投稿日:2025年6月18日

研究開発部門のためのマーケティングと製品開発への応用・例

はじめに:昭和の現場から令和の現場へ、進化する製造業の研究開発

製造業にとって製品開発は企業競争力の源泉です。

これまでの日本のモノづくり現場では、高品質・高効率志向が根付きながらも、旧態依然とした「いいものを作れば売れる」体質が色濃く残っていました。

今なお多くの現場に、職人技やベテランの勘、人海戦術に頼るアナログなマインドが残っています。

しかし、市場の変化、グローバル化の進展、デジタル化の波を無視できません。

そこで今、研究開発部門に求められているのは「マーケティング思考の導入」です。

本記事では、現場で培った経験をベースに、研究開発とマーケティングを融合して製品開発へ活かす方法、事例、業界で根付く課題や解決策を解説します。

製造業に働く方、バイヤーを目指す方、あるいはサプライヤーとしてバイヤーの視点を深く知りたい方に役立つ内容をお届けします。

なぜ今、研究開発部門にマーケティングが必要なのか

「いいモノ思考」だけでは通用しない時代の到来

高度経済成長期の日本では、製造現場が高品質な製品を大量生産し、市場に投入すれば売れる時代でした。

「良い製品を作ること」が最重要であり、開発と製造が主役。

営業やマーケティングは「作ったものをどう売るか」くらいの位置づけに過ぎませんでした。

しかし現代は違います。

現場目線で言えば、どんなに精度の高い部品を作っても、市場ニーズを満たせなければ製品は売れません。

ユーザーの「使いやすさ」や「用途へのフィット感」、サステナビリティや価格パフォーマンスなど、求められる価値基準が多様化しています。

新興市場やグローバル市場への進出、省人化・自動化対応、材料高騰への対応、省エネルギー要請、こうしたハードルをクリアするには、市場・顧客・社会の声を設計・開発の初期から組み込む発想が求められます。

製品開発にマーケティングを取り込む本当の意味

マーケティング思考を導入するということは、「誰のために、どんな体験を提供するのか」を定義し、狙いを明確にして設計・開発に活かすことです。

さらに、バイヤー(製品購入担当者)目線での要件設定、公差・品質基準、調達・サプライチェーン設計まで、川上から川下まで一貫してリンクさせる役割が研究開発には期待されています。

顧客ニーズを満たすだけでなく、「まだ世の中に存在しない需要(潜在ニーズ)」まで掘り起こすのがマーケティングの神髄です。

その発見と実装のために、研究開発部門がマーケティング部門と横断的な連携を進めることが、持続的成長を実現する鍵となります。

研究開発とマーケティング思考の融合が実現すること

現場の課題認識こそが、外への視野拡大の第一歩

例えば、自動車バンパーの設計を例に挙げましょう。

従来は、強度や軽量化、省コスト、製造性を重視して設計してきました。

ですが、近年は「衝突時の歩行者安全性」「リサイクル材の使用率」「ノイズ低減」「自動運転センサー内蔵スペース」といった新たな価値が要求されています。

これらは市場や行政、ユーザーからのフィードバック(=マーケティング情報)をいち早く取り込み、多部署・多職種のチームで製品仕様に落とし込む取り組み無くしては実現できません。

最新のマーケットイン(市場志向型)開発をリードするのが「研究開発×マーケティング」の真価です。

製品ライフサイクル全体の最適化が可能に

これまで研究開発部門は主として企画・開発設計、量産立ち上げまでが守備範囲でした。

しかし、今や下記のようなサイクル全体を俯瞰する力が問われています。

  • 市場調査からニーズ分析
  • 企画・R&D・設計・試作・評価
  • 量産化(コスト・品質要件のバランス)
  • 商品化・物流・販売
  • 市場アフターサービス・クレーム・リサイクル対応

マーケティング視点を導入することで、このサイクルをグルッと最適化し、「開発初期に現場・市場・顧客の意見を反映」「現場(工場)と連携した早期不具合抽出」「製品バリエーション展開」といった品質とコスト、納期とタイミングの高度なバランスも図りやすくなります。

現場・研究開発部門がマーケティングを活かす実践アプローチ

1. 「価値提案(バリュープロポジション)」視点を持つ

設計段階で「この製品や技術は、誰のどんな困りごと・課題を解決できるか」をはっきり言語化しましょう。

例えば、加工部品の開発なら、「現場の省人化ニーズ」に対して「組付けの方向自由化」「工具レス着脱」「ロス率1%未満」という新価値を提案する。

長年の現場経験者が実感する「些細な使い勝手・作業者目線の改善」こそ、競合他社との差別化につながります。

2.「VOC(Voice of Customer)」現場での仕組み化

研究開発現場では、直接顧客の声を聞く機会が少ないのが通例です。

しかし、営業やサービス部隊と連携し、不良や改良要望、クレームの本質的原因を早期に吸い上げる仕掛けが重要です。

例えば、ウォークイン型のユーザー会議や代理店・現場担当者への定期インタビュー、製品モニターキャンペーンの実施など、昭和的な「営業任せ」から一歩踏み込んだ情報収集体制の構築が有効です。

3.サプライチェーン全体での共創開発

部品・素材サプライヤーと早期からスペック・資材特性情報を共有し、「共同開発プロジェクト」を積極展開するのも現代研究開発の要です。

下請け構造にとどまらず、サプライヤー側が「材料納期短縮」「ECO対応」「歩留まり向上」という観点で、川上から開発へのフィードバックを持ち込めば、今までの系列主義を超えたイノベーションが生まれます。

バイヤー目線の深堀(購買のKPIや困っている調達課題を把握する)も、自社開発への逆流で大きなヒントをもたらします。

具体的なケーススタディ:製造業×マーケティングの成功実例

ある自動車部品メーカーの「マーケティング活用型開発」

私の経験した事例をご紹介します。

従来、ウレタンバンパーを開発していたA社では、市場が縮小し収益が頭打ちになりました。

危機感を持った技術部門が主導となり、営業・購買・サービスと合同でVOC調査を実施。

顧客(自動車メーカー)から「ぶつけた際の修理コスト削減要望」「デザインの自由度」「環境性能」の強いニーズを聞き取りました。

そこで、

  • 修理コスト削減 → リペアモジュール方式設計(バンパーの一部だけ交換可)
  • デザイン自由度 → 可変金型採用・小ロット対応化
  • 環境性能 → リサイクル率30%バンパー実現

という新たな設計戦略に転換。

これが「従来型の設計ありき」から「ユーザー価値提案型」へのパラダイムシフトになりました。

その結果、新タイプバンパーは今までにない新市場(小ロット対応が必要なEVメーカーなど)を獲得し、他社に先駆けてグローバル展開にも成功しました。

電子部品メーカーの「クロスファンクショナルコミュニケーション」事例

大手電子部品メーカーB社では、省人化とIoT対応の課題を抱えていました。

設計部門の若手リーダーが自ら営業フロントに出向き、最前線現場の組み立て作業や設備レイアウトを体感。

そして「現場の困りごと(端子の向き間違い、ミスの削減)」を設計初期からフィードバックとして活用しました。

作り手目線と買い手目線が融合し、部品端子の形状・色分け提案や「ミス組立時は自動検知でアラームが鳴る」仕掛けを標準装備。

以降「現場巻き込み式」開発は社内ルールとなり、社外からも「現場力のある開発メーカー」との評判が高まりました。

アナログからデジタルへ、現場発アイディアのデータ活用

旧態依然とした紙・Excel・経験則頼みから、現場業務にデジタルを組み込む動きも、ここ数年で急速に拡大しています。

現場のアイデアを集約し、サプライヤーやバイヤーとの共同DB構築、市場データやIoTを活用したフィードバックループを回していくことが、今後の競争優位になります。

ただし、現場には「デジタルは苦手」「IT管理が面倒」というアレルギーも根強いのが実情です。

こうした心理的ハードルを乗り越えるためには、「成果が出る・楽になる」といった実感を現場メンバーが体験できる仕掛け(例:デジタル現場会議、ミニハッカソン、現場アプリの業務改善チャレンジ)を、開発部門自身がリードしましょう。

最後に:昭和の知恵と令和の発想、双方の強みを掛け合わせて

製造業の現場は、長年積み上げてきた「現場力」、つまり職人技や熟練の勘、チームワークと人間臭さが残る稀有な産業です。

一方で、デジタルやマーケティング、グローバル化という新たな波と無縁では生き残れなくなっています。

「時代の波に呑まれ、アナログな現場を否定しきるのではなく、昭和の知恵と令和の発想を現場目線で融合し、研究開発の現場から新たな価値を発信する。」

これが、20年以上製造業のさまざまな現場を経験してきた私が伝えたい最大のメッセージです。

今こそ、開発・設計・現場・営業・購買・サプライヤー、それぞれの壁を乗り越え、「マーケティング思考」で製品開発を次の地平へ導きましょう。

あなたの現場の一歩一歩が、日本のモノづくりの未来を切り拓く大きな挑戦につながると信じています。

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