投稿日:2025年9月9日

製造業におけるスコープ3排出量削減の実践的アプローチ

はじめに:スコープ3排出量とは何か

製造業の現場では、カーボンニュートラルやESG経営への注目が年々高まっています。

その中でも「スコープ3」というワードが、経営層や現場の購買担当、バイヤー、サプライヤーなど、すべての関係者の間で存在感を強めています。

スコープ3とは、「間接的な温室効果ガス排出量」を指す言葉です。

具体的には、自社が直接排出するスコープ1、購入した電力などに由来するスコープ2以外に、仕入先・販売先・物流・廃棄物処理など、サプライチェーン全体で発生するCO2などの温室効果ガス排出量を指します。

このスコープ3への対応が、今や取引先認定はもちろん、企業の生き残りまで左右しかねない時代が本格化しています。

ここでは、製造業におけるスコープ3排出量削減の実践的なアプローチについて、20年以上現場を渡り歩いた筆者の目線で解説します。

なぜスコープ3が重要視されるのか

グローバル企業・大手の基準が下流にも押し寄せる

もともと環境経営は、欧州や北米の大手企業から始まりました。

サステナビリティへの関心が厚く、「サプライチェーン全体でCO2削減を」というプレッシャーが末端の企業にまで広がっています。

TOYOTA・HONDAなど自動車業界や、電機・通信業界なども国際的な競争力確保のため、取引先にもスコープ3対応を求める時代に突入しました。

半導体や電子部品、樹脂・鋼材メーカーも同様です。

サプライチェーン全体の温室効果ガス排出量=企業の評価

顧客や投資家は、単なるコストや品質だけでなく、「温室効果ガス排出の全体最適か、取組姿勢」に注目しています。

たとえば自社でクリーンエネルギーを使っても、原材料が別の国の石炭火力で作られていれば、評価は下がります。

また、圧倒的に排出量が大きいのがスコープ3──全体の8割以上を占めるケースもあります。

これを無視した経営・現場運営はもはや時代遅れと言えるでしょう。

スコープ3排出量の算定方法とその実態

サプライヤーにも問われる「算定根拠」

これまでスコープ3は、かなり大ざっぱな計算が主流でした。

たとえば材料調達で「平均的なCO2原単位」を掛ける、物流では「輸送距離×トン数=CO2排出量」など、推定値ベースが多かったのです。

しかし最近は国際標準(GHGプロトコル)、ISO14064などを基準に、

・原材料別(樹脂・鋼材・電子部品ごとの原単位)
・工程ごとの実排出量計測(電力消費量・使用燃料による計算)
・廃棄物処理やリサイクルによるCO2換算

など、より確かなデータの提示を求める顧客が増えています。

購買・調達部門や取引先サプライヤーは、この根拠づくりをどう実現するかが大きな挑戦です。

日本の中堅・中小製造業現場はここが弱い

日本の製造業、とくに中堅・中小企業では

・自社排出量の算定ができない
・業界平均の原単位の知見が乏しい
・生産現場と総務・経営管理が連携できていない

など、昭和的でアナログな企業体質が色濃く残っています。

たとえば「どの設備が、どの材料をどれだけ使い、CO2をどこで何グラム排出したか」が分からない。

材料伝票も紙で処理、工程ごとのエネルギー消費量も見えない──

こうした課題が多数です。

現場では「また新しい帳票が増えるのか」「旗だけ振って、誰も協力してくれない」などの声も出がちです。

製造業の現場でできるスコープ3削減の実践例

調達・購買の現場で考えられるアプローチ

調達購買担当者がスコープ3削減に実効性を持たせるには、

1. 仕入先選定で「環境負荷」の数値化を重視
2. サプライヤーへの情報開示要請(CO2原単位・使用エネルギー等)
3. 共に取り組みを進める「パートナー化」

などが有効です。

例えば、樹脂や鋼材の仕入れ先に対して「製造段階のCO2排出量報告書」の提出を必須化する。

また、二次部材や副資材(段ボール・プラ材等)も同様に調査することで、原材料の段階からCO2削減の意識を定着させます。

調達先の切り替え提案も重要です。

「価格だけで選ぶ時代は終わった」と現場の意識改革を促し、スコープ3削減に積極的なサプライヤーを優遇する仕組みづくりを目指しましょう。

生産現場での改善活動に落とし込む

生産管理・製造現場では「見える化と改善活動」がポイントです。

・消費電力を工程・ロット単位で計測し、原材料との紐付けを行う
・設備の稼働効率、空運転・アイドリングの見直しによる CO2 削減
・加熱・乾燥工程のヒートリサイクル導入

など、「無理のない現実解を一歩ずつ積み重ねる」ことが大切です。

たとえば、設備ごとの電力消費をメーターで計測・データ収集することで、「どの工程で無駄が発生しているか」を把握します。

ベテランオペレーターの経験値や勘だけでなく、定量データに基づいて最適化していくのが、現代の現場改善の姿です。

また、工場のLED化や高効率モーター採用、コンプレッサーの定期点検によるエア漏れ低減も、すぐに効果が分かる取り組みです。

バックオフィス・間接部門も他人事ではない

スコープ3対応は、総務・経営管理、人事・物流・環境部門も一体となった全社活動が欠かせません。

・物流会社と組み、最適配送ルート・積載効率改善でCO2削減
・書類や伝票の電子化、テレワーク活用による移動量削減
・社内セミナーや新人教育で意識啓発

など、間接的ながら大きなCO2削減ポテンシャルがあります。

工場の現場だけでなく、事務所・オフィス自体の省エネ化も見直しましょう。

バイヤー・サプライヤー間の「本音と建前」

バイヤーが本当に求めているものとは

バイヤー(購買企業)は、単なるCO2算定データ以上の「誠実な対応」「信頼できるパートナー」を求めています。

・質問に対し、根拠あるデータで回答できる
・改善提案(再生材活用、製造法の見直し 等)を能動的に行う
・供給リスクやコスト提案も先んじて提示
・長期的なビジョンを描き、協業できるサプライヤー

こうした姿勢は、「選ばれるサプライヤー」への第一歩です。

スコープ3対応は面倒な業務負荷……ではなく、「自社の差別化ポイント」「将来の指名案件を勝ち取る手段」だと考え方を転換しましょう。

サプライヤー側から見た現場の本音

一方サプライヤー側は、

・対応工数が膨大、人手も知識も足りない
・答えることで価格や供給リスクが悪影響を受けるのでは…と不安
・数字だけで機械的に切られるのは納得できない

といった不安も根強いです。

しかし誠実に現状把握し、「短期的には数字が厳しいが、中長期的にこれだけ改善できる」と伝えることで、積極的なパートナーとして評価されるケースも増えています。

バイヤーもまた「現場の実情の壁」を理解し、Win-Winとなる現実解の模索が重要です。

アナログ業界にこそ根付くべき「学習する組織文化」

昭和型の属人的・アナログ業界において、スコープ3削減対応は「数字合わせ」だけでは根付きません。

・小さな目標設定と改善事例を全社で共有
・若手・ベテラン混成チームで新たな改善策に挑戦
・業界の枠を越えた勉強会・情報交換の場を設ける
・失敗やトラブルも率直に共有し、知見化する

こういった「学習する組織文化」こそが、脱炭素の大波を生き抜く真の力となります。

まさに現場で苦労してきたからこそ、こうしたアプローチは説得力を持ちます。

まとめ:スコープ3対応は未来への「企業体質強化」

製造業のスコープ3対応は単なる流行や一過性の負担ではありません。

むしろ、自社の強み作り・市場競争力の確保・新規取引参入の不可欠な一手です。

調達購買や生産管理、現場改善・DX導入・サプライヤー連携など、あらゆる現場実践の積み重ねが、大きな成果につながります。

本記事をきっかけに、目の前の小さな一歩からスコープ3対応に取り組み、会社と業界全体の発展につなげて頂ければ幸いです。

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