現場社員のITスキル不足が明らかになり運用に支障が出る課題

現場社員のITスキル不足が明らかになり運用に支障が出る課題

製造業界は、IoTやAI、自動化技術の導入による急速なデジタル化の波に直面しています。
この変化の中、現場社員のITスキル不足が大きな壁となり、工場や事業所の運用に深刻な支障をきたすケースが増えています。
本記事では、製造業で長年働き、現場の人材育成にも長く携わってきた立場から、現場目線・バイヤー目線・サプライヤー目線のそれぞれを踏まえて実践的な課題と解決策を考えていきます。

ITスキル不足が招く“現場オペレーションの停滞”

IoT導入が現場で空回りする理由

ここ数年、多くの工場がIoTセンサーや生産管理システムを導入しています。
導入自体は本社主導で進み、プレスリリースや社内報で華々しく取り上げられることも少なくありません。
しかし、現場では「システムの操作方法が分からない」「障害時の初期対応ができない」「データ分析の意味を理解できない」といった声が上がっています。
DXの恩恵を現場レベルで享受できず、従来の紙管理やエクセルでの手作業に“逆戻り”する悲劇すら起きています。

これは、現場オペレーターや班長クラスのITスキルが十分でないことが大きな要因です。
昔ながらの手順やアナログな勘に頼った管理から脱却できないまま、“showのDX（見せかけのデジタル化）”に終始しています。

ヒューマンエラーを誘発するリスク

新たなIT環境に不慣れな現場では、誤操作による生産トラブルが発生しやすくなります。
代表的なのが、「入力ミスによる生産計画の誤転記」「ログイン情報の忘失」「再起動手順の誤解」など。
その結果、本来は簡単に復旧可能なトラブルにも過剰に時間やコストがかかり、ライン全体の効率低下につながります。

昭和型アナログ思考の根深い壁

抵抗感の背景にある職場文化

製造業の現場は、昭和から続く職人気質や“現場第一主義”の文化が今も根強く残っています。
生産実績を黒板に書き出したり、ヒヤリハットを紙で共有したりするアナログの手法が安心感をもたらしているのです。
新しいITツールを使うこと自体が“面倒”“よけいな仕事”と捉えられることも多く、DX推進部門と現場の意識が大きく乖離しています。

属人的運用の限界

職人の勘や経験に頼りすぎる属人的な運用は、現場では効率的とも思われがちです。
しかし、現代製造業に求められる“トレーサビリティ”や“標準化”の観点からは、ITに依存せざるをえません。
人材の高齢化も進み、いよいよ「代替が効かない」「伝承できない」というリスクが現実味を帯びてきています。
属人化とITスキル不足の二重苦が、事業継続の大きな障害となっているのです。

バイヤー、サプライヤーの視点で見るITスキル問題

バイヤー側の課題感

メーカー側の購買担当者やバイヤーは、サプライヤーの技術力や納期管理能力を厳しくチェックします。
ここでも現場社員のITスキルが低い場合、リアルタイムな生産実績の把握やトラブル時の迅速なコミュニケーションが困難となり、取引リスクが増えます。
たとえば「納品日スケジュールの変更指示の反映が遅れる」「EDIシステム対応が不十分で情報の食い違いが発生する」といったケースです。
バイヤーとしては“IT成熟度の低い工場＝リスクの高いサプライヤー”と判断しがちだという現実があるのです。

サプライヤー側が知っておきたいこと

サプライヤーの現場社員も、ただ“作るだけ”でなく、進捗報告や品質データ提出、仕様変更対応などITを用いた業務が年々増えています。
バイヤーから求められる透明性や自動化連携に応えるためには、現場レベルでの最低限のITリテラシーが不可欠です。
バイヤーがシステム主導で進めている昨今、ここに食らいつけないサプライヤーは将来的に淘汰されるリスクすらあるでしょう。

実践的な解決策：現場主義のままで終わらせない方法

①現場とIT推進部門の“エバンジェリスト”役を設ける

現場社員が感じる“不安”や“面倒”の声を汲み取りつつ、現場主導で“小さなデジタル化”を成功させることが重要です。
そのために、現場リーダークラスに“ITエバンジェリスト”や“現場DX推進担当”を設けましょう。
現場の言葉で問題点を共有し、実業務に落とし込んだ改善提案を積極的に行うことが、成功の鍵となります。
また、人選は「若手でITに強い人」だけでなく、信頼されているベテランの巻き込みも忘れてはいけません。
現場のムードメーカーや人望ある人を上手く活用することで、徐々に抵抗感を減らすことができます。

②教育は“業務の困りごと”起点で設計する

ITリテラシー向上の研修というと座学中心、IT部門主導の抽象的な内容になりがちです。
しかし現場では、「この画面のここ、どうやって直すの？」「このデータを出すと原価低減案にどうつながるの？」という“業務直結型”の教育が非常に効果的です。
例えば、IoT機器の簡単な再起動手順や、エクセルでのピボット集計の実践練習など、実際のシーンを細かく分解して教えることが大切です。

③“ITが現場を楽にする、価値あること”というブランディング

現場社員にとって、「IT＝余計な仕事、管理負担の増加」というイメージを払拭しましょう。
「ミスが減る」「異動・引継ぎがスムーズ」「急な変更指示にも即対応できる」など、現場にとってのメリットを数字や実例で見せることが重要です。
さらに、現場改善活動（KAIZEN）とIT活用を連動させることで、「便利 → 自分に還元される → 前向きにITを使う」の好循環を作り出せます。
社内の成功事例をこまめにフィードバックし、頑張っている現場にこそ評価やインセンティブを与える文化も必要です。

④昭和型の良さも融合した“丁寧な標準化”

現場起点でのIT標準化を急ぎすぎると「また、上から変なこと言ってる」と反発を招きます。
そこで、これまで培ってきた手帳・紙・ホワイトボードの良さや、現場独自の工夫のエッセンスも“デジタル可”できるよう検討しましょう。
たとえば生産日誌の手書き要素を簡易タブレットで残す、QRコードシールで手間を削減するなど“デジアナ融合”の着眼も有効です。

今後を見据えた人材育成のポイント

“学び続ける文化”を現場に根付かせる

ITスキルは一度身につけて終わりではなく、テクノロジーの進化とともに磨き続ける必要があります。
現場内で輪番制の勉強会を開いたり、異業種交流の場を設けたりすることで、学びながら働くスタイルを広めましょう。
現場でも簡単に活用できるeラーニング教材を多言語で用意することも、グローバルで多様な労働環境に適応する一歩となります。

次世代バイヤー・サプライヤーに求められる資質

今後、バイヤーやサプライヤーにはITスキルだけでなく、現場への想像力・対話力がより求められます。
一方的なシステム導入にこだわるのではなく、現場と丁寧に向き合い、共に改善策を考える“ラテラルシンキング力”が重要です。
取引先との協働による業務改善や新しい価値の共創にチャレンジできる人材こそ、これからの製造業をリードする存在になるでしょう。