衣類に埋め込まれたスマートセンシングが生む次世代ウェアラブル

はじめに：アナログからデジタルへの大転換期

製造業は、これまで日本経済の中核を担ってきました。
しかし長きにわたり、いわゆる「昭和のものづくり」現場にはアナログ志向が色濃く残り、時代の変化に慎重な風土があったのも事実です。
ところが、IoTやAIなどのデジタルテクノロジーの進化が製造現場の常識を大きく変えつつあります。
その一端を担うのが、衣類に直接組み込まれるスマートセンシング技術です。

本記事では、20年以上の現場経験をもとに、衣類型ウェアラブルデバイスの現状と未来、調達・購買や生産現場にもたらす変革、導入時の課題や解決策まで、現場目線で詳しく解説します。

スマートセンシング衣類とは何か？

ウェアラブルデバイスは“着る”時代へ

従来のウェアラブルデバイスといえば、腕時計型やバンド型の端末が主流でした。
しかし現在では、高性能なセンサーが小型化・柔軟化され、繊維や布素材の中に縫い込めるようになっています。
その結果、衣服自体がセンサーユニットとなり、装着を意識せず自然にデータを取得できる“次世代ウェアラブル”として注目されています。

例えば、心拍や体温、筋肉の動きといった生体情報のみならず、作業姿勢や周囲の環境（温度、湿度、ガス濃度など）を日常的に計測・蓄積できます。

どのような現場・用途で活用されているか

・工場やプラントでの安全管理
・建設現場や物流現場での労働負荷の見える化
・医療・介護現場での状態監視
・スポーツ分野でのパフォーマンス分析
と活用シーンは広がっています。
特に製造業の現場においては、従来見落とされがちだった作業者の“リアルな状態”を可視化する新たなソリューションとして期待が高まっています。

製造現場におけるスマートウェアの価値

現場が抱える“見えない課題”

現場には、定量化しづらい課題が山積しています。
慢性的な人手不足、経験の属人化、労働災害リスク、熟練者のノウハウ継承——。
これまでは管理者のカンと経験、現場の“空気”で安全や効率を図っていた場面が数多くありました。

スマートウェアは、こういったあいまいな情報を“見える化”する強力な武器になります。

安全管理の高度化

従来は、作業者の体調不良や姿勢異常は本人以外気づきづらく、異常が発覚したときには既に事故が起きた後のケースもありました。
ところが衣類型センサーは、常時・リアルタイムでバイタルや動作をモニタリングし、しきい値を超えればアラートが現場や管理室に自動通知されます。

急な体調悪化や転倒、重労働による過度な負担などを即座に把握でき、初動対応のスピードが劇的に向上します。
ひいては、「労災ゼロ」を本気で目指せる環境づくりに一歩近づきます。

技能伝承・教育現場への応用

熟練作業者の質の高い動作の特徴値を、スマートウェアを通じてデータ化・蓄積。
比較やフィードバックを通じて、新人や若手作業者の教育支援、自律的な技能向上にも役立てることができます。
これまで経験でしか語れなかった「一流職人の動き」も、数値化・標準化が進みます。

調達・購買戦略に与えるインパクト

「安全」「効率」を仕入れる新しい視点

調達・購買部門では、これまでは資材や設備、間接材など“モノ”中心の購買が主流でした。
しかし、スマートウェアは「安全性管理」「労働意欲・生産性向上」といった“目に見えない価値”を仕入れることに他なりません。

特にサプライヤーの立場から見れば、従来品との差別化要素にもなり、バイヤーの安全・コンプライアンス志向にマッチする提案が可能です。
バイヤー視点では、長期的な人的コストや事故防止を加味したTCO（Total Cost of Ownership：総保有コスト）軸で評価する必要が出てきます。

ベンダー選定の新基準とリスク管理

スマートウェア導入の際は、センサ持続性や衣類の洗濯適性、データの暗号化処理、拡張性（API連携）など、従来にない新しい調達評価軸が増えます。
ベンダー選定やRFP作成時も、電子基板や従来部品調達の“物性スペック”だけでなく、「サポート力」や「保守データの互換性」の重要度が増していくでしょう。

また、個人情報扱いに準じた体制が求められ、サイバー攻撃やプライバシー保護のリスクを強く意識したサプライヤー評価が重要となります。

導入現場での壁と、その乗り越え方

現場の“昭和的抵抗勢力”

残念ながら、「そんなハイテクもの、うちの現場には合わん」「余計な仕事が増える」「プライバシーが不安」——。
現場に根付くアナログな風土や従業員の反発は、いまだ大きな導入障壁です。

現場目線で重要なのは、いきなり全員に強制導入するのではなく、パイロット導入・実証実験から始め、現場リーダーの成功体験と納得感を育てていくことです。
小さな成果の積み重ねが、大きな変革につながります。

現場ファーストの運用・CX（顧客体験）設計

業務フローに無理なく組み込める仕組みに落とし込むことが不可欠となります。
・着脱の手間を極力減らす（既存ユニフォーム連携）
・バッテリー管理など“面倒くささ”の徹底排除
・センシングデータの見せ方、警報の粒度・タイミング設定
など、CX（現場体験・操作体験）の最適化が普及への鍵です。
実際に使ってもらい、「これならつけていたほうが楽」と思える設計が求められます。

データ活用とプライバシーへの最大限の配慮

計測データの取得範囲（許可なしのGPS利用や常時録音等）は、必ず現場や労働組合と協議し、同意を得た運用ルールを策定すべきです。
むやみに人事評価材料として使うのではなく、本人の作業改善やヘルスケア支援が主目的であることを強調して、従業員の信頼を積み上げる必要があります。

今後の成長領域と、業界横断のイノベーション

スマートウェアは異業種連携のカギとなる

衣類型センサーは、「アパレル」「IT」「電子部品」「ヘルスケア」「建設・製造」といった、これまで交わらなかった産業間の壁を溶かしつつあります。
最新モデルでは、体調データをAIで解析し、不調の“予兆”を通知する仕組みも登場しています。
これにより、製造現場、医療、介護、スポーツ、物流と、データヘルスインフラとしての活用が広がります。

また、得られた膨大なデータは、保険や産業政策、都市計画など社会インフラ全体の最適化にも貢献できる可能性を秘めています。