投稿日:2025年10月18日

溶接部のピット・欠陥を防ぐワイヤ送給と電流波形の最適化

製造業の現場で求められる溶接品質管理の進化

溶接は、鉄鋼・自動車・産業機械など多くの製造業現場で根幹を担っています。
その一方で、「溶接部のピット(陥没孔)や欠陥が減らない」「見た目は綺麗でも内部欠陥が後から発覚する」といった悩みは昭和から令和に至るまで根深く存在する課題です。

長年現場に携わってきた私自身、技術や設備の進歩を実感すると同時に、アナログな現場特有の“いつものやり方”も根強く残っている現実に直面してきました。
この記事では、溶接部の主要な品質課題であるピットや欠陥を、最先端のワイヤ送給と電流波形の最適化という観点から根本的に減らす方法について、現場目線で解説します。
バイヤーや現場の管理職、そしてサプライヤーの皆さまが“なぜ、どうやって最適化すればいいのか”を本質的に理解し、納得のいく購買・生産判断ができる一助になれば幸いです。

ピットや欠陥が発生する根源的要因とは

溶接の三大要素「ヒト・機械・材料」と欠陥の関係

溶接品質は古くから「ヒト(技能者)・機械(設備)・材料(母材やワイヤ)」の三位一体で語られます。
しかし、不良や欠陥のトラブルが発生した際、設備側だけ・作業者の技能だけ・材料のロットや管理だけと、個別論で原因分析や改善が進みがちです。

現実の現場では、
・設備側ではワイヤ送給が安定しない
・作業員側では溶接速度やトーチの角度が一定でない
・材料側ではワイヤのメッキムラや母材の酸化皮膜
といった不安定な“揺らぎ”が複雑に絡みあっています。

その結果、ピットやブローホール、未溶着といった欠陥が「時々、なぜか発生する」「今日だけ急に増えた」「継続原因が特定できない」現象として現れるのです。

ピット(陥没孔)とは何か、なぜ起こるのか

ピットは、溶接施工部にできる小さな孔や陥没部を指します。
ピットができる主な要因は次の2つに分かれます。

1.ワイヤ供給不良による溶融金属量不足
2.アークの安定性低下(突発的なアーク切れやバラツキ)

たとえば、一見順調な自動溶接ラインでもワイヤの送給速度が微妙に変動したり、僅かな引っ掛かりやスティック滑りが発生すれば、融点直前のワイヤ断片が溶接プールに安定して供給されません。
この不安定さがそのまま金属分の不足やアークの不安定現象となり、冷却過程でピット・巻き込み・ブローホール等の欠陥のリスクが高まります。

ワイヤ送給の最適化がもたらす圧倒的な効果

ワイヤ送給装置と現場の“当たり前”を疑う

現場で“当たり前”とされているワイヤ送給方法は、実は非常に多様です。
いまだに築年数の古い工場や中小工場では「ギア駆動のコンベンショナルな送給機をメンテナンスしながら使っている」「ワイヤ通しのガイドパイプ(ライナー)は毎回替えずに、そのまま流用する」といったケースは少なくありません。

しかし、こうしたアナログな保守運用がワイヤの送りムラ・カスの蓄積・摩擦増加・蛇行といった問題―つまり「目に見えない誤差・揺らぎ」を発生させる最大要因となっています。
それでも現場では「昔からこれで十分だった」という慣習や暗黙知が強く、“よくある軽微な欠陥”として片付けられてしまう傾向がいまだに根深いのです。

最新ワイヤ送給技術とメンテナンス手法

品質トラブルを根本から防ぐためには、次の3つのアプローチが不可欠です。

1.定期的なワイヤガイド・ライナー・送給機の清掃 着実な異物除去
2.給送速度のリアルタイムモニタリング 設備異常の早期発見
3.サーボ制御など精度の高い送給モータ採用 短サイクル安定化

特に2番目、給送速度のモニタリングは昨今のデジタル化やIoTの進展により、従来の「熟練者の勘」に頼らず、グラフや数値で“見える化”が進んでいます。

仮に1,000回中1回の微小な滑りや送りムラもデータで捕捉できれば、その1回が重大な欠陥へ発展する前段階で予防・補正が可能となります。
最近はAI検査や画像解析技術とも連動し、「欠陥ゼロを目指す賢い工場」へと現場が着実に進化しています。

電流波形の最適化が溶接の質を劇的に向上させる理由

アーク溶接の“見えない心臓部” 電流波形とは

溶接作業における電源からトーチへの電流供給は、単なる“電気を流す”というものではありません。
制御盤内部では、瞬時・周期的に変化する(安定/変動)さまざまなパターンが電流・電圧波形として存在しています。

この電流波形こそが、溶接現象の「母体」であり、ワイヤ先端の溶融―母材へのしみ込み―溶接ビード形成まで一連のプロセスの質を決定します。

たとえば、
「なぜ同じ設定値でも、時間が経つと欠陥が増えるのか」
「日勤・夜勤で結果が安定しない」
「同じ設備なのに、オペレーターによって仕上がりに差が出る」
といった現象の多くも、実はこの“見えない電流波形”の些細なブレや揺らぎにその原因が潜んでいます。

電流波形の制御方法と欠陥低減の最新技術

産業用のアーク溶接装置では、従来の「単純な直流供給」から、高度なパルス制御・波形パターンのカスタマイズが可能なインバータ型電源への移行が急速に進んできました。

インバータ制御では
・立ち上がり・立下り時の波形カーブ調整(アーティスト波形)
・ピーク電流とベース電流の切替タイミング最適化(パルス/インターバル設定)
・短絡時の溶滴切り出し制御(トランスファモード最適化)
などにより、溶接プール内のガス巻き込み・ブローホール・未溶着の抑制や、極めて安定したビード形成が実現できます。

しかも各溶接現場や材料ごとの最適なパターンを、“数値の根拠”としてロギングしながらチューニングできるため、これまで職人頼みだった「勘」と「経験の暗黙知」を“デジタル化”し、誰でも再現可能な形で品質工程管理システムに落とし込めるようになりました。

現場・調達・バイヤー視点で押さえるべきKPI・業界動向

調達バイヤーが現場品質を正しく評価するために

バイヤー/調達担当の方には、とかくコスト・納期に注目が集まりがちですが、実際の溶接品質の安定度合いは「ワイヤ給送品質・電流波形安定性」といった運用上のパラメータで客観評価することが肝要です。

見積もりをとる際、
「どのような送給装置のグレードを使っているか」
「電流波形制御のバリエーションの広さやログ採取体制はどうか」
「トレーサビリティやAI連携による欠陥検知率の取り組み状況」
などを項目に加える仕組みを導入すると、納期や価格だけに頼らない“真の品質基準”づくりができるはずです。

サプライヤーが付加価値を高めるための視点

サプライヤーの立場では、
・「目立った欠陥がない」から「欠陥リスクを可視化して未然防止」
・「設備メーカー任せ」から「自社ノウハウの見える化・標準化」
へと境地を変えることが競争力に直結しています。

具体的には現場で
「全溶接ジョイントのワイヤ供給ログを周期的に管理」
「パルスパターンごとの差分・傾向を定量比較」
「AIカメラと連動して欠陥兆候を自動抽出、リアルタイム工程改善」
といった先進的な試みに継続チャレンジしていくことが不可欠です。

まとめ:溶接品質“ゼロ欠陥”達成へのロードマップ

昭和型の“勘と経験の世界”から、IoT/AI/インバータ/サーボといったデジタル時代の“最適化”に現場をアップデートすること。
それこそが、溶接部のピットや欠陥という根深い品質課題を、本質的かつ構造的に減らしていく唯一の道です。

ワイヤ送給・電流波形の最適管理こそ、見落とされがちな現場の品質課題の核心といえます。
日々の改善の積み重ねが、最終的にサプライチェーン全体の競争力・信頼性・製造業の発展に大きく寄与するはずです。

現場・調達・サプライヤー、立場を超えて「品質ゼロ欠陥」に挑戦し続けるコミュニティこそ、これからの日本のものづくりになくてはならない原動力です。
ぜひ目線を一歩上げ、現場の“当たり前”を問い直し、未来のベスト・プラクティスをともに創り上げましょう。

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