投稿日:2025年9月29日

AIが感知できない微妙な品質異常を見逃す課題

はじめに ― 製造業で「微妙な品質異常」を本当に見抜けているか?

日本の製造業は、その緻密さや、こだわりのものづくり精神で世界に名を馳せてきました。
一方、AIやIoTなどのスマートファクトリー化が進む現在、かつて熟練工が目や手触りで感じ取っていた「微妙な品質異常」が見逃されるリスクが、浮き彫りになってきています。
今回は、20年以上にわたり現場・調達・品質管理・工場マネジメントすべてを体験してきた筆者が、AIが感知できない「微妙な品質異常」の実態や、それを見抜くための知恵、業界の現実とこれからについて、現場目線で掘り下げていきます。

AI検査システムの台頭と現場で起こる“すき間”

AI外観検査が変えた現場の風景

かつて人の目で丁寧に行っていた外観検査は、今やAIによる自動画像検査に少しずつ置き換わっています。
ラインの高速化や人手不足への対策としては極めて有効で、一定レベルの品質安定には大きな効果を発揮します。

AIは何万枚もの画像データからパターンを学習し、目視では見分けが難しい微小なキズや異物も検出できます。
ただし、AI自身が「教わったもの」や「データ化されているもの」しか分かりません。
定量的な「異常」は数値として検出できますが、データ化しづらい“なんとなく違う”という感覚には対応できないのが実情です。

「データに現れない異常」に潜むリスク

AIで判別できる異常は、あくまで「過去データに既に現れている」ものです。
しかし製造現場には、「曖昧な変化」や「傾向のズレ」など、既存ルールに収まらない現象が日々発生します。

たとえば金型部品の微妙な摩耗による寸法のズレ、材質ロットごとのクセ、加工音の変化など、ベテランの作業者なら「なにか違う」と直感するわずかな差異。
AI検査ナシでも大量不良につながる初期症状だったりしますが、こうした兆候は画像や寸法データだけでは察知が難しく、AIが感知できない“死角”となります。

昭和型・アナログ文化の意外な強さ

ITが進んだ現在でも、古くからの「目視チェック」や「五感で感じる品質確認」がいまだ根強く残っているのは、この“すき間”を補うためです。
本来的には非効率ですが、「手をかける」ことがリスク防止に有効なことを、現場は熟知しています。

例えば高度なカメラを使った画像検査工程でも、出荷前に「年配者による目視サンプリング」が必須という現場は珍しくありません。
これはAIの万能感を疑い、「自分たちが最後の砦」という現場文化が生きている証と言えます。

バイヤー視点で考える「AIで見えないリスク」

サプライヤーの「AI導入アピール」は鵜呑みにできない

近年、見積依頼や新規取引の際、サプライヤー側が「AI導入・自動外観検査対応」を強くアピールしてくることが増えています。
それ自体は歓迎ですが、調達バイヤーとして重要なのは「AIの限界」も判断に加味するという冷静さです。

現場が人手に頼り、しぶとくアナログ検査工程を続けている場合は「人力でしかカバーできない傾向不良」や「未経験トラブル」へのリスク感度が高いサインとも言えます。

「AI検査”だけ”で十分です」というサプライヤーは、異常傾向がデータ化される前の“違和感”を見逃す恐れがあります。
実際に、納入後に未検出の寸法ズレや表面異常が発覚することが少なくありません。

サプライヤー担当者の「現場観察力」を見抜く

優秀なサプライヤー担当者は、AI検査の運用状況だけでなく、「どれだけ現場を歩き、違和感を見つけているか」「属人的な気づきがどう共有されているか」をよく観察しています。
バイヤー自身も、現地監査や打ち合わせの際、AI導入範囲だけでなく「アナログな品質チェック」の現状についても確認することが肝要です。

設備や帳票が新しければ安心という時代は終わりつつあります。
真の意味で安定調達・持続的品質改善を実現するためには、「アナログな感性」を過小評価しないことが、現代のバイヤーに求められています。

現場から見た「未来の品質保証」―AIと人力の最適な共存

これからの工場は“アナログ力”をどう磨くか

AIによる自動化、省力化は今後ますます加速していきますが、AIには絶対に越えられない壁が存在します。
それは「実物対象の微妙な違和感」や「根拠のない危機感」など、理屈や数値だけでは現れない属人的な“気づき”の力です。

現代工場の理想的な形は「AIで検出できる範囲を極限まで広げる」と同時に、「データ化されていない異常を現場の目(五感)で見抜く」体制を二重に構築することです。
特に現場では、以下のような実践が肝心です。

  • 熟練工の経験知を定期的に言語化・データ化してAIシステムにフィードバックする
  • 「直感的な違和感」に反応した場合のフロー(記録・報告・検証)を設ける
  • 目視・触感サンプリングやラインウォークなど、人のチェックをルーチン化する

昭和的な現場文化こそ、これからのDX・スマートファクトリーと融合させるべき価値ある無形資源です。

「違和感」を評価する仕組みづくり

先進的な現場の一部では、「AI検出漏れ」をカバーするため、担当者が見つけた小さな違和感や変化を集めてナレッジ化し、定期的に全員でレビューする取り組みがなされています。
搬送音の変化や微振動の増加、部品の消耗具合の“気持ち悪さ”など、感覚的な情報を組織で共有し続けることで、「未然に防げる不良」を飛躍的に増やしています。

「違和感を持った人」を評価・称賛する文化を育てることが、現場の実践力と問題発見力を高め、結果的にAIにも負けない“人間の強み”の発展につながります。

まとめ — これからの品質保証と調達の基本戦略

AIが急速に普及し、効率化とスピード優先の業界動向が進む中、「人間が持つ微妙な品質異常検知力」がますます重要になっています。
技術革新を盲信するのではなく、アナログな知恵・現場の感性を軽視しない姿勢が、結果として製造業・調達・品質保証全ての現場に持続的な進化をもたらします。

バイヤーの皆さんには、サプライヤー選定や現場監査の際、「AIの導入状況」だけでなく、「未検出異常にどう備えているか」「現場に違和感を拾う仕組みがあるか」をしっかりヒアリングしていただきたいと思います。

サプライヤー各位は、自社の現場における“感性”をどうAIと共存させていくかを、真剣に問い直す必要があります。
昭和から続くアナログ文化は、決して忌むべき遺物ではありません。
それこそが、真に強い品質保証の基礎として、これからの製造業の未来を支える礎となるのです。

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