投稿日:2025年6月25日

塑性加工摩擦潤滑基礎と金型寿命向上コーティング適用ノウハウ

はじめに ― 塑性加工現場の「摩擦」と「潤滑」の重要性

塑性加工は、材料に力を加えて目的の形状へと変形させる製造業の根幹技術です。
自動車、家電、精密機器など、私たちの生活を支える多くの製品が、このプロセスによって作られています。

しかし塑性加工の現場では、材料と金型の間で発生する摩擦や、その対策となる潤滑の重要性が経営層やバイヤーにも十分に認識されていない現実があります。
「いつも通り」で続けていた慣習や感覚的な判断が、金型寿命の短命化や品質トラブル、コスト増大といった目に見えない損失につながります。

この記事では、現場実践の観点から塑性加工における摩擦・潤滑の基礎、昭和的な“やり方”から脱却するための技術視点、そして金型寿命を劇的に高めるコーティング適用ノウハウまで、20年以上の現場経験をもとに解説します。

これからバイヤーを目指す方、サプライヤーとしてバイヤーの考えを理解したい方、現場での課題に悩む技術者の方、すべての製造業関係者に役立つ内容です。

塑性加工で発生する「摩擦」とは何か

塑性加工とは、金属や樹脂などの材料に力を加え、塑性変形によって製品を成形する技術です。
代表的な加工には、プレス(打ち抜き・曲げ),鍛造、押出し、深絞り、ロール成形などがあります。

どの工程でも必ず“金型”が使われ、そして金型表面と材料表面との「摩擦」が発生します。
この摩擦は、以下のような影響を現場にもたらします。

摩擦がもたらす主な課題

・金型表面の摩耗、寿命短縮
・成形品の表面不良(傷、打痕、ムラ)
・滑り不良による成形精度低下
・加工荷重の上昇によるエネルギーロス、設備トラブル

「摩擦を減らしたい」というシンプルな課題のなかに、実は様々な不良やロスが複雑に絡み合っています。

摩擦の発生要因

現場目線で整理すると、摩擦の主な発生要因は次の3つです。

1. 材料自体の性質(硬さ、表面粗さ、酸化膜の有無など)
2. 金型材質・表面形状・表面状態(ミクロレベルの凹凸など)
3. 潤滑剤の適切な使用・選択

この3点をトータルで考えない限り、「摩耗が早い」「最近なぜか加工不良が増えた」といった根本的な改善に結びつきません。

潤滑技術の基礎知識 ― 常識を疑うことが革新の第一歩

摩擦を低減する手段として最も一般的なのが潤滑剤の塗布です。
しかし「長年この潤滑油を使っている」「取引先が指定しているから」という理由で、見直しを怠っている現場も多く見受けられます。

潤滑剤の選定ポイント

ポイントは、単に「滑りやすくする」ことではありません。

1. 目的の成形条件(材料、圧力、温度、速度など)や設備特性に合った潤滑特性を選ぶ
2. 環境負荷や作業性(臭気、発煙性、安全性)も考慮する
3. 後工程での洗浄や処理——トータルコストで判断する

たとえば、高負荷プレス加工ではEP(極圧)添加剤が不可欠ですが、逆に適用しすぎると洗浄ロスや製品品質に悪影響が出る場合もあります。
昭和世代の感覚だけに頼らず、データに基づいた選定が求められます。

最新の潤滑技術動向

環境規制強化やSDGs対応の流れから、水溶性潤滑剤、高分子系・コーティング系潤滑技術も急速に普及しています。
最新の動向としては、
・ドライ潤滑(固体被膜―MoS2, グラファイト等)
・表面改質を兼ねたプレコート剤の活用
・自動塗布装置による均一供給システム
など、多様な選択肢があります。

「同じことを繰り返していて未来はない」ことを、現場で強く実感しています。

金型寿命のメカニズムを理解する

金型は塑性加工の“心臓部”です。
1セットで数十万円から数百万円のコストがかかり、その寿命は現場の利益に直結します。
では、なぜ金型は摩耗・破損するのでしょうか。

金型摩耗のメカニズム

現場目線で分類すると、主要な摩耗・損傷原因は次の通りです。

・アブレッシブ摩耗(材料表面の微細粒子や酸化皮膜による擦過)
・アディーシブ摩耗(材料金属と金型金属の“かじり”や付着剥離)
・熱疲労(高温サイクルによるクラックやチッピング)
・腐食(環境中のガスや潤滑剤の化学反応による損傷)

コストダウン要求が強まるなか、金型の材質を安価なものにしたり、熱処理の工程を省くと、短期間で深刻な損傷が生じることが珍しくありません。

寿命向上の本質

重要なのは、ただ高価な金型材料を使うのではなく、
・摩耗/損傷モードに合致した適切な表面処理やコーティング
・磨耗を助長する原因(摩擦、潤滑不良、工程設計ミス等)の根絶
を複合的に進めるラテラルな発想です。

金型コーティングの基礎と進化

近年、金型表面へのコーティング技術は劇的に進歩しています。
特にPVD(物理蒸着)、CVD(化学蒸着)、窒化処理などが代表的です。

主なコーティング手法

1. TiNコーティング ― 耐摩耗・耐食性向上。汎用金属加工で定番
2. TiCNコーティング ― TiNより硬度高く、耐摩耗性に優れる
3. DLC(ダイヤモンドライクカーボン)― 摩擦低減、付着防止に圧倒的効果
4. 窒化処理(イオン、ガス等)― コストと耐久性のバランスに優れる
5. AlCrN, CrN, TiAlNなど多層・多元素コーティング

コーティング材や手法の選定は、加工材料(アルミ、ステンレス、高張力鋼板等)や加工条件、用途によって大きく異なります。
目先の「とにかく硬く、厚く」だけではベストな寿命延長にはつながりません。

失敗しがちなコーティング選定例

例えば、アルミ深絞り加工で安易に高硬度コーティングを選定すると、逆に密着不良や剥離、材料付着が助長されてしまいます。
現場ユーザーとコーティングベンダーの密な連携と、トライアンドエラーの実績蓄積が不可欠です。

現場で使える!コーティング適用ノウハウ

私自身、工場長として次のような実践的ポイントを重視してきました。

コーティング選定の手順

1. プレス/鍛造する材料特性とトラブル点を詳細に洗い出す
2. 使用温度・圧力・加工速度・油種類などをごく具体的に整理
3. 過去の金型損傷写真・摩耗断面などリアルなエビデンスを集める
4. 複数ベンダーから「実績重視」でサンプルを取り寄せる
5. 小ロット短期間で現場評価する「パイロット」運用を推奨する
6. 評価時は1工程、1部位だけでなく、「全体最適」の見地で検証する

現場での観察・記録方法

寿命延長のコツは、「調達速度」ではありません。
金型の摩耗部位・形状・使用条件を作業日誌や写真で地道に“見える化”し、技術者同士で課題を共有する仕組みこそが最良の勉強材料になります。

失敗事例(「この条件ではこのコーティングはダメだった」)も要評価です。
現場では成功より“失敗の記録”に技術革新のヒントが詰まっています。

アナログ業界からの脱却 ― 今こそ変革のとき

製造業、とくに素材加工や金型の世界は、今なお「経験主義」や「口伝ノウハウ」が幅を利かせる閉鎖的な分野です。
ですが、IoT・AI技術の導入や、働き方改革による世代交代で、属人的な勘や経験だけに頼れない時代になりつつあります。

データ活用・見える化の推進

現場での摩耗記録やトラブル、コーティング毎のパフォーマンスなどを写真・数値・設計データで蓄積し、「社内の知」として育てていくことで、
・次の購買・調達交渉
・新規ラインの選定
・新規サプライヤー評価
などの現場判断が、定量的・透明性の高いものになっていきます。

バイヤー・サプライヤーに求められる視座

調達担当(バイヤー)は「いかに安く仕入れるか」だけではありません。
金型寿命は現場全体のコスト・品質・納期に影響する“経営資産”です。
その価値を言語化できるバイヤーこそ、これからのものづくりを支える存在です。

一方、部品・金型サプライヤー側も「スペック通りのものを納めれば良い」という意識ではなく、エンドユーザーの現場課題に踏み込んで提案できる力が差別化要素となります。

まとめ ― 塑性加工現場から未来へ

塑性加工における摩擦と潤滑、金型寿命延長というテーマは、地味ですが製造業の根幹を支える極めて奥深い分野です。
昭和の常識に囚われず、現場の実測データと最新技術、そして失敗から学ぶラテラルシンキングで、「現状打破」の第一歩を踏み出しましょう。

バイヤー、サプライヤー、現場技術者すべてが「製造業の未来をともに考える」――この記事がそのヒントになれば幸いです。

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