投稿日:2025年10月17日

歯磨き粉チューブの潰れ方を制御する多層構造と硬度設計

はじめに:歯磨き粉チューブの“潰れ”に潜む課題

歯磨き粉チューブは、私たちの身近な日用品の一つです。
しかし、実はこの何気ないパッケージにも、数多くの製造業の知恵と工夫が詰まっています。
特に近年、チューブパッケージは「潰しやすさ」「戻りにくさ」「最後まで使い切れるか」など多くのユーザー体験を向上させる点で要求が高まっており、企業の調達や設計担当者は苦心しています。

この現象は、内部構造や素材の「多層化」「硬度設計」によって大きく左右されます。
それでは、なぜ歯磨き粉チューブの潰れ方が重要なのか。
そして、その制御がどのように現場や業界全体のトレンドに結びつくのか。
20年以上製造現場で培った実体験に基づき、深く掘り下げて解説していきます。

なぜ今「多層構造」「硬度設計」が求められるのか

伝統的なアルミチューブからの脱却

かつて、日本の歯磨き粉チューブといえば、銀色のアルミ製が主流でした。
強度が高く遮光性にも優れている一方、潰すと元に戻らず、手にも歯磨き粉がつきやすいという難点がありました。
また、アルミは加工コストやリサイクルの手間もかかり、樹脂チューブへの転換が急速に進んできました。

ライフスタイル変化による新たな課題

プラスチック製チューブは、一度潰しても復元しやすく、手が汚れにくいため、1970~80年代以降急速に普及しました。
しかし最近では「最後まできっちり出したい」「見た目も大事」「つぶす力が弱い高齢者にも使いやすい設計が求められる」といった多様なニーズが噴出し始めています。
加えて、SDGs時代の到来により、リサイクル性やフードロス削減(中身の使い切り)など、パッケージにも新たな視点が必要となっています。

多層構造―ユーザー体験と機能性の両立

単層構造の限界

単層プラスチックでは、コストダウンや成形の手間は減りますが、気体バリア性や物理的強度が不足します。
また、中身の変質や漏れ、潰れやすさの調整が難しくなります。
結果、使い勝手や中身の品質を両立できず、ユーザー満足度が下がるリスクがあります。

多層フィルムの技術と設計思想

現在、一般的な歯磨き粉チューブは、複数の樹脂を積層した「多層構造」が主流です。
具体的には、内側から順に「内容物バリア(EVOHなど)」「耐薬品性層(PEやPP)」「印刷層」「外装層」の4~7層構造が多く見られます。
各層は、それぞれに“役割”があります。
バリア層は酸素や水分の透過を防ぎ、印刷層ではデザインや薬事表示、外装層は物理的な摩擦や衝撃からチューブ全体を守る役割です。

この多層構造がもたらす最大の利点は、「用途や中身に合わせて柔軟に物性設計ができる」点です。
例えば、高潰しやすさを重視するなら外装層に柔軟性の高いポリエチレンを厚く取り、逆に復元しにくさや形崩れ防止を優先するなら剛性の高いポリプロピレンを加えるなど、最適解を追求できます。

「潰れやすさ」と「復元性」の高度なトレードオフ

消費者の「使い切り」志向とバイヤーの「原価低減」要求

製造業の購買担当者やバイヤーは、多層構造の設計段階で「コスト」「安定調達」「加工性」「歩留まり」といった複数目標のバランスを取る使命を担っています。
一般消費者は「最後まで綺麗に使いきれる」感覚を大事にしますが、メーカーとしては材料コストの抑制も重要です。

従って、潰れやすい=柔らかい素材を多用しすぎると、パッケージ耐久性や印刷のにじみ、物流時の潰れリスクといった別のリスクも生じるのです。
多層技術が発達した現代では、「内容物に最適化されたバリア性」「指でつぶした力を程よく残す適度な復元性」という“高度なトレードオフ”ソリューションが常に追求されています。

工場現場での落とし穴―昭和的設計からの脱却

現場目線で見ると、「昔ながらの設計=コストカット重視・単層PPで良い」という昭和的な刷り込みが未だ多いのが日本の工場の現状です。
その場しのぎのコストダウン主義が、「最後まで捨てられない消費者の不満」になって跳ね返ってくる例もあります。
ライン生産とユーザー体験を“部分最適”ではなく“全体最適”で考える——。
これが、現場主導の購買・バイヤーに強く求められる時代です。

硬度設計の最新動向―サプライヤー・バイヤーに必要な着眼点

硬度の決め手は「層構成×厚み×界面接着」

一般的なチューブ硬度の決定要素には、主に以下の三点があります。

1. 各層ごとに選択する素材(PE・PP・EVOH等)のタイプと物性
2. 各層の厚み配分
3. 異素材同士の接着方法(押出し積層orラミネート接着)

それぞれの素材メーカーと協議しながら、想定される用途・ユーザー像に最適な物性バランスを導き出します。

ユーザーごとに最適解は異なる

例えば、子ども向けや高齢者向けでは、全体を柔らかめに設計して押しやすさを優先します。
一方、プロ用途や医薬品系の高価格帯パッケージでは、復元性や型崩れ防止、漏れ防止を重視し剛性を高めた設計が多く見られます。
このように、調達・製造にはシビアな「ターゲット設計能力」が要求されるのです。

SDGsとリサイクル性への対応

近年は「全層再生PE系での一体成形」や、「モノマテリアル化(単一素材化)」を目指す企業も増えています。
チューブ本体からキャップまで一種類の素材で統一し、分別リサイクルを容易にするパッケージ開発が進行中です。
モノマテリアル化では、従来以上に「硬度コントロール」が難しくなりますが、そこにこそ“現場経験”の知恵が活かせます。

歯磨き粉チューブ設計における購買・調達の工夫

コスト・品質・エンドユーザー、三者三様の価値観

製造業の現場でチューブの調達・購買を担う場合、サプライヤーとのパートナーシップ構築は重大なミッションです。
設計開発サイドと現場の橋渡しとして、各サプライヤー別の得意なフィルムや成形技術を深くリサーチし、ニーズに沿った商談を展開する必要があります。
このとき、単なる仕様書通りの取引や価格交渉に終始するのでは現場は納得しません。
調達リーダーこそ、実際に店舗で現物製品を観察し、ユーザー目線の“使い勝手”を体感すべきだと私は考えます。

「率先現場主義」と「クロスファンクショナルコミュニケーション」

昭和の「現場力」は今も侮れません。
しかし、現場と管理部門、設計部門が縦割りで情報断絶していては、英国やドイツのような先端メーカーには太刀打ちできません。
今後は、工程設計・調達・生産管理・品質保証がワンチームで「どう潰れ、どう使い切られるべきか」を徹底議論できる組織体制と、“現場主義”に徹したリーダーシップが業界発展の鍵になります。

サプライヤー視点で考察―バイヤー目線を知り、付加価値提案へ

「気づき」と「新規提案」がサプライヤーの未来を切り拓く

従来、サプライヤーはバイヤーからの要求を受け身でカタログ的に回答してきました。
しかし今、差別化の時代に突入し、従来以上に自発的な新規提案が強く求められています。
たとえば「冷蔵保管用途向けの高耐久チューブ」「出しやすさを数値化した新種多層素材」など、潜在的課題や使用現場での“気づき”をキャッチアップして開発テーマを提言する姿勢が不可欠です。

バイヤーとの共創的商談を実現するには

バイヤーのニーズを的確に読み取り、自社技術とのコラボで「想像を超える使用感やコストメリット」を必ずしも仕様書外から提案できるか。
そのためには、現場での実機検証・ユーザーテスト・歩留まりデータの共有など、現場主導型のクロスファンクショナルな知識・経験の蓄積が決定的な差を生み出します。

まとめ ― 現場経験とユーザー志向が新たな“潰れ体験”を創る

歯磨き粉チューブ一つとっても、そこには多層構造や硬度設計といった製造現場のイノベーションが息づいています。
従来のコストカット一辺倒な設計や、昭和的な素材選定から一歩進み、多様なエンドユーザーやSDGs社会、リサイクル性を見据えた設計と現場の知恵が交わることで、より良い潰れ方・使い切り体験を生み出すことができます。

バイヤー、サプライヤー、そして製造現場それぞれの立場から「一歩先を見据えた発想」と「現場での率先行動」を意識することで、歯磨き粉チューブをはじめとする生活パッケージの新たな進化が加速することでしょう。
現場目線で、今後もさらなる製造業の革新に挑戦していきたいと思います。

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