ターゲットコスティングを設計審査に組み込む運用ルール

ターゲットコスティングを設計審査に組み込む運用ルール

製造業ではコスト競争力の獲得がますます重要になっています。
特にグローバル化や原材料費高騰、不確実性が増すサプライチェーン環境下では、従来の「できあがったもののコストを積み上げて価格を決める」方式だけではライバル他社に太刀打ちできません。
その解決策の一つが「ターゲットコスティング（目標原価設定）」です。
本記事では、ターゲットコスティングを設計審査（DR: Design Review）プロセスに具体的に組み込む運用ルールについて、現場目線・実践重視で解説します。

ターゲットコスティングと設計審査の基本理解

ターゲットコスティングとは何か

ターゲットコスティングは、市場で勝てる販売価格から目標利益を差し引き、製品の許容コスト（目標原価）を設定する手法です。
「コストダウンを設計段階で行う」考え方であり、経営戦略やマーケティング、購買、生産、品質管理が一体となって推進することが求められます。

設計審査（Design Review: DR）とは

設計審査とは、製品開発における節目ごとに「設計の妥当性」や「リスクの有無」「コストや納期の整合性」などを多部門で確認するプロセスです。
設計者だけでなく、生産管理・品質管理・調達・営業など多様なメンバーが集い、机上の理想から現場実装可能なものへと磨き上げます。

ターゲットコスティングが設計審査で求められる理由

設計審査の弱点とコスト意識の不足

昭和時代から続く日本の多くの製造業では、設計・製造・調達が分断されがちです。
設計が決めた仕様が「作れない」「高すぎる」「現場に負荷」という事態も珍しくありませんでした。
時には、設計審査が単なる「設計品質のチェック」になってしまい、コストや調達・生産性の議論が十分にされないという現場も目立ちます。

コスト重視の設計へのパラダイムシフト

現代は設計の段階でコストの8割が決定すると言われており、「原価低減は購買や生産現場の努力のみ」という時代は終焉しました。
ターゲットコスティングを設計審査に組み込むことで、「この機能ならいくらまで」「この調達先ならいくらで可能」という現実的な視点とエビデンスを設計段階から反映できます。
これは、調達部門やサプライヤーと設計がより早い段階から歩調を合わせる文化醸成にも繋がります。

ターゲットコスティング運用ルールの設計方法

1. ターゲットコスト設定と根拠の明文化

まず、営業やマーケティング、経営戦略部門から「想定販売価格」と「目標利益率」を受け、設計に割り当てるべき「目標原価」を割り出します。
この根拠を文書化し、関係者が共通認識を持つことが大前提です。
乱暴なコスト目標だけ設定しても現場は続きませんので、「なぜこの原価か？」を説明できる基準作りが重要です。

2. 設計審査の各フェーズで組み込む

一般的な製品開発では、以下のような設計審査フェーズがあります。

– 構想設計DR
– 基本設計DR
– 詳細設計DR
– 試作・量産前DR

各フェーズごとに、ターゲットコストの達成度を必ずレビュー項目に加えます。
これにより、「コスト評価なき承認」の温床を防げます。

3. コストブレークダウン表の活用

ターゲットコストを達成するには、「部品・工程ごとのコストブレークダウン表」を用いて、設計の意図（例えばこのねじ1本でいくらのコストダウンになるか、板厚を0.1mm変えたらどれだけ利益率が上がるか等）を「見える化」します。
調達や生産部門が途中介入できるようにし、安易な「後工程丸投げ」を防ぎます。

4. サプライヤー・調達部門の早期巻き込み

設計の段階から主要なサプライヤーや調達購買部門をDRに同席させ、彼らの意見も反映させます。
「理想論」だけの設計にならず、「市場で調達できる現実的価格・工法・QCD」に近づけるのがポイントです。
サプライヤー側もバイヤーが何を考えているかを理解しやすくなります。

5. コスト逸脱時の是正ルールと柔軟性

ターゲットコストに合致しない設計・部品・工程が顕在化した場合の是正ルールを事前に定めます。
部品仕様を変更する、代替品を探す、設計仕様の簡略化を図る等、現場ノウハウを運用フローに組み込みます。
ただし、安易にスペックダウンだけでコストカット…の悪循環に陥らないよう、機能や品質とのバランスも審査対象とします。

昭和から脱却したターゲットコスティングのポイント

デジタル活用と標準化の推進

従来は設計者の経験値や勘に頼っていましたが、近年は「見積もりAIツール」「原価シミュレータ」「パラメトリックコストモデル」などのデジタル活用が進んでいます。
エクセル管理の属人化から脱却し、コスト設計の知見をナレッジベース化することも、先進企業では始まっています。

部門横断のコミュニケーション強化

設計部門、購買部門、生産部門、品質管理部門──それぞれの立場で価値観や評価軸は異なります。
「機能・スペック至上主義」や「購買の丸投げ」から脱却し、ターゲットコスティングを通じて部門横断の対話を増やすことが、新しい時代の競争力獲得の原動力となります。

経営層のコミットメントと現場主導の融合

ターゲットコスティングの徹底には、経営層からの「コストで守られた利益体質企業へのコミットメント」が不可欠です。
一方で現場目線の知恵が活きないと、ただの「コスト削減押し付け運動」になる危険も。
現場からのボトムアップ提案も積極的に受け入れ、設計とサプライヤー・生産現場の共創型マネジメントを目指しましょう。

まとめと実践へのヒント

ターゲットコスティングを設計審査に組み込む運用ルールは、単なる「コスト意識付け」にとどまらず、設計・調達・生産など多部門が共通目標に動く「チーム開発」の要となります。
設計初期の構想段階から綿密な原価設定を行い、ブレークダウン表などで見える化しながら、設計審査プロセスごとに進捗を厳格にチェックします。
さらには、デジタル活用と部門横断型コミュニケーションを徹底し、机上の論理と現場の知恵を融合することが不可欠です。

業界のアナログ性が根強いからこそ、抜本的な運用ルールの見直しは先行投資になります。
本記事の知見が、バイヤー志望者やサプライヤー、現場リーダーの視点拡張に寄与すれば幸いです。
変化が求められる今こそ、ターゲットコスティングの運用ルールを強化することで、製造業の新しい地平を共に切り拓いていきましょう。