地方行政の調整力を活かしたサプライチェーン断絶リスクの最小化戦略

地方行政の調整力を活かしたサプライチェーン断絶リスクの最小化戦略

はじめに：サプライチェーン断絶リスクと日本の産業構造

昨今、グローバル化と想定外の事象が頻発する中、サプライチェーンの断絶リスクがかつてないほど高まっています。
災害やパンデミック、地政学的リスク、自然環境の変化など、多様な要因が複雑に絡み合い、どの産業でもサプライチェーンの寸断が「明日は我が身」となりつつあります。

特に日本の製造業は、多層・分業型の産業構造に加え、高度な現場オペレーションと熟練した技能工に支えられてきました。
その底流には昭和時代から連綿と続いてきたアナログな商習慣や、小規模・中小企業との濃密な取引ネットワークがあり、これは一方で競争力の源泉でありつつ、サプライチェーン断絶リスクの火種ともなっています。

この状況下で注目されるのが「地方行政の調整力」です。
本記事では、地方の行政機関が持つ独自のネットワークや調整力を、製造業サプライチェーンのリスク最小化へどう活用できるか、現場目線で解説します。

地方行政の調整力とは何か―業界の視点から再考する

行政の「調整力」とは？

行政の調整力とは、多様な利害関係者間の調整を通じて、現場の混乱を抑え、社会全体の最適解を探る力を意味します。
製造現場では、行政との付き合いは補助金申請や規制対応、BCP（事業継続計画）策定サポートなどが主役と思われがちですが、実際には行政担当者は地元ネットワークの「ハブ役」として、企業間の情報流通や異業種連携、供給網の再構築でも影響力を発揮します。

特に地場の小規模企業―部品メーカーやソリューションベンダーなどはいざという時の相談相手不足が常に課題です。
その橋渡し役を担えるのが地元行政です。

なぜ今、行政の”調整力”が重要なのか

1つは、日本の供給網の「地理的偏在性」にあります。
主要サプライヤーの災害被災や物流網の寸断は、地方の限られたエリアに位置する特定企業に極端な依存をもたらします。
もう1つは、「人手・技術の属人化」。
たった一人の熟練工がいなくなればラインが停まる―そんな脆弱性を抱えています。

こうしたリスクが顕在化したとき、企業の垣根を越えた調整と知見の共有が不可欠となりますが、同業他社間や発注元－下請けの上下関係では本音やノウハウを素直に相談・共有できない、という空気が根強く残っています。
このギャップを埋めるには「第三者」としての行政の存在感が問われます。

実践的アプローチ―地方行政と現場が連携した断絶リスク対策

1. 事例共有型ワークショップへの行政介在

製造現場では、類似トラブルや災害時BCPに関し情報交換会が開かれますが、競合との交流にはどうしても壁が生じます。
そこで、行政が「ファシリテーター」として参画し、意見交換会を中立的に“運営・記録・フィードバック”すると事例のレベルや実効性が飛躍的に高まります。

例えば、ある地域の中堅部品メーカー20社が集まるBCP構築ワークショップでは、行政主導による「匿名事例供出」と「業界横断マッチング」が実施され、災害時に必要な汎用部品（ねじ・樹脂成型部品など）の地域内融通体制が1週間で構築されました。

2. 地元サプライヤーリスト＋技能マッチングの再整備

地方自治体には「産業振興課」や「ものづくり支援室」など所管部局があり、一定の取引先リストや技能・設備データベースを保有しています。
しかし、その多くが補助金給付の対象企業名簿止まり、現場技能や応急生産対応力まではカバーできていません。

ここで重要なのは、技能伝承者や特殊工程を持つ企業の人的ネットワークを可視化することです。
産業連携コーディネーターや商工会議所等の行政人材を活用し、エリアごとの「技能リソースマップ」を作ることで、緊急時の生産委託や応援派遣が円滑に進みます。

3. 危機対応版デジタルプラットフォームの構築

「DX（デジタルトランスフォーメーション）」というと最新ITが主役のように思われがちですが、重要なのは昭和的アナログ管理の“見える化”です。
例えば、日々の帳票管理や設備稼働記録、資材在庫の手書き台帳…。
行政がリーダーとなり、中小製造業向けに「危機対応用」のシンプルな情報共有プラットフォームを導入することで、非常時の“生産操業状況の早期把握”や“受発注データの代替流通”が即時に可能となります。

コアとなるのは難解なIoTシステムではなく、誰でもスマホから入力できる程度のアプリケーション。
行政が窓口を集中させることで現場混乱を抑え、迅速な復旧の足掛かりになります。

バイヤーとサプライヤー双方の視点：これからの調達購買戦略

バイヤー（発注側）は何を評価し始めているか

従来の調達購買は「QCD（品質・コスト・納期）」指標一辺倒でした。
しかし、断絶リスク時代においては他にも「地場調達可能性」「技術伝承体制」「情勢変化への柔軟性」といった未定量化な強みが評価項目に追加されています。

バイヤーが地元行政と連携した企業を好ましく評価する傾向も顕著です。
「地元ネットワーク（自治体・商工会含む）」を活かせるサプライヤーは、万が一災害や情勢変動時にも「違う供給元・応援要員」の確保がしやすく、サステナビリティ評価が向上するからです。

仲介役としての行政とのパイプは、これからサプライヤーが差別化すべき無形資産といえます。

サプライヤー（供給側）が習得すべきポイント

サプライヤー側は、従来の「自社完結生産」モデルから“地域連携・共助生産”モデルへのマインドセットの転換が求められています。
ライバル関係にあった企業同士、あるいは異業種の設備借用や技能供与など、行政を介して「垣根を越えた共創」を実践することが、リスク分散と信頼向上に直結します。

さらに値決めや納期交渉においても、「行政の要請に基づくプロジェクト」の場合は、バイヤーも価格協力やリードタイム延長の理解を示しやすくなります。
逆に、こうした共助ネットワークに消極的な企業は、発注元からリスクのある調達先と見なされ選別される流れが強まっています。

アナログからの脱却と新たな地平線―今こそ業界の壁を“越境”する

昭和的アナログ商習慣の強みと限界

製造業現場からの経験則として、アナログ商習慣にも数多くの強みがあります。
たとえば、口約束による“融通”や、現場同士での駆け込み調整、小さな機械部品の「手配」能力。
実は行政職員にも、地元企業の顔や性格、現場の人間模様を「肌感覚」で押さえている方がいます。

一方、こうしたヒューマンスキルは世代交代で失われ、市場構造が変化したときには通用しなくなる危険も孕んでいます。
今後はアナログとデジタルを「二刀流」で使いこなす力こそが、“しなやかなサプライチェーン”には不可欠です。

地方行政×現場×現代テクノロジーの融合を目指して

今後は地方行政が“現場ネットワークのコンサルタント”として、企業・技能・設備・人脈のマッピングとDX化サポート役に積極的に乗り出すことが期待されています。
現場の知恵、行政の調整力、そして必要最小限のIT。
この三位一体こそが、100年企業・地方創生・断絶リスク対策…複雑化する時代を乗り越えるための根幹です。

そして、サプライヤー―バイヤー間でも、行政を媒介とすることで「リアルな現場目線」と「俯瞰的な最適運用」、両者の知恵と発想を融合し、従来にはなかった新しいビジネスチャンスを探ることができます。