投稿日:2025年9月13日

購買担当者が知るべきコストシミュレーションの実践事例

はじめに:なぜ購買担当者にコストシミュレーションが必要なのか

製造業において、購買担当者の業務は多岐にわたります。
単なる価格交渉だけではなく、サプライヤーの選定からコスト管理、品質保証、納期調整といった現場の最前線で重要な役割を担っています。
特に、近年の原材料の価格変動やグローバルサプライチェーンの複雑化のなかで、購買の現場には高度なコスト意識とリスク管理能力が求められています。

こうした背景で注目されているのが「コストシミュレーション」です。
コストシミュレーションは、原価の積み上げや変動要素の予見により、最適な購買判断をサポートする方法論です。

この記事では、現場の実践を通したコストシミュレーションの考え方と、昭和から抜け出せないアナログ体質が根強く残る製造現場でも成果に結びつく活用事例を解説します。
バイヤー志望の方、サプライヤーの営業担当者も参考にできるよう、現場のナレッジを惜しみなく共有します。

コストシミュレーションとは何か?

コストシミュレーションとは、購買すべき物品やサービスの実際のコスト構造を想定し、変動要因に応じてコストがどう変化するかをシナリオごとにシミュレートする活動です。

購買担当者は「提示された価格が適正か?」という単純な疑問から、「部材ごとにコストを分解できるか?」「生産方式やロットによる変動を読めるか?」といった深い分析力を持つことが求められます。
そのためには、以下の三つの視点が重要です。

1. 原価構造の可視化

製品価格は原材料費、加工費、物流費、間接費などの総和で成り立っています。
この一つ一つの内訳を「見える化」し、シミュレーションの土台を作ることが第一歩です。

2. 変動要因の洗い出し

原材料の相場変動、生産量と金型償却の関係、設備稼働率など多くの変数がコストを日々変化させます。
どこまでが「固定費」で、どこから「変動費」なのか。
現場の声を踏まえつつ、要因を細分化して分析します。

3. シナリオごとの試算と意思決定

「原材料が5%高騰したら?」「ラインを昼夜2交代から3交代に変えたら?」「発注量を2割増やせばコストダウン効果は?」といった具体的なケースをデータで検証します。
場合によっては、シミュレーション結果を関係部署や経営層と共有して最終判断の材料にもします。

事例1:樹脂成形部品の価格交渉におけるコストシミュレーション

かつて私が工場長をしていた現場では、エンプラ(エンジニアリングプラスチック)成形品の価格改定交渉が大きなテーマでした。

状況の整理

大手サプライヤーから「レジン価格が15%高騰したので、製品単価を引き上げたい」と申し入れがありました。
従来型の購買なら価格案をそのまま受け取ったり、数字だけで押し返すだけの「値切り営業」に陥りがちです。

コストシミュレーションの実施

まず、実際の部品1個あたりの原材料使用量と歩留まり率、生産ロットあたりの金型使用回数、ランナー取りなど細かい工程ごとに原価を洗い出しました。
加えて、金型償却や射出時間のバラツキ、冷却設備のメンテナンスコストまで目配せします。

次に、
– 原料価格が10%、20%、30%上昇した場合のコスト推移
– 金型の小改良でサイクルタイムを2秒短縮した場合のコストダウン
– 格安グレードの樹脂を使った場合の品質リスク

など、実際の前提を数字でシミュレートしたシナリオを複数用意しました。

現場目線の成果

このデータを武器に、ただ「NO!」というのではなく「ここまではコストアップを受け入れますが、これ以上は原価構造上説明できません」という理屈をもって交渉できました。
最終的にサプライヤーも納得し、全面的な値上げ回避と納期順守を引き出すことができました。

事例2:多品種少量生産工場での生産性改善シミュレーション

次に、昭和体質が色濃く残る多品種少量型の下請け加工工場の事例を紹介します。

課題の発見

「毎月の製造原価が読めない」「現場でムダ・ムリ・ムラが多い」と長年悩んでいました。
しかし、経験則で動くベテラン作業者が多く、設備の稼働率や段取り替えの工数が「見える化」できていませんでした。

シミュレーションのアプローチ

現場の作業フローをすべて手書きで現場工程表に落とし込み、設備ごと・品目ごとの稼働時間、アイドルタイム、手待ち率を集計しました。
更に、段取り替え1回あたりのロス時間と、その頻度をアナログ的に記録しました。

その上で、「段取り替え回数を週1回削減できたら」「一定期間、特定製品生産に特化したら」といった仮説別にコストシミュレーションを行いました。

効果とアナログ現場でのポイント

「この作業改善で1ヶ月あたりどれだけコスト削減できるのか」を数値で示したことで、経営陣だけでなく現場ベテランの納得感が高まりました。
アナログ現場でも、手書き集計やマトリクス管理でも実践的なコストシミュレーションは実現可能です。
現実的な視点で「今手元にあるやり方」で一歩一歩結果につなげることが本質だと痛感しました。

事例3:サプライヤー開拓時のTCO(総コスト)評価シミュレーション

購買部門で新規サプライヤーを開拓する際に、見積価格だけに囚われて失敗する例をよく見てきました。
ここで役立つのがTCO(Total Cost of Ownership:総所有コスト)という考え方を用いたシミュレーションです。

TCOの内訳

– 購入価格(本体価格)
– 発注・受入・検査にかかる社内間接費
– 輸送費や通関手数料
– 品質不良時のロスコストや臨時配送の費用
– 納期遅延による訴訟・損失リスク など

これら全体を俯瞰し、仮に「A社(本命)」と「B社(安価だけど遠方)」の2社で5年間取引した場合のコストをシミュレーションしました。

現場でのインパクトと交渉材料

これにより、「単価は安くてもトータルコストでは高くつく」場合が明確になり、購買判断の根拠として使用できました。
また、新規サプライヤーを候補に挙げるときにも、品質や物流のリスク要素も含めて関係部署と共有することで、経営判断を「腹落ち」させる材料になりました。

コストシミュレーションに役立つ具体的なツール・手段

ITやDX化が進む昨今ですが、正直なところ製造業現場ではExcelや手書き表も根強く使われています。
現場で役立つ具体的なツールを挙げてみます。

1. Excelによるコスト原価計算書

関数やピボットテーブルを駆使して、コスト要素ごとのパラメータ分析が可能です。
テンプレートを作っておけば、どんな品目にも応用できます。

2. 原価積算ソフト・購買管理システム

IT化が進んだ工場では、受発注から納入まで一気通貫でコスト管理が可能です。
現場のパラメータもリアルタイムで反映できます。

3. アナログ現場では稲妻(ザグリ)表やストップウォッチ分析

いまも地味に活躍しているのが手書きのザグリ表(工程・時間・移動の見える化手法)や現場作業のストップウォッチタイムスタディです。
昭和のやり方でも、本質的なデータ抽出には強力な武器となります。

現場でコストシミュレーションを成功させるためのコツ

現場ヒアリングを怠らない

作業者、設備担当、品質部門など「現場の肌感」を聞くことで、表面に現れない隠れコストやリスク要因を把握できます。

仮説・検証を意識し、柔軟に仮定を見直す

最初のシミュレーションがすべて正しいわけではありません。
予実のギャップを小まめに見直し、現実に即して仮定をアップデートしましょう。

「見える化」と「納得感」の両立を意識

数字だけでは現場が動きません。
「あなたの作業がこのコストに直結している」という可視化と、「なぜこの変動が起こるのか」を伝えることが大切です。

まとめ:購買・現場の連携が「強いコスト力」を生む

コストシミュレーションは、単なる価格比較や原価積算のテクニックではありません。
現場のムダ・ムリ・ムラや、アナログ現場に潜む「お作法」を理解した上で、数字と現場ノウハウを徹底的に掛け合わせてこそ真価を発揮します。
購買担当者、バイヤー志望者、サプライヤー営業、それぞれの立場で「現場のコスト感覚」を磨き、リアルなシミュレーション力を身につけてください。

その積み重ねが、これからの厳しい製造現場で、購買力・ひいては日本のものづくり全体の競争力向上につながるのです。

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