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購買担当者の異動で過去の経緯が断絶し交渉が振り出しに戻る現実

目次
はじめに ~昭和から続く「属人化の罠」がいまだ招く混乱~
製造業の現場では、調達や購買活動がビジネスの要です。
その中核を担うのが購買担当者ですが、人事異動のたびに「案件の過去の経緯が分からなくなる」「ゼロベースの交渉からやり直しになる」といった問題は、昭和の時代から現代まで根強く残っています。
業界全体でDX(デジタルトランスフォーメーション)の掛け声が高まる一方、多くの企業では「担当者依存」「阿吽の呼吸」「口伝」など、人に頼り切った調達の実態が色濃く、属人化の脱却が遅れています。
私も工場長や調達課長など様々なポジションでこの課題に直面し、その根深さと現場の混乱を嫌と言うほど体感してきました。
この記事では、現場目線に徹し、購買担当の異動がなぜ「過去の経緯の断絶」を生み出し、交渉を振り出しに戻してしまうのか、その実態と背景、サプライヤーや業界全体への影響、さらにこれからの打開策まで深掘りしたいと思います。
なぜ「情報の断絶」が常態化するのか
「属人化」に左右される調達・購買の意思決定
日本の製造業、とりわけ昭和から続く伝統的な企業ほど、調達や購買の業務が特定の担当者に大きく依存しています。
ある案件はAさん中心、別の取引はBさん――蓄積される情報は、その人の頭の中や手持ちのノートやメールだけ。
異動・退職の際に「引継書」が作成されても、実際には表面的な情報に留まり、交渉のニュアンスやトラブル時の経緯、社内外の力学などアナログな暗黙知はうまく伝達されません。
私の現場経験でも、人事異動があるたびに
「これ、どういう背景で発注してたんですか?」
「過去に何があったんだろう?」
と新任担当者が右往左往したり、重要な判断がストップしたり、最悪の場合“前担当が言ったから”の一点張りでトラブルになるケースも何度も見てきました。
結局「担当者がすべてを知っている」という構造自体が、情報の断絶を生み出しているのです。
デジタル化・システム化が進まない本当の理由
多くの工場でERPやSFA導入が進められていますが、「交渉の経緯そのもの」「社内の微妙な事情」を記録し運用する文化は根付きません。
その背景には「紙・電話・メールで十分」「ツール導入が重荷」「デジタルに弱い年長者が多い」など業界特有の事情が根強く存在します。
加えて、「生きた情報は人間関係の中にしか存在しない」という根強い現場信仰がデジタル化の壁となり、結果として重要案件ほど“属人化”が露骨に現れます。
購入担当の異動で失われる「交渉の履歴」「温度感」
バイヤー側の混乱・サプライヤー側の不信
購買担当者の異動は単なる担当替えに留まりません。
交渉相手だった部署やサプライヤーからすれば、“ゼロリセット”です。
「今まで細かく行き違いを調整してきた案件が、“前任者と合意した内容は知らない、根拠を再提示してほしい”と振り出しに戻る」
「長く築いた信頼関係が、突然違う担当の独自判断や新基準で再査定される」
こうした事態が頻繁に発生すると、取引先は
「この会社は都度人が変わって話がひっくり返る」
「何度同じ説明をさせられるのか」
と不信感を募らせ、さらには価格・納期より「安定感」「続きやすさ」を重視して他社へのシフトを検討し始めます。
「振り出しに戻す」本当のリスク
交渉がゼロにもどることで、以下のような弊害が生まれます。
・歴史的合意事項や暗黙ルールが消える
・コストダウンや仕様調整の経緯が理解されず、再評価対象となる
・細かな品質問題、過去のトラブル原因が忘れ去られる
・社内稟議や承認ルートが増える、遅くなる
最悪の場合、こうした“履歴の消失”が品質クレームや納期遅延、契約条件の逸脱など大きなトラブルを呼び込むきっかけになります。
現場や開発部門から
「以前はこうやって対応していたのに、今年からガラッと運用が変わった」
と混乱の声が上がるのもこの情報断絶の一例です。
サプライヤーから見た「バイヤーの頭の中」
なぜサプライヤーはバイヤーの異動を恐れるのか
サプライヤーはバイヤー担当者との長年の付き合いの中で、
・値上げ要請のタイミングや理屈
・コストダウンに応じる範囲と線引き
・納期トラブル時の落としどころ
・技術情報の出し方
など、きわめて細やかに「お作法」を調整しています。
しかし担当者が替わるたびに、
「前任者はここまでは認めてくれたのに、新任者は全部NG」
「新ルールになったと言われ再交渉が発生する」
「関係性もリセットされ一気に冷え込む」
といったことが頻発します。
「説明したことをもう1回やらされる」「過去の努力が無かったことになる」という徒労感は、サプライヤービジネスの現場で非常に大きな心理的ダメージとなります。
バイヤーが知っておくべき「現場のしなやかさ」
サプライヤー戦略として重要なのは、
「バイヤーが人によって事情や要求が変わるのは仕方がない」
という現実を前提に、どう記録と関係性を維持しておくか、です。
私は自社でも「重要交渉内容は議事録を残す」「バイヤーの人柄・背景を社内で情報共有する」「デジタル・アナログ両方で履歴を記録する」などの工夫をしてきました。
逆にバイヤー側も、
「サプライヤーが何を気にし、どこを重視しているのか」
「異動時に何を引き継ぐべきなのか」
知っておくと、ムダな摩擦や労力の浪費を大幅に減らすことができます。
現場目線での「属人化」脱却へのアイディア
【1】交渉履歴・口頭合意の可視化(デジタル+アナログ併用)
すべての実務をシステム一本化するのは現実的に困難です。
まずは「何が、なぜ決まったか」の背景を簡単に記録・可視化し、担当者が交代してもひと目で把握できる仕組みづくりが効果的です。
・システム上の「交渉履歴」簡易登録
・重要案件・懸案事項ごとの議事録
・LINEやメール、紙メモの“まとめアップ”
実際に私の現場では、
「四半期ごとの交渉まとめ」「仕様変更や価格改定の理由」だけは書面でフォローするなど、デジタルツール+アナログの使い分けで属人化を減らすことに効果がありました。
【2】メンター・サブ担当体制の導入
異動による完全リセットを防ぐには、必ず「サブ担当」や「メンター」を付け複数人体制で重要取引先を管理することが効果的です。
技術伝承のように、「案件ごとの気をつけるポイント」や「裏事情」をサブ担当に日々伝える意識が属人化解消の小さな一歩となります。
【3】サプライヤー目線の情報共有会
購買担当者・技術担当者・サプライヤーが一堂に会し、プロジェクトや課題ごとの経緯や合意事項を互いに確認する「情報共有会」も有効です。
参加者間で情報の“すり合わせ”を行い、引き継ぎ後も同じレベルの情報が共有されることで、やり直しのリスクを減らします。
これからバイヤーを目指す方、サプライヤーの方へのアドバイス
バイヤー志望者へ:「3つのポイント」
・「情報の可視化」と「履歴管理」を常に意識しましょう
・人事異動のタイミングでは「過去の合意や約束事」を徹底的に洗い出し、引継ぎの精度を高めましょう
・属人化の“良さ”も活かしつつ、“誰でも分かる/対応できる体制”を作ることを忘れないでください
サプライヤーの方へ:「攻めと守りの両面戦略」
・「バイヤー交代=新しいスタート」と割り切る覚悟を持ちましょう
・交渉履歴や取引結果の記録を自社でも残すことで、何度説明しても根拠を示せるよう準備しましょう
・“バイヤー教育”の気持ちで、新担当者と最初から丁寧に関係づくりをすることが信頼獲得の近道です
まとめ ~属人化の罠から脱却し、持続可能な取引へ~
購買担当者の異動による「過去の経緯の断絶」、そして「交渉の振り出し戻り」は、アナログが根強く残る日本の製造業ならではの悩みです。
しかし属人化の裏には、現場力や人間関係の妙もあります。
大切なのは「情報は人だけが持つものではない」「履歴を遺す」の意識を現場レベルで育て、サプライヤー・バイヤー双方が歩み寄ることに他なりません。
私自身、数多くの現場で苦労と試行錯誤を重ねてきました。
これからも、ちょっとした工夫と情報共有の積み重ねが、製造業の地力を引き上げ、激しい時代の変化の中で強い現場をつくると信じています。
今こそ「人頼み」から「現場みんなの知恵」へ、その一歩を踏み出しましょう。
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