投稿日:2025年7月1日

Excelで学ぶPID制御チューニングとフィードバック設計

はじめに:製造業現場で求められるPID制御の本質とは

製造業の自動化や効率化が叫ばれる現代でも、現場では昭和時代から続くアナログ管理や経験則が根強く残っています。
特に、温度・圧力・流量などの制御現場において、PID制御(比例・積分・微分制御)は不動のスタンダードです。
一方で「なんとなく慣れている」「昔からの設定値を引き継いでいる」といった現場の声も多く、本質的なチューニングや設計には課題が残っています。
本記事では、Excelという誰もが使い慣れたツールを用い、現場目線でPID制御のチューニングとフィードバック設計の実践ノウハウを共有します。
これから制御を学びたい方や、サプライヤー・バイヤーの立場から制御のイロハを押さえたい方にも役立つ内容を目指します。

PID制御の基本と工場現場におけるリアルな課題

PIDとは?現場の“クセ”を数値で捉える仕組み

PID制御とは、Proportional(比例)、Integral(積分)、Derivative(微分)の頭文字を取ったものです。
生産装置の「今の出力値」と「目標値」の差分(偏差)をどうやって小さく制御するか、その流れを数式で表すのがPID制御の本質です。
現場では、機械のクセや外乱(温度変化、機械の磨耗など)が当然のように発生します。
このクセと外乱を適切に手なずけるために、現場管理者やエンジニアは制御パラメータの調整=チューニングが求められます。

“勘と経験”から“科学的な設計”へ

これまで多くの工場現場では「経験的にこの値でうまくいっている」という設定値の伝承が行われてきました。
しかし、製造プロセスが高度化し、多品種小ロット化が進む現代では、属人的なチューニングでは柔軟に対応できなくなっています。
ここで注目すべきなのが、現場の実データ(Excelで記録されたログなど)を活かした科学的なアプローチです。

ExcelでPID制御を“見える化”する理由

Excelは導入コストもなく、ほぼ全ての技術者・管理者が使える点が最大の強みです。
また、計測データのグラフ化、フィードバックループのシミュレーションも容易です。
現場のオペレーターも抵抗感なく参加できるため、アナログ文化が根強い製造現場でも、デジタル時代の制御チューニングが自然に根付きます。

Excelで構築するPIDチューニングシミュレーションの例

1. 生産装置の出力(温度・圧力など)の時系列データをExcelに取り込みます。
2. 現在のPID制御パラメータを入力し、制御結果を数式で再現します。
3. 目標値(セットポイント)と応答データ&シミュレーション結果のグラフを比較し、改善点を可視化します。
4. 手動でパラメータを微調整し、過渡応答・定常偏差・オーバーシュートなどの指標を観察します。

このプロセスを繰り返すことで、経験的なチューニングから論理的・視覚的な改善への一歩を踏み出せます。

実践!Excelでステップ応答の“見える化”

PID制御チューニングの第一歩は、ステップ応答の解析です。
これは「目標値を急に変えたとき、装置の出力がどう動くか」をExcelでグラフ化することに他なりません。

基本的な手順

1. 目標値(例えば温度60℃→70℃)の切り替えタイミングと、実際の計測値をExcel上に並べて記録します。
2. Excelの散布図グラフ機能を使い、横軸:経過時間、縦軸:出力値でプロットします。
3. PID制御結果の特徴(応答速度、オーバーシュート、安定時間等)を「見える化」します。
4. P・I・Dそれぞれのパラメータを変化させた際の挙動をシート上でシミュレーションできます。

これにより、「この装置はPを上げると反応は速いが、オーバーシュートしやすい」や「Iが大きすぎて安定しない」といったリアルな特性が掴めます。

現場でよく起きる“PIDトラブル”のExcel可視化

– オーバーシュートが大きく歩留まりが悪化する
– 指示値に対していつまでも値が追従しない
– 出力値が周期的に振動する(ハンチング)

これらの現象も、Excelでステップ応答のグラフを並べれば一目瞭然です。
問題発生時のイベント記録と組み合わせれば、原因分析も効率的に行えます。

Excelで“最適”なフィードバック設計を追求する

PID制御の理論は分かっていても、装置ごと/ラインごとに最適なパラメータは違います。
また、時には単純なPID制御では限界があり、「外乱が大きい」「目標値が頻繁に変わる」「駆動機構に遅れがある」といったケースも多々あります。

フィードバックの適用範囲を広げるコツ

1. 制御対象のモデル化:装置ごとの特性をExcel数式で近似し、過去データから「応答遅れ=時間定数」「ゲイン」などを見つけます。
2. モデルパラメータを変化させ、複数パターンのPID応答をExcelで並行試行します。
3. 現場のプロセス知識(運転員の経験やメンテ履歴)を「コメント」や「データ補助列」として残すことで、次世代へのナレッジ蓄積も可能です。
4. 設備入替や新規導入時にも過去のExcelシートが“制御履歴台帳”として機能し、引き継ぎや立ち上げがスムーズになります。

バイヤー・サプライヤー視点から見た“パラメータ調整”交渉術

装置・制御システムの調達において、バイヤーとサプライヤーの双方が「性能保証」や「安定運転」を求めます。
この際、“現場のExcelシミュレーション”を共通言語にすることで、「要求仕様」「試運転データ」に科学的根拠を持ち込むことが可能です。

1. バイヤーは工場独自のチューニング履歴や最適応答グラフを提示できます。
2. サプライヤーは装置側の“制御限界”や、理論上のコントロール提案をグラフ化して説明できます。
3. これにより、従来の「あいまいな要求」「根拠なきトラブル対応」から脱却し、短時間で双方納得の着地点を見つけられます。

これからの製造業現場に求められる「デジタル×アナログ」の融合力

昭和型の“勘ピュータ”に頼るアナログ現場文化も、デジタルデータによる見える化と併用することで、ベテランと若手が同じテーブルで議論できます。
ExcelによるPID制御チューニングは、その架け橋となり得ます。

なぜ今、Excel制御可視化が重要なのか?

– 現場の言語化力・論理的思考が鍛えられる
– 属人化を回避し、ナレッジの組織内水平展開を促進する
– 取引先・協力会社とも“現場データ”で同じ目線に立てる
– 省人化やDX(デジタルトランスフォーメーション)時代の根幹を作る

製造業界が本質的に変わるには、「自分の現場を自分たちで制御・改善していく」自律的な組織体質が不可欠です。
ExcelによるPID制御の見える化とフィードバック設計は、その最初の一歩になります。

まとめ:現場力を高めるExcel活用のすすめ

PID制御やフィードバック設計は、専門的で難しい分野と思われがちです。
しかし、まずExcelを使って“今ある現場の姿”をありのままに見える化することが、最も重要なスタートです。
目先の数字を追いかけるだけではなく、“なぜこのパラメータか?”“どうやって最適化するか?”という対話の場が生まれ、現場と管理・調達部門の距離も近づきます。

これからPID制御を学びたい方、バイヤーやサプライヤーの現場理解を深めたい方、一度自分たちの現場データをExcelで可視化し、フィードバック制御の“理論と実践”を体感してみてください。
それが新たな製造業の地平線を切り拓く、大きな一歩になるでしょう。

You cannot copy content of this page