投稿日:2025年12月4日

“新技術採用”という言葉だけが先行し現場理解が追いつかない構造

製造業における“新技術採用”の現状

製造業の現場では、近年「新技術採用」という言葉が盛んに使われています。
IoT、自動化、AI、DX化、さらにはスマートファクトリー構想──。
こうした言葉を聞かない日はないという方も多いでしょう。
一方で、そうした新しい言葉や流行りの技術がバズワード化し、現場の実情や、本質的な価値を置き去りにしてしまっているという実態があちこちで見られます。

特に昭和から続くアナログな体制や文化が根強く残る製造現場では、「新技術を導入したのに何も変わらない」「むしろ手間が増えて人の負担が増した」といった声すらよく耳にします。
その背景には経営層や企画部門と現場との意識のギャップ、そして“現場が本当に必要としていること”と“話題性のある技術を導入すること”の乖離が見られます。

本記事では、製造現場で20年以上働いてきた立場から、バイヤー、サプライヤー、これから業界を目指す方々に向けて、「なぜ“新技術採用”だけが先行してしまい現場理解が追いつかないのか」を深掘りします。
現場の視点から見える課題と、アナログ文化の中で実際に求められている新技術導入のあり方、さらに今後製造業で価値を高めるために必要な考え方を解説していきます。

“新技術採用”がバズワードに陥るメカニズム

経営層と現場の温度差

多くの大手製造業メーカーで働いて感じてきたのは、経営層と現場の間にある温度差です。
経営層は新しい技術やシステムを導入することで投資家へのアピールやブランディング、企業価値の向上を狙います。
「DX推進」「IoT化完了」といった文言がニュースリリースや社内報に躍るようになりました。
しかし、その裏で現場の声はどうでしょうか。

現場にいる私たちが日々対峙しているのは、人員不足や予算制約、品質不良リスクといった極めてリアルな課題です。
現実と経営層の見ている世界とでは、ギャップが広がりやすいのです。

企画主導の“とりあえず導入”の弊害

実際、「他社でAI活用が進んでいるから」「最新設備を入れたことをプレスリリースしたいから」といった事情で、現場を置き去りにした新技術導入プロジェクトが乱立しています。
この場合、現場では「従来のやり方で十分に成果を出していた作業に、なぜ今このシステムを?」という戸惑いや、「導入しても使いこなせず結局Excelで手直ししている」といった問題が勃発します。

技術を導入すれば自動的に現場が変わるわけではありません。
むしろ、現場を知らない人が“とりあえず”持ち込んだ新技術が、作業手順や人の動きを複雑にしてしまう現象も起こります。
この負のループが、結果として「やっぱりウチはアナログが一番だ」という保守的な空気を強め、現場のイノベーションを妨げているのです。

昭和から続く“アナログ現場”と新技術のすれ違い

現場で長年培われてきた暗黙知

日本の製造業は、熟練工による“勘とコツ”や紙ベースの帳票、口頭伝達や現物重視の現場主義で発展してきました。
こうした暗黙知に依拠した現場文化は、確かにデジタル化や標準化とは相容れない部分があります。
しかし、たとえば「品番ごとに最適な生産計画を口頭で微調整する」「日々わずかな環境変化にも気づき即時対処する」といった熟練の技は、現在のAIやIT技術だけでは完全に代替できません。

新技術の導入は、こうした現場ならではの“実質的で現実的な知恵”を丁寧にリスペクトし、どうすれば補強・拡張できるかを一緒に考えるところからスタートしなければ、本当の意味で価値を生み出すことはできません。

紙伝票・現認・電話文化は本当に悪なのか

現場の帳票管理が紙ベースだったり、現物を見ながらの確認作業、あるいは電話一本でサプライヤーと発注調整をする風景はいまだ日常的に残っています。
よく言われる「紙を廃止してデジタルで効率化を」は、現場作業の実態を細かく観察してみると簡単にはいきません。
紙だからこそ現場の全員がその場ですぐに共有できたり、トラブル時にも柔軟に運用できたりします。
一律にアナログ=悪、デジタル=善と捉えず、良い部分は残しつつデジタルと併用できる“現実的な折衷案”を探るのが、現場目線での最適解となることが多いです。

新技術導入を「現場理解」から始めるポイント

現場目線で“本質的な課題”を洗い出す

真に意味のある新技術導入は、「何をどんな工程に・どう適用するか」を徹底的に現場と話し合うことから始まります。
たとえば、生産ラインの自動化設備を入れる場合も、単に作業工数を減らすのが目的なのか、品質バラツキを減らしたいのか、あるいは人員の省力化なのか。
目的が違えば必要な技術選定や運用フローも全く異なります。

まず現場の実務担当者、班長、管理者などと時間をかけて、ボトルネックや日々の困りごと、裏作業の“ムリ・ムダ・ムラ”を可視化します。
そのうえで「この悩みの本質は何か」「新しいシステムで根本的に解決できるのはどこなのか」を一緒に突き詰める姿勢が重要です。

段階的・スモールスタートの重要性

いきなりフルスペックのITシステムや大型自動化ラインを導入してもうまくいかないケースがほとんどです。
現場ではまず「1工程だけトライアルで自動化」「一部分だけIoTセンサーを付けてみる」という小さな実験から始め、小さく失敗しながら修正して進めることが成功の近道です。

この“スモールスタート”を現場と一緒に繰り返すことで、現場の暗黙知や現状の業務フローのなかで新技術を活かすコツや、人が手を加えるべき部分、逆に自動化で置き換えやすい部分が徐々に見えてきます。
また段階を踏むことで、現場スタッフ側の理解や納得感も高まり、新技術に対する心理的な障壁も下がっていきます。

現場からのフィードバックと“再設計”のくりかえし

現場は“動いてみないと分からないトラブル”や“予想外の使い勝手の悪さ”が必ず顕在化します。
その都度、現場の声をくみ取り、システムベンダーや設計者と一緒に何度もやり方や仕様を再設計していく──。
この「フィードバックループ」を怠らないプロジェクトこそ、長い目で見て現場に根付く新技術となります。

バイヤー目線・サプライヤー目線で見える課題と可能性

バイヤー(購買担当)の役割と覚悟

バイヤーは、単なる値切り役でも調整役でもありません。
むしろ「社内困りごと」の本質を深く理解し、社外の技術やノウハウを“現場目線で適材適所に持ち込む”調整力が最大の武器です。

新技術導入の際は、提案メーカーの最先端ノウハウを見抜きつつ、そのまま丸ごと導入するのではなく自社現場の特性に合ったカスタマイズを根気強く求めることが重要です。
「ウチの現場では、こういう理由でここまでなら自動化できる」「逆にここは紙運用を残したい」など、現場と密に連携できるバイヤーはまさに頼られる存在となります。

サプライヤーの新技術提案のポイント

サプライヤー側は、自社の最新技術をストレートに売り込むのではなく、徹底的に顧客現場の実情をヒアリングしたうえで「現場が今使っている業務フローのどこに、新技術の“現実的な適用点”があるか」を具体的に提案する視点が必要です。

「現場を見せてほしい」「現場の班長さんの悩みを直接聞かせてほしい」──。
こうした泥臭いアプローチを経て、自社の技術が本当に役立つ“現場の一点突破”ポイントを見出せれば、導入後もしっかりとした成果につながります。
また導入後も定期的に現場をフォローし「困ったら何でも相談できる」パートナーとして信頼を積み重ねていくことも大切です。

現場の“納得感”が製造業の未来をつくる

新技術の本当の価値は、現場の一人ひとりが「これなら自分たちの仕事がもっと良くなる」「確かに楽になった」「これが定着すれば、もっと新しいチャレンジもできそうだ」という実感を持てて初めて生まれます。

現場の“理解不足・納得不足”のまま新技術が走り出すと、導入後に形骸化し「高額な設備がただの置き物になっている」という悲劇にもつながります。
逆に、時間をかけて現場の声を聞き、体験し、一緒に悩みながら技術を組み上げていった現場には、“自分ごと化された進化”がしっかりと根付きます。

まとめ:新技術は“現場のため”にこそ使えるべき

“新技術採用”という言葉だけが独り歩きする現在の製造業界では、現実の現場ニーズや文化との間で絶えずすれ違いが生じています。
しかし、時代が変わっても「モノをつくる現場」で光る知恵や工夫は決して古臭いものではなく、むしろ新技術が真に力を発揮するための確かな土台です。

バイヤー、サプライヤー、そして現場で働くすべての方が、「新技術=現場をより良くするための道具」として位置づけ、立場や経験を越えて対話し続けることこそ、これからの製造業に必須の視点といえるでしょう。

昭和から続くアナログ現場の良さを生かしつつ、地に足の着いた技術導入を積み重ねていく──。
そうした賢さこそが、最先端を走るグローバル競争にも通じる強さとなります。

現場起点の“自分ごとのイノベーション”で、日本の製造業をより強く、誇れるものへと変えていきましょう。

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