投稿日:2025年8月16日

現場ヒアリング一日で作るデジタル化やらないことリスト

はじめに:なぜ「やらないことリスト」がデジタル化に必要なのか

製造業の現場でデジタル化プロジェクトが立ち上がると、多くの企業が「何をやるべきか」に意識を集中しがちです。
新しいシステムの導入、IoT機器の設置、データ活用の仕組みづくり――それらは確かに不可欠なステップです。
しかし実際には、現場で本当に効果が出るデジタル化を推進したいのであれば、「何をやらないか」を明確にすることこそが大切です。
今回は、現場ヒアリングをたった一日で実施し、有益な「やらないことリスト」を作成する手法とその意義について、製造業20年以上の視点から解説します。

現場の「やらないことリスト」とは何か

デジタル化の現場では「やることリスト(To Do)」ばかりが注目されがちですが、その裏側にある「やらないことリスト(Not To Do)」も成功のカギを握っています。
これは、「絶対にやらない」「後回しにしてよい」「コストパフォーマンスが合わない」「現場の負担が増す」など、事前に明確に排除するべき項目です。
昭和から続くアナログな商慣習が根強く残る製造業でこそ、「やらないことリスト」の明文化で無駄を省き、着実な成果につなげることができます。

昭和的アナログ文化がデジタル化を迷走させる理由

多くの工場や現場では、昔ながらの紙文化や属人的な作業手順が残っています。
現場を知らない経営層や外部コンサルは、安易に「これもやろう」「あれも必要」と“デジタル化の大盛りフルコース”を注文しがちです。
しかし、現場担当者からすれば「今の仕事プラスα」が増えるだけで、実は何も生産性が変わらないという事態に陥りやすいのです。
数十年以上続いてきた「慣習」や「経験値評価」を短期間で変えるのは難しく、やりすぎは現場の混乱や反発を招きます。
だからこそ、「これは今はやらない」と決めた内容をきちんと示すことは、現場のアナログ文化に寄り添いながらデジタル化を前進させるために必須なのです。

ヒアリングスタート前に押さえる4つの原則

1. なるべく多くの部署を巻き込む

現場の声だけでなく、調達、購買、生産管理、品質保証、IT部門など、縦横断的な組織から話を聞くことで、思わぬ「やらないこと」が浮かび上がります。

2. 否定するな、聴くことに徹する

現場の「ここが面倒」「この帳票は本当に要らない」などの愚痴こそが、やらないことリストの大事な素材です。
途中で改善案を出したくなるのをぐっとこらえ、まずは傾聴に徹しましょう。

3. 付箋文化を最大活用する

簡単なキーワードを付箋にどんどん書き出し、ホワイトボードや壁に貼って俯瞰することで、不要な作業やシステムが明確化していきます。

4. 「究極的に無くせないものは?」と問い続ける

なぜ今の作業が必要なのか?「今なくしても本当に困らないのは何か?」という視点で問いかけると、やるべきでないことが自然に浮き彫りになります。

一日でやれる現場ヒアリングの進め方

午前:現場観察&インタビュー

まずは現場の巡回観察から始めます。
現場社員が日々何に困り、どんな帳票やデータをやりとりしているかを丹念にメモします。
その後、現場リーダーやオペレーターにインタビューし、「今何をやめたいか?」「本当に今必要なことは何か?」をざっくばらんに訊くのがコツです。

昼前:部署横断ミーティング

調達、購買、生産管理、品質保証など主要部署のキーマンを集め、「いま実は困っていること」「本当はやりたくない、でも仕方なく続けていること」を付箋に書き出します。
この時、できるだけ立場を越えた対話が重要となります。

午後:ファシリテーションと集約

出てきた意見をグルーピングし、やらないことリストの原型を作ります。
<例>
・紙伝票の二重入力はやめる
・現場作業員による手書き日報をデジタル化せず、廃止する
・分析用のエクセル集計は、担当部門のみに限定する
・システム化はプロセスの見直し(ムダの廃止)が済んでから行う
このような形でシンプルに整理します。

「やらないことリスト」がもたらす5つのメリット

1. 現場の心理的負担を大幅低減

「デジタル化=仕事が増える」という恐れを取り除き、まずは減らすことに集中できます。

2. 本当に必要なデジタル基盤のみ導入できる

無駄なシステム投資や余計な工数を避けることで、ROI(投資対効果)が最大化しやすくなります。

3. 効率化がすぐに体感できる

具体的にやめる作業が明確になるため、現場も「変化」を実感しやすくなります。

4. 部署間摩擦の予防につながる

勝手な「システム導入ありき」ではなく、部門ごとの“続けなくて良いこと”を合意できれば、部門間の摩擦を未然に防げます。

5. デジタル化の次の一手が明確に見える

本当に残すべき仕事・仕組みがわかることで、次のステップでどこを強化すべきかもクリアになります。

実際に浮かび上がった「やらないこと」事例集

紙伝票の二重三重チェックをやめる

長年「ミスが許されない」文化のもと、あえて多重のチェック体制を敷いていた工場では、機械設備+シンプルなチェックリスト+現場カメラ記録へと転換。
大幅な伝票作成・確認工数カットに成功しました。

中間管理職の日報メール強制提出をやめる

必要最小限の管理ツールを導入し、全社共有のメール報告を廃止。
管理職の業務効率が向上し、部下の指導に注力できるようになりました。

部分最適ツールの氾濫を見直す

「現場の使いやすさ重視」で乱立していたエクセルマクロやAccess集計表を統合管理することで、属人的な運用を解消した事例もあります。

バイヤー・サプライヤー双方にとっての「やらないことリスト」の価値

製造業では、バイヤーの「新しいシステム・プロセスを導入したい」というプレッシャーと、サプライヤー側の「現状維持したい」という力学がせめぎ合います。
「やらないことリスト」を双方で合意しておくことで、無益な対立や期待外れの導入を避けることが可能です。

サプライヤーはバイヤーが「削減・省略したい工程」を正しく理解することで、的確な改善提案・商品設計がしやすくなります。
バイヤーも自分たちの現場で「本当に要らないこと」を洗い出せば、ムダなコストと時間をサプライヤー側に押しつけず、Win-Winの関係を築きやすくなります。

まとめ:頑固なアナログ文化こそ最強の武器に

長年の業界慣習や経験則は、時にはデジタル化の障壁と見なされがちです。
しかし、現場のリアリティに寄り添い「やらないことリスト」を現場起点で作り上げれば、アナログ文化のよい部分を活かしつつ、本当に生産性を高めるデジタル化が実現します。
「やらないことを決める勇気」こそが、製造業進化の最短ルートです。
まずは一日、現場ヒアリングから始めてみてください。新しい“地平線”が必ず見つかるはずです。

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