える手段である」ことです。

長年同じ業務フローを踏襲し続けてきた現場では、業務システムの刷新は大きな心理的・物理的コストを伴います。
高額なIT投資を回収するだけのリターンがすぐに得られるわけでもなく、新ツールへの不慣れや過去のデータとの整合にも不安が残ります。

また、FAXならではの紙ベースの“証拠保全”や、相手先と直接やりとりする安心感も理由に挙げられます。
手書きで修正でき、複写紙で控えも残るため、「これなら間違いがない」という心理的安全性は、現場ではデジタルよりも勝る場合すらあります。

バイヤー/サプライヤー双方の“あうんの呼吸”の恐ろしさ

実際のところ、「発注書のFAX送信→サプライヤーでプリント&内容確認→手書きチェック→製造手配」という流れに不満を持ちながらも、バイヤーもサプライヤーも誰一人現状を疑問視しなくなる“あうんの呼吸”が生まれているケースが多く見受けられます。
この「慣れ合い文化」が改革の壁となっています。

FAX依存による実務上のリスクと国際競争力低下の現実

人手に依存した業務プロセスの非効率

FAX依存は、多くの不毛な手作業を現場にもたらしています。
たとえば発注処理一つとっても、「送信・受信・プリントアウト・内容照合・転記・整理・ファイリング」など、多段階で人の手を介さねばなりません。

こうしたプロセスは属人的でミスの温床となり、ベテラン社員が突然離職したり、配送事故・読み取りミス・記録漏れがあると品質不良や納期遅延につながります。
決して“ITリテラシーが低い高齢社員がいれば安心”というものではなく、むしろヒューマンエラーのリスクは増大します。

リアルタイム性の圧倒的欠如

国際競争の現場では「スピード」「トレーサビリティ」「レスポンス力」が重要です。
デジタル化された海外メーカーでは、受発注や進捗管理、トラブル対応すらオンラインでリアルタイムに完了します。

一方、日本の工場でいまだ「明日朝FAXを送ります→受け取り確認はまた明日」となっている現実は、これだけで数日単位の遅れとなります。
致命的な競争劣勢です。

最新テクノロジーとの接続障壁

工場のDXやIoT化が進む中、紙・アナログデータ中心の現場は新たなテクノロジーとの連携にも大きな壁となります。
生産設備や部品ロットのトレーサビリティ管理、品質向上のためのビッグデータ活用なども、FAXベースではとても実装できません。
これらはそのまま顧客提案力や新規取引の機会損失となって表れます。

「FAXが当たり前」の業界慣習が生んだ負の循環

意識の変革なき“横並び安心感”

なぜこれほどまでにFAX文化が根付いたのか?
これは“バイヤーもサプライヤーも全員FAXなら、なんとなく遅れても怖くない”という横並び意識が原因です。

とりわけ購買担当は、多忙を理由に新システムの習熟や社内周知より「今まで通り」を選びがちです。
サプライヤーも「バイヤーがFAXでしかくれないから仕方ない」と受け身になり、結果として変革の志向が生まれません。

本音と建前:バイヤーの心の内を知る

バイヤーの側でも、本当は「デジタル化して効率よく業務をまわしたい」と考えていますが、サプライヤー側のデジタル対応力にバラツキがあり「現場を混乱させたくない」として、わざとFAXや紙を残しているケースも少なくありません。

本音では「どこかで一気にデジタル化に舵を切りたいが、波風を立てたくない」というのが購買現場のリアルです。

海外メーカーとのビジネス現場における決定的な差

デジタル化が進んだ海外現場の実態

欧米や新興国メーカーの現場を見ると、EDI(電子データ交換)やクラウド受発注システムは当然。
伝票に相当する情報もすべてデータで管理され、進捗・在庫・生産計画が瞬時に共有されています。

これに対し、日本の取引先に紙FAXの発注を求められる時点で、グローバルビジネスの現場では「取引相手としての信頼性・機動性」に疑問符がつくのは当然です。
アナログなやり取りでは生産の最適化・柔軟な供給体制・コスト競争力すら望めません。

取引先・顧客からの“敬遠”が始まる

グローバル企業の購買部門はすでに「日本のサプライヤーは融通がきかない」「担当によってはFAXしか使えない」といった理由だけで選定候補から外す例が徐々に増えています。
このままでは“高品質”というブランド神話も風化しかねません。

「現場の不安」を乗り越えるための一歩

最初の打開策は“部分的デジタル化”から

どうしても大改革には抵抗感が強いのが製造現場の人情です。
だからこそ、できるところから「紙ベース業務のデジタル処理」を始めてみるのが現実的な選択です。

たとえばFAXで来る注文書を、定型パターンなら自動OCRで読み取りExcelに転記するツールを使う、発注内容の承認・連絡は社内チャットやワークフローシステムを併用する、といったアプローチです。

この“部分的自動化”を入口に、現場で「意外と楽だ」「記録の漏れがなくなった」といった実感が続けば、「紙のやり取り自体をなくしてしまおう」という意識改革につながります。

バイヤー・サプライヤー連携による“合意形成”の重要性

現場目線で最重要なのは「バイヤーvsサプライヤー」の対立ではなく、“一緒に課題を解決しよう”という合意形成です。

バイヤー側は、サプライヤーと緊密に現場ヒアリングを行い、無理のないデジタル化計画を共に立てること。
サプライヤー側も、単に「バイヤーが変わらないから…」とあきらめるのではなく、小さな改善案(例:「FAXの内容をPDFで並行送信する」など)を自発的に提案し、信頼醸成の一手にするのが有効です。

「昭和的現場力」と「デジタル」の融合をめざして

アナログ業務の強みを活かすラテラルシンキング

“昭和的現場力”にも、決して失ってはいけない強みがあります。
たとえば、「目視による細やかな確認」「職人の経験値を活かした現場の工夫」「顔の見える受発注」などです。

こうした現場知見とデジタルの効率性を融合させることが、未来の製造業には欠かせません。
紙の良さを否定するのではなく、手間やリスクを減らし、“人間力”が本当に活かせるプロセスへと昇華させる視点――これこそがラテラルシンキングによる新地平線の開拓です。

まとめ:脱FAXは「現場を守る勇気」から

結局のところ、FAX文化からの脱却は単なる“IT化”の話ではなく、「現場の未来を自ら創る勇気」なのだと強く実感しています。

国際競争力を取り戻すカギは、「今やっていることの当たり前を疑う力」と、「既存の現場と共存しながら少しだけ冒険してみる行動力」です。

バイヤーを目指す方も、サプライヤーの方も、ぜひ異なる立場を理解し、自社の現場から一歩、固定観念を崩してみてください。
昭和の現場力とデジタルを融合した“新しい日本のものづくり”――そのヒントは、FAX依存から一歩踏み出すことから始まります。

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