投稿日:2025年8月26日

口座凍結・制裁リスクがある国との取引停止で発生する違約金回避策

はじめに:グローバル調達とリスクの高まり

製造業の現場に長く身を置いてきた私たちには、サプライチェーン管理の重要性が骨身に染みています。
近年、地政学的なリスクや国際規制の影響を受け、特定の国・地域との取引が企業活動に大きな制約をもたらすケースが増えています。
特に口座凍結や経済制裁の対象国との取引は、ひとたびリスクが顕在化すれば、多額の違約金や損害賠償につながる可能性があります。

本記事では、製造業に従事する方や、これからバイヤーを目指す方、さらにはサプライヤーの立場でバイヤーの考え方を知りたい方に向けて、実践的なリスク回避策と業界動向を現場目線で解説します。

口座凍結・制裁リスクとは何か

近年、米国および欧州連合(EU)を中心とした経済制裁の枠組みが強化され、特定国の金融機関や企業、個人が取引制限対象となるケースが増えています。
日本企業も例外ではなく、下記のリスクが高まっています。

主なリスクの内容

・取引銀行口座の凍結
・貿易信用状の発行停止
・対象国への送金不可
・輸出入許可の取り消し
・対象サプライヤーのブラックリスト化

これらのリスクは突発的に発生することも少なくなく、製造現場としては、発注済み部材の納入遅延や受注キャンセル、ひいては生産ライン停止にも直結するシビアな問題です。

リスク顕在化時に発生する違約金の現実

昭和時代から製造業に根付く取引慣行の一つに、「長期・安定契約」「大量発注」があります。
この慣行はサプライヤーとバイヤー双方に安心感をもたらしていましたが、近年の国際情勢変化により、急な契約解除=違約金発生のリスクが現実味を帯びています。

違約条項が持つ意味

多くの契約書に記載される違約金条項は、予定通り納品・受注が完了しなかった場合、どちらか一方(多くは発注者側)がペナルティを支払うというものです。
口座凍結や制裁対象国が現れた場合、
・「取引停止は不可抗力扱いになるのか」
・「違約金なしで契約解除が可能か」
が最大の論点となります。

実践的な違約金回避の難しさ

実は、不可抗力条項(フォースマジュール条項)の解釈・運用が非常に曖昧なのが現場の実態です。
契約書に明記されていない場合、発注側の経営層でも判断が分かれ、結果として多額の違約金支払いに至るケースが増えています。
特に営業利益率が低い組立加工業・下請企業では、これが「致命傷」になる場合もあります。

業界の現状:昭和から抜け出せない下請け構造のリスク

日本の製造業は、旧来のアナログ文化が色濃く残っています。
帳票や手書き伝票でやりとりしている現場も少なくありません。
そのため、制裁対象国との取引リスクが「見える化」されていないことが多いです。

「契約書なし」取引がもたらす危険性

未だに口頭合意や発注書のみで取引開始し、後から契約書を交わすスタイルが根強く存在します。
このため、いざ問題が起きた時に「そもそも契約書が手元にない」「リスク条項が明記されていない」ことが多発。
自社の法務・コンプライアンス部門が現場の実態を把握しきれていないため、マネジメント側との意識ギャップにもつながっています。

具体的な違約金回避策:契約・調達・サプライチェーン管理の視点から

では、現場で即実践できる違約金回避策を三つの切り口で整理します。

1. 契約書見直しとリスクヘッジ

・不可抗力(フォーサ・マジュール)条項の明記
「制裁・金融制限・口座凍結等のリスク」も不可抗力に含むことを契約上はっきり示すことが必須です。
契約書雛形は定期的にアップデートし、現地現法や法務部門とも連携してリスク項目を強化します。

・サプライヤーのバックアップ確保
該当国との取引については、「予備発注」「第2、第3サプライヤー確保」を契約上義務付けるのも有効です。

・英文契約の注意点
多国籍のプロジェクトでは英語契約が増えていますが、「Force Majeure」の定義や免責範囲を事前合意しておかないと、いざという時Protectされません。

2. 調達先・金融機関のリスクモニタリング強化

・半年に一度のサプライヤーリスト見直し
制裁リスト(OFAC、EU規制など)のチェックは法務部門任せにせず、バイヤー自身も積極的に情報収集します。
金融制裁実施国の企業や、親会社が制裁リスト入りした企業との新規・継続取引には特に慎重になるべきです。

・銀行のアラート情報を活用
主要都市銀行では口座凍結リスクのアラートを発信しています。
調達担当者は定期的な銀行側からのアップデートに必ず目を通しましょう。

3. サプライチェーン再設計とデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進

・部材・商品の「多元調達」
制裁リスク国のサプライヤー1社に依存するのは危険です。
汎用部品や標準材料は複数社から調達できる体制を整え、組織的な備えを強化します。

・調達・在庫・入出荷のデジタル管理
手書きやエクセル管理から脱却し、SCM(サプライチェーン・マネジメント)のデジタル化に踏み切ることで、リスク発覚時の即時対応が可能になります。
異変が起きた時にあたふたせず、「見える化」されたデータで迅速にサプライチェーンを組み替えられるのが理想です。

サプライヤーの視点:バイヤーが求めるものを理解する

サプライヤー側としては、バイヤー企業が上記のようなリスク回避に注力していることを理解しておく必要があります。
多少のコストアップ提案や、リードタイム調整要請であっても、理由説明がしっかりしていれば受け入れられやすい時代です。

実際に有効だった施策例

・「不可抗力条項」の受け入れ、および自社でも上流サプライヤーに同内容の契約を反映
・リスク国調達品について、柔軟な契約変更や納期変更、数量調整にも即応する協力体制
・自社のBCP(事業継続計画)をバイヤーに提示し、安心材料を積極的に提供

こうした取り組みは、「この会社の製品なら大丈夫、何かあっても連携できる」という信頼につながります。
長期的なパートナー関係構築に欠かせません。

バイヤーを目指す方へのアドバイス

1. 世界情勢の変化に「ついていく」のではなく「先回り」する姿勢を持ちましょう。
2. 契約書の知識はバイヤーの武器です。法務部任せにせず、自ら契約書案を読み込みましょう。
3. コミュニケーション力がリスクヘッジの最大の鍵です。サプライヤー側からの情報も積極的に取り入れ、常に現場の肌感覚を養いましょう。

昭和から令和へ:強い製造業をつくるために

制裁リスク、口座凍結リスクはますます複雑化していきますが、「現場力」+「情報力」+「ネットワーク力」を高めることで、違約金発生リスクは大きく下げることができます。
旧来の「お付き合い」重視や「前例踏襲」から一歩踏み出し、契約・調達・生産ラインの三位一体でリスク対応を進めていくことが、これからの製造業の「生き残り戦略」そのものです。

バイヤー、サプライヤー、現場管理者すべてが連携し、時代の変化をしなやかに乗り越え、たくましいものづくり日本を未来につなげていきましょう。

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