投稿日:2025年11月4日

マスクの肌当たりを柔らかくする不織布の構造と加工技術

製造現場から考えるマスク不織布の進化とその背景

新型コロナウイルスの流行以降、日本のみならず世界中でマスクの需要が急増しました。
この大きな市場変化に後押しされ、マスクの性能や快適性に対するユーザーの要望もかつてないほど高まっています。
その中でも特に注目されているのが「肌当たりの柔らかさ」です。

かつてのマスクは、ウイルスや花粉、PM2.5などの遮断性能が最優先であり、ある程度の「ごわつき」や「違和感」は仕方ないという空気がありました。
しかし今や、それだけでは消費者の支持は得られません。
繰り返しの着用や長時間の装着にも耐えうる柔らかな肌触りを実現した不織布素材──その構造と加工技術、そして製造業としての挑戦について、現場目線を交えて深掘りしていきます。

マスク用不織布の構造 ── 進化の本質

不織布の基礎知識と三層構造

マスクで最も使われている素材の一つが「不織布」です。
不織布とは、繊維を織らずに絡み合わせたり、化学的に結合してシート状にしたものです。
一般的な使い捨てマスクには三層構造が採用されています。

1. 外側(表面):通気性とある程度の撥水性を持つ層で、マスクを形成する「顔」の部分です。
2. 中間層:主にフィルター機能を担います。ここに高性能なメルトブローン不織布が配置され、ウイルスや花粉の侵入を防ぎます。
3. 内側(肌面):直接肌に触れる部分です。こここそが「肌当たり」の快適性を大きく左右しています。

肌当たりの違いを生む繊維径と配列

肌面に使われる不織布は、他の層と異なる加工や原材料の工夫が加わっています。

要点は以下の通りです。
・繊維径が細かい⇒やわらかい肌当たりになりやすい
・繊維がランダムに絡み合うと、摩擦が減りチクチクしにくい
・表面に凹凸があると応力が分散され、やさしい触感になる

実際の製造現場では、スパンレース(ウォータージェットで繊維を絡ませる方式)や、より細い繊維原料、特殊な起毛加工など、様々な技術を駆使して着け心地を追求しています。

肌当たりを柔らかくする加工技術の最前線

スパンレース・エアレイド加工

代表的なのがスパンレース加工です。
この方式は、水流の力で繊維をランダムに絡み合わせます。
物理的な結着なので化学薬品が不要で、極細繊維のふんわりした柔らかさが引き出せます。

また、エアレイド方式は空気の流れで繊維を積層する方法で、フワッとしたボリューム感と柔らかいタッチを生み出します。
どちらも、コットンライクな肌当たりを実現したい高級マスクブランドで多く採用されています。

メルトブローン不織布の表面改質

マスクの中間層によく使うメルトブローン不織布を肌面に流用する場合は、繊維径を極力細く制御し、表面に特殊な処理を加えます。
例えば、様々な表面改質技術による「シルクタッチ加工」や、ポリオレフィン系樹脂のブレンド比率調整で静電気や摩擦を抑える試みが行われています。

ナノファイバー複合

近年、ナノファイバー(直径1ミクロン以下の超細繊維)を複合する技術も登場しています。
柔らかさと高いフィルター効果の両立を可能にし、付加価値の高いプレミアムマスク用不織布として注目されています。

製造現場における課題とノウハウ

私が経験した事例では、特に気を遣ったのは以下のポイントです。

・繊維の「真球化」:繊維の端面が尖るとチクチク感が増すため、製造条件を厳密に管理し、できる限り球状に近い断面形状を維持しました。
・生産設備の精密な制御:スパンレースやメルトブローン設備の温度・圧力設定を最適化し続ける現場力が品質を大きく左右します。
・検査・モニタリングの徹底:肌への刺激の有無を評価するため、パッチテストやユーザーモニターのフィードバックを活用します。

一見単純な素材にも、実は緻密なノウハウと改善の積み重ねが詰まっているのです。

昭和の「現場力」とデジタル技術の融合

属人的な手触り評価の落とし穴

従来、日本の製造業では「ベテラン職人が触って良しとすれば合格」という属人的な判定も幅を利かせてきました。
特にマスク素材はその風合いが命です。
実際、素材の「しなやかさ」や「張り」の感覚的評価は今も大切です。

ですが、今や世界中のバイヤーや消費者が「誰が触っても安定して良い」と思える水準が求められています。
現場に根付いた感覚と、デジタル計測・分析を組み合わせて標準化し、グローバル市場で通用する品質保証へと進化させることが、21世紀ものづくりの新たな課題です。

データドリブンな開発・品質管理

近年では触感試験装置や、摩擦係数測定、電子顕微鏡による繊維形状分析といった最新技術も導入されています。
また、AIを活用した外観検査や生産工程の自動最適化の試みも現場レベルで加速しています。

このようなデータに基づく開発体制は、海外バイヤーとの交渉や品質トラブルへの迅速対応にも不可欠です。
「実装→検証→改善」のサイクルを効率化しつつ、属人的なノウハウも残しながら技術伝承・標準化を両立させる知恵が求められています。

サプライヤー・バイヤーの視点から見た付加価値戦略

差別化要素の見極めと活用

今後のマスク市場では、「肌当たり」「柔らかさ」「フィット感」といったエンドユーザーの価値観がますます重視されていきます。
サプライヤーとしては、単なるコスト競争から脱却し、自社独自の加工技術・素材開発力を前面に押し出す戦略が重要です。

たとえば、「〇〇繊維配合で超やさしいタッチ」といった明確な特徴を持つ素材を提案し、先方バイヤーが調達時に社内プレゼンしやすいようサポート資料も作り込む。
あるいは「御社ブランド専用の肌触りテスト結果」を提示するなど、ユーザー起点での「定量的な証拠づくり」「提案営業」の強化が求められます。

昭和から抜け出せない業界の壁を超えて

製造業界は合理化・自動化が叫ばれて久しいですが、実態はなかなか「昭和のやり方」から抜け出せない部分もあります。
特に中小工場の現場では紙伝票や口頭伝承、慣習的な手順などが当たり前だったりします。
しかしこの業界構造こそ「現場の柔軟な職人技」と「最新技術」の掛け合わせでブルーオーシャンを生み出す余地を秘めています。

たとえば、長年の「肌感」の知見をAI学習データに落とし込む、現場ベテランとデータサイエンティストの合同チームを編成する、プロジェクト型で小回りの効く品種開発を仕掛ける─など、組織間・職種間の壁を超えた挑戦がポイントです。

まとめ ── モノづくり現場の創意工夫が未来を拓く

マスクの肌当たりを柔らかくする不織布の構造・加工は、素材開発から生産管理、品質保証、バイヤー・サプライヤーの顧客対応戦略まで、製造業の多岐にわたる技術と知恵が集結した分野です。

現場で大切なのは、伝統的なノウハウを守りつつ、外部環境やユーザー価値観の変化に応じて進化し続けることです。
現代の製造業は、データと感性、技術と現場知、ときに昭和的な「泥臭さ」も活かしながら、多様化する市場のニーズに応えていくべき時代に突入しています。

サプライヤー、バイヤー、工場の現場──どの立場でも「最後に現場が本当に良いと自信を持って言えるものづくり」こそ、日本のものづくりの底力です。
今こそ一緒に、未来を見据えた進化を目指しませんか。

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