投稿日:2025年8月26日

通関遅延に備える複数HSコードシナリオと事前相談の実務

はじめに:グローバル調達の時代、通関リスクをどう克服するか

製造業のグローバル化が進んだ現代において、調達・購買部門にとって通関業務の重要性は年々高まっています。
サプライチェーンの複雑化、原材料の多国籍化、そして地政学的リスクの増大などが、通関での遅延やトラブルの増加を招いているのが現状です。
とりわけ輸入品に付随する「HSコード((Harmonized System Code)」の誤りや解釈相違による通関遅延は、工場稼働や生産計画に重大な影響を及ぼします。

本記事では、20年以上製造現場に携わった経験をもとに、通関遅延に備えるための「複数HSコードシナリオ」と税関への「事前相談」の実践方法を、現場目線で解説します。
サプライヤーやバイヤーだけでなく、現場の品質管理や納期管理に関わる方にも有用な知見をお届けします。

HSコードが通関上のカギを握る理由

HSコードで何が決まるのか

HSコードは、貿易で流通するすべての貨物を分類する国際的な共通コードです。
この6桁(場合により9桁、さらに細かい場合12桁)で、関税率や輸入規制、有害物質規制、原産地証明などさまざまな取り扱いが決まります。

通関時にこのHSコードの解釈が分かれると、関税額が上がったり、想定外の書類や証明書の提出を要求されたりすることが日常的に起こります。
たとえば、機械部品として取り扱いたいバイヤー側と、完成品として分類したい税関側で意見が食い違い、通関がストップするケースもよくあります。

通関遅延が工場にもたらす影響

通関遅延が発生すると、調達品が工場に届かず、ラインが止まったり生産計画がずれ込んだりと、全社的な影響が広がります。
これにより納期遅延、顧客信用の低下、生産コストアップといった負の連鎖が始まるため、プロのバイヤーや生産管理者は通関リスクを軽視できません。

複数HSコードシナリオの重要性

「1つだけ」が最大のリスクとなる理由

サプライヤーから提供された「これが正解のHSコードだ」と信じきって通関を進めること。
これが一番危険なパターンです。

理由は、実際の通関現場では、原材料の仕様、加工状態、パッケージング、用途、法規、原産国判定まで、税関担当者の“生きた判断”が入るからです。

また、日本の税関と輸出元国の税関で解釈が違う場合、両国でHSコード記載内容に矛盾が生じることもあります。
特に昭和時代からのアナログ的な“現物主義”が残る国では、現物確認の結果で再分類されるリスクが高くなります。

事前に「複数シナリオ」を用意するメリット

そこで有効なのが、「もしこのHSコードで通らなかった場合には、次はこれ、その次はこれも使える」など、
製品仕様や成分、規格別に複数のHSコードパターンを分析し、想定される課題とその対策を手元に持っておくことです。

これにより、税関から疑問や指摘があった際に、
「別シナリオはこちら」とすぐさま切り換えることができ、書類対応の迅速化・納期死守につながります。
社内での根回しや、サプライヤーへの追加書類依頼もスムーズになります。

実務での複数HSコードシナリオのつくり方

実際の現場で起きた例(現物主義の落とし穴)

例えば、電子部品の一部を海外(東南アジア諸国)から調達し、日本の税関で「複合素材の部品」扱いで申告したものの、
現物検査で「完成品寄り、もしくは玩具扱い」と判定され、追加の規制・安全確認書類が急遽必要になった事例があります。

このとき、もともと「玩具」としてのHSコードシナリオも念のため用意し、必要書類のテンプレートも事前にサプライヤーと詰めておいたため、2日以内に追加対応し、大幅な遅延を回避できました。

シナリオ作成の5ステップ

1. 製品の主要な材料、成分、加工度、完成品か中間部品かなどを客観的に整理する(仕様書・図面・製造工程表などを用意)。
2. 現地サプライヤー、専門商社、経験豊富な乙仲(通関業者)、日本税関相談窓口から幅広いHSコード候補を洗い出す。
3. それぞれのHSコードごとに必要書類、証明書、関税率、規制対象を一覧化してリスク分析を行う。
4. 想定されるトラブル別に、「主要シナリオ+バックアップシナリオ(1〜2種類)」を準備し、各種証明書の雛形をサプライヤーとも共有しておく。
5. この情報を社内購買メンバー、原材料管理担当者、サプライヤーにも展開し、有事には迅速に「第2・第3の申告パターン」へ切り替えられる体制をつくる。

サプライヤー・バイヤー間の認識ギャップに注意

サプライヤーでは、これまでの通関実績や現地法規に基づいたHSコードを主張するケースが多いです。
しかし日本の通関現場では「日本独自の解釈」や「最新基準へのアップデート」が優先される場合があります。
両者の認識ギャップを埋めるためにも、複数のシナリオを互いにすり合わせるコミュニケーションが欠かせません。

税関への事前相談が現場の生命線となる

なぜ「事前相談」が有効なのか

通関をスムーズに進めたいバイヤーにとって、最強の武器となるのが、税関による「事前教示(Advance Ruling)」という制度です。
これは、通関前の段階で、製品の仕様・用途・成分データ・写真・図面などの資料を提出し、「どのHSコード適用か」を公式に確認できるシステムです。

事前教示は法的な拘束力があり、その後の通関(申告時)に「税関側の判定履歴」をエビデンスとして活用できます。
バイヤーとサプライヤーの間で意見が分かれても、「日本の税関の公式見解」として一刀両断できます。

事前相談の流れ(現場での実践ポイント)

1. 仕様書、設計図、パンフレット、写真、カタログ、材料表、海外でのHSコード申告履歴など、判断に必要な“あらゆる書類”を集めます。
2. 税関の相談窓口またはウェブ申請ページから「事前教示」の申請を行い、どのHSコードで通関可能か予備判定してもらいます。
3. 回答までに1〜2週間程度かかる場合を想定し、量産スケジュール・輸送計画は必ず前倒しで調整しておきましょう。
4. 事前教示通知書が下りたら、サプライヤー・通関業者と必ず原本情報を共有し、間違いのない申告書類を作成します。
5. 輸入実務中の監査対策として、税関提出内容や電子データをきちんとファイリングしておく習慣をつけてください。

事前相談は「質問力」がモノを言う

現場経験上、税関に十分な情報や論理的説明を出さずに
「教えてください」「どうなりますか?」と質問するだけでは不十分です。

「こういう材料、こういう工程、こういう使用環境です。この場合、御庁ではどのHSコードが最適でしょうか?」
「類似事例でこのHSコードが通っていますが、今回のケースでの判断要素はどうでしょうか?」
など、ストーリー性・根拠・過去実績の有無といった『攻めの質問・提案型』が良い結果をもたらします。

アナログ社会から抜け出すために:現場こそデジタル×リスク管理を

昭和的メンタリティが生む、危険な「安心感」

日本の製造業現場では、昭和からの「前例主義」「現物確認主義」「書面でカバーすればOK」といった文化が根強く残っています。
それ自体が悪いわけではありませんが、世界のサプライチェーンが高速かつダイナミックに変化する今、
「前に通ったから今回も大丈夫だろう」「サプライヤー任せでいけるだろう」という思考停止は、通関遅延の最大のトリガーになり得ます。

デジタル管理・社内データベース化で属人化を排除

HSコード別の通関トラブル・各種必要書類・事前相談のQ&A・対応履歴・サプライヤーとのやり取り記録などを
デジタルツールや社内クラウドでストックし、お互いがリアルタイムにアクセスできる仕組みづくりが不可欠です。

たとえば、「前回●月にHS8414で〇〇社の部品が通関遅延、追加で“MSDS”と“原産地証明”が求められた」
「事前教示を取得して2日以内で通関完了」などのノウハウを、購買・生産管理・品質・設計の全部署で共有すれば、同じトラブルは再発しません。
「人」に依存してしまうアナログ対応からデジタルベースのリスク管理へと、大きく転換していく必要があります。

まとめ:強い現場は「複数シナリオ×事前対策」でトラブルに勝つ

製造業のバイヤーやサプライヤーは、単に「書類どおり進めば大丈夫だろう」という楽観を捨て、
通関のプロセスの中で「複数HSコードシナリオ」を事前検討し、税関への事前相談も戦略的に活用することが、新時代の調達リーダーの必須条件です。

昭和時代の『経験と勘』に頼るアナログ思考から脱却し、あらゆるリスクを見越して多層的な対策を実行する。
これが、サプライチェーン全体の安定と、現場力・納期遵守力の最強の武器となります。

今後も製造業の現場視点で、皆さんと経験や知見を分かち合い、業界の進化と発展に貢献できれば幸いです。
読んでいただき、ありがとうございました。

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