投稿日:2025年10月24日

歯磨き粉チューブが潰れても元に戻る多層押出と樹脂弾性制御

はじめに:歯磨き粉チューブが“元に戻る”秘密

皆さんは、歯磨き粉チューブを使い終えたとき、手を放すと元に戻るという体験をしたことがあるでしょうか。

毎朝のルーティンの中で、無意識に押し出し、目的の量が出たらまた形が戻る。

当たり前に見える現象ですが、その裏には日本の製造業が誇る素材技術、圧倒的な現場知見、そして新旧の知恵が詰まっています。

本記事では、歯磨き粉チューブの“潰れてもまた膨らむ”性質を支える「多層押出」技術と「樹脂弾性制御」について、現場目線で深掘りします。

さらに調達バイヤーやサプライヤーの思考、業界特有のアナログ文化と革新的変化についても触れながら、製造業従事者の方・これからバイヤーを目指す方必見の「実践的な製造哲学」と、最先端トレンドの“橋渡し”をしていきます。

歯磨き粉チューブの進化とユーザーニーズ

昭和から続くアルミチューブ時代

かつての歯磨き粉チューブはアルミニウム一択でした。

潰すと形が元に戻りません。

筒状から平らな板になるまで押し出さないと中身を完全に使えない。

しかも最後まで使い切るには、巻き上げ器が必要でした。

それでも当時は、金属の衛生性・保存性・加工しやすさがメリットだったのです。

樹脂チューブへの転換と多層化の波

時代は下り、コストと利便性重視の消費者ニーズに応えるため、樹脂(プラスチック)製のチューブが登場します。

1層目は成形が簡単、しかし中身が酸素や水分で劣化しやすい。

保存性を高めつつ、リサイクルを意識した“多層構造”の研究が進み、ついには5層・7層といった複雑なチューブ構造が当たり前になりました。

層ごとに「内容物の長期保存」「高い弾性(元に戻る力)」「印刷面の美しさ」「手触り」など異なる性能が設定されます。

この積層技術には、日本の自動車部品や食品包装で磨かれた「多層押出」「複合成形」「オンサイト品質管理」など、長年培った製造現場のノウハウが凝縮されています。

ユーザー体験 “押しやすく、きれいに戻る”への終わりなき挑戦

メーカーが最も注力したのは、「使い勝手」です。

・少ない力で押せる
・適量のみが出る
・詰め替えやすい
・元に戻る美しい形状保持

日々の何気ないユーザー体験に、こだわり抜いた製造現場と調達現場の知見が詰まっています。

多層押出技術の現場的ノウハウ

多層押出=“レシピの掛け算”

多層押出とは「異種・同種複数の樹脂材料」を同時に溶かし、混ぜ合わせず“層にして”金型に流し込む技術です。

水と油のように、それぞれ性質も形も異なる材料を、ミリ単位以下で制御しなければなりません。

レシピを間違えればチューブは割れたり、逆にヘタリすぎて使い物にならなかったり。

この“絶妙なバランス”を保つために、各メーカーは、現場オペレーターと生産技術X品質管理の力を結集します。

中間層の材質と厚みが決め手

多層構造の“心臓部”は中間層です。

例えば、
・酸素を通さず内容物を守るバリア層(EVOH等)
・滑りやすい、加工しやすいPE(ポリエチレン)層
・見た目を美しくする印刷用層

用途や内容物の特性、流通工程(輸送温度・期間)、消費者の手触り――あらゆる要素を加味して、最適な「厚み配分」と「素材」を選ぶ。

まさに現場の経験知、類似不具合のストック、仕様書に現れない“匠の勘”の勝負どころです。

生産現場でのトラブルと解決の知恵

多層押出工程最大の難所は“樹脂温度と流動性”のコントロール。

0.5度の温度ずれ、粘度差が表面のわずかな筋・膨れ・分離を招きます。

特に“成型初期”や“段取り替え時”は、現場オペレーターの“音”や“におい”への五感も重要なトラブル検知の武器です。

ベテランと若手が現場で直接対話し、小さな異常を早期に潰す現場流管理――アナログながらも確かなこれが日本製造業の底力です。

樹脂弾性制御:形状回復のサイエンスとアート

弾性体の選定と“R値”コントロール

多層押出で重要なのは「どの層が“弾性”=元に戻る力を担うか」です。

最外層・最内層に、弾力性の高いPE(ポリエチレン)やPB(ポリブテン)を使用することで、全体の“戻りやすさ”を補強します。

各層の組成率(R値)の微妙な調整により、「子供女性も使いやすい柔らかさ」と「潰してもへたらない粘り強さ」のバランスを最適化。

メーカー間でこの配合レシピは機密中の機密。バイヤーの競争力の本質もここにあります。

異種材料の界面接着と加工ノウハウ

多層構造では素材ごとに「熱膨張係数」「固化速度」が異なるため、隣り合う層が時間とともに剥がれたり、ひび割れを起こすリスクがあります。

ここを打破するのが「接着性樹脂」(アダプターレイヤー)であり、各社オリジンの加工プロセス管理技術です。

・どこまで樹脂を加熱するか
・どのタイミングで冷却するか
・ロール圧と巻き取り速度のバランス

“数字”と“現場勘”の融合が「業界不文律」として今も重視されています。

弾性制御とSDGsの観点から

近年、単に戻る・長持ちするだけでなく、「再生樹脂の活用」「使用後の分別性」といった新たな社会課題も直撃。

現場は、循環型材料開発・サステナブル調達・脱炭素プロセスとのせめぎあいの中で、弾性制御にも“環境視点の最適化”を組み込む段階に来ています。

最小限の樹脂量と最大限の弾性パフォーマンス――“薄く・軽く・高機能”のモノづくりへ進化しています。

調達購買とバイヤーの真価:歯磨き粉チューブ調達の最前線

バイヤーが考慮すべき5つのポイント

1. 材料安定供給性(原油・バイオ樹脂、市場価格の変動耐性)
2. 加工メーカーの技術・品質水準(多層押出技術の成熟度)
3. コスト競争力(材料費+加工費のトータル)
4. サステナビリティ(再生材料、CO2排出量削減等)
5. 供給リスクの分散(サプライヤー多様化)

単なるコスト競争でなく、現場のトラブルデータ・類似不具合の再発防止ストックを持ち、難局時には「職人力・現場迅速対応力」の見えるバイヤーが強い信頼を集めます。

“価格交渉”“品質維持”とアナログ現場

歯磨き粉チューブの調達では、単価交渉よりも重要なのは「微細な品質要件」のすり合わせです。

“潰れにくく戻りにくい”といった機能面のトラブル・ユーザー苦情は、現場との“生身の対話”でしか掘り起こせません。

仕様資料だけでは見えない「どこまでユーザビリティにこだわるか」「どこで妥協すべきか」を判断できるバイヤーは、サプライヤーとの共創パートナーとして信頼されます。

川上から川下へ、デジタルシフトの現実

新たな業界動向として、IoT・AI等のデジタル技術導入が加速しています。

・生産データの常時収集、品質異常の自動アラート
・サプライチェーン全体のトレーサビリティ
・予測保全、歩留改善のアルゴリズム設計

しかし、現実には昭和のアナログ管理やベテランの経験則が根強く残っているのも事実です。

これらをどう“デジタル化”と共存させるかが、次代の競争力の分水嶺となるでしょう。

サプライヤーの視点:バイヤーの“裏の意図”を読む

価格だけではない、“信頼の指標”

サプライヤーが優秀なバイヤーに求めるのは、「コスト低減」以上に“経営リスクへの深い理解”“難しい要求への緻密なサポート力”です。

単発取引のコストだけでなく、長期的な品質維持・安定供給のための共創姿勢が重視されます。

現場発の“困りごと”共有文化

現場主導の品質改善・新材料開発には、バイヤーとサプライヤーとの「現場会話」が不可欠です。

・現場ラインから上がってきた情報をバイヤーに届ける
・設計・開発・OEM調達まで巻き込んで全体最適を図る

“黙っていても伝わる”昭和型の仕事術から、“場をつくる・語り合う”現代的コラボレーションへの転換が、サプライヤー経営の未来を左右しています。

おわりに:製造業現場が開く新たな地平線

歯磨き粉チューブの「潰れても元に戻る」──この一見“単純”な現象に込められた、製造現場の飽くなき探究心と調達・購買の地道な現場対話の積み重ね。

多層押出と樹脂弾性制御は、単なる技術ではありません。

それは「日常の何気ない使い心地を裏で支え続ける」、製造業現場ワーカーとバイヤー、そしてサプライヤーがつむぐ知の結晶です。

アナログとデジタルが協調し、地道な現場力とラテラルシンキング(水平思考)で“新たな地平線”を切り拓く。

これこそが、変わらぬ、しかし変わり続ける製造業の本質―。

歯磨き粉チューブ1本から、日本のものづくりの底力を改めて掘り下げていきましょう。

そして、現場の皆さんと思いを共有し、未来の製造業の発展に貢献していきたいと考えています。

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