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ペンのクリップが折れない射出方向と肉厚分布の設計

目次
はじめに:昭和的設計思想から抜け出すべき理由
ペンのクリップ設計は、多くの人が見過ごしがちな部品ですが、実は数多くの設計・生産上の知恵が詰まっています。
アナログな現場では「このやり方で上手くいってるから」という昭和的思考が根付いていますが、材料コスト高・多品種少量生産・グローバル競争という現代の潮流の中では、抜本的な設計改善が必要です。
本記事では「クリップが折れない」ための射出方向および肉厚分布の設計について、現場で蓄積した実践的ノウハウを交え、今後の未来にも貢献できる視点で解説します。
これにより、設計エンジニア・バイヤー・サプライヤーの皆様が、共に付加価値を高めるヒントが得られることを目指します。
ペンのクリップに求められる要件とは
1. 割れないこと・変形しないこと
ペンのクリップは、頻繁に繰り返し開閉され、衣服や書類に挟まれるため、耐久性が特に重要です。
クリップ先端が折れる、ヒンジ部が割れるなどの不良が多発すると、製品全体の評価にも直結します。
設計者は「クリップは消耗品だから多少割れても…」と考えがちですが、今やお客様はSNSで情報を共有する時代です。
「このブランドはクリップがすぐ折れる」といった悪評ひとつで、ブランド価値が大きく傷つく現実を忘れてはいけません。
2. 材料ロスと歩留まりの低減
樹脂射出成形では、材料コストと歩留まりが企業の利益を左右します。
肉厚を厚くすれば割れにくくなりますが、キャップや本体とのバランスが悪くなるうえ、不必要なコスト増となります。
薄すぎれば射出不良や割れ・ウェルドラインなどの欠陥が増加します。
この絶妙なバランスこそがクリップ設計の神髄と言えるでしょう。
クリップが折れる典型的な原因
射出方向と樹脂流動の関係
クリップが折れる箇所は、樹脂流動の死角やヒケ(樹脂の収縮による凹み)、ウェルドライン(樹脂の合流線)が発生しやすい部分です。
特に、下記のような場所で破損事故が多く起こります。
– クリップの根元(付け根)側のヒンジ部
– 急激な厚み変化がある場所
– ウェルドライン発生箇所
たとえば、クリップのえぐれた形状や装飾があると、流動抵抗が上がり、その部位に流れ込む樹脂が冷えて固まりやすくなります。
こうした部分は分子の絡み合いが弱くなり、外力が加わった時にパキッと割れやすいのです。
肉厚設計の失敗パターン
クリップ全体を均一な肉厚にすると、見た目には美しく成形もしやすくなります。
しかし、根元や曲げる部分の応力が集中しやすい箇所に適切な肉厚の変化がないと、局所的な破壊が起こります。
一方、厚肉すぎると冷却不良やヒケ、寸法バラツキが発生し、不具合率が上がります。
つまり「全体を均して、どこでも同じ」にするだけでは“クリップが折れない”は達成できないのです。
折れないクリップ設計のための射出方向最適化
意図的な射出方向設計のすすめ
設計段階で「どこから樹脂を流し込むか」という射出方向の検討は非常に重要ですが、他部位との兼ね合いから安易に「型抜きしやすい方向」に流されがちです。
クリップの場合、根元から先端に向けて樹脂を流す射出方向が基本です。
すなわち、ヒンジ部、応力のかかるカーブ部にウェルドラインやヒケを生じさせない方向から射出する設計が理想です。
もし外観装飾やロゴ・品番などで複雑な形状が必要な場合、部分的にゲート(樹脂流入口)を増設する、複数点ゲート化やサブゲートを活用する方法も有効です。
CAE(流動解析)活用の重要性
従来なら試作を繰り返して射出方向の最適化をしていましたが、今や流動解析ソフト(Moldflowなど)の導入は不可欠です。
流動シミュレーションにより、ウェルドライン発生位置・樹脂温度分布・ヒケ予測などをあらかじめ可視化できます。
射出方向と型の割り方向を同時に考慮し、実際の成形現場の金型交換リードタイムや設備制約も加味して、最終構想を固めましょう。
折れないクリップの肉厚分布の設計ポイント
最も大切なのはヒンジ部の局所肉厚最適化
ペンクリップの設計で最も割れやすいのはヒンジ部です。
この部分のみ局所的に肉厚を増やして応力分散させる設計が極めて効果的です。
具体的には、
– クリップ全体:0.9~1.2mm程度
– ヒンジ部:1.3~1.5mmに厚みを補強
とするパターンが近年増加しています。
「ヒンジだけ厚くすると見栄えが悪い」「全体がアンバランス」と上層部に指摘されがちですが、ここで簡単に妥協してはなりません。
美観と耐久の双方を両立する形状モデリング(例:リブ追加・曲面でつなぐ等)に改良することで、設計思想を一段アップデートできます。
クリープ・応力緩和を見越した設計
樹脂素材はクリープ(長時間応力を受けると変形する)や応力緩和が起こるため、一時的に割れなくとも数週間~数か月後に破損事故が発生することもあります。
特に軟質ポリカ・PBTなどを選定する場合、使用荷重+20%程度の安全率を見込んで肉厚及びリブ設計を行いましょう。
応力解析ツールの活用、あるいは昔ながらのストレインゲージ法(ひずみ測定)による現場検証もおすすめです。
素材選定・金型設計と歩留まり改善
素材が変われば最適設計は変わる
ABS、ポリカーボネート、PBT、高機能エンプラ、バイオプラなど素材にはそれぞれ流動・耐衝撃・発色といった特徴があります。
同じ寸法でも、材料によって最適な肉厚や射出方向は変わるため、“前の図面そのまま流用”は厳禁です。
また、再生材やバイオ樹脂を利用する場合は分散性・成形収縮・溶融特性が異なるため、流動解析や小ロット先行生産による現物確認が必須です。
金型側で歩留まりを上げる工夫
金型設計はコストとリードタイムの制約が厳しいですが、ゲート配置・ランナー径・冷却構造の工夫で、クリップの不良率・生産ロットあたりの材料ロスを大きく改善できる余地があります。
熟練金型メーカーとの密な打ち合わせ・試作段階での現場立ち会いが成功への近道です。
バイヤーがクリップ設計・生産現場で注目すべきポイント
調達先サプライヤーの実力を見抜く着眼点
– 成形サンプルの納品前実物チェック(割れ・バリ・ヒケ・色ムラ)
– 試験報告書(繰り返し曲げ試験・環境試験)の実施レベル
– 流動解析データや過去の設計変更履歴の有無
安価なサプライヤーを探すだけではなく、「設計ノウハウをどこまで積んでいるか」「作り方の工夫で事故率を下げているか」という視点がとても重要です。
現場でバイヤーが主導できる品質改善
製造委託先・サプライヤーと一緒に、折損事故の起きやすい寸法・肉厚・射出条件データを共有し、共同でQC工程表やFMEA(故障モード影響解析)を整備していくことが、ロングセラー製品づくりのコツです。
しばしば「設計はOEMにまかせっきり」「品質トラブルは現場任せ」といった旧来型バイヤーが散見されますが、これからは“現場発”の協働体制が真の競争力に直結します。
昭和からの脱却と、設計現場の新たな地平線
ペンのクリップ設計は「小さく奥深い」分野であり、その設計思想一つで企業の信頼や継続受注に大きく影響します。
これからの製造業は、省コスト・省資源・サステナビリティを意識した「折れない・美しい・生産しやすい」設計の革新が求められます。
現場エンジニアも、バイヤーも、サプライヤーも、みな一体となってラテラルシンキングで新たな付加価値を生み出しましょう。
今こそ、昭和の設計常識から一歩抜け出し、細部に魂を宿す“現場目線のものづくり”を、次世代に手渡していきたいと強く願っています。
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