投稿日:2025年6月26日

PID制御とスライディングモード制御によるモータ制御設計の実践法

はじめに:モータ制御の進化と製造業の現場

モータは、製造業の心臓部といえる存在です。

現代の工場では、ラインの生産効率や省エネルギー、品質の安定化を実現するため、多種多様なモータが制御されています。

しかし、昭和から続くアナログ的な現場では、未だに手動調整や経験則頼みの運用が根強く残っています。

本記事では、モータ制御技術の中でも、長年現場で使われてきた「PID制御」と、近年注目度が高い「スライディングモード制御」の実践的な設計ノウハウを紹介します。

部品バイヤーやサプライヤー、現場担当者やエンジニアまで、幅広い読者に向けた“地に足のついた”情報をお届けします。

PID制御の基礎:現場目線で理解する仕組みと役割

PID制御とは何か

PID制御とは、モータや生産設備の出力を目標値に近づけるために「比例(P)・積分(I)・微分(D)」の3つの要素で調整を行う制御方式です。

このアルゴリズムは現場で非常に多用されており、温度制御、搬送ラインの速度制御、ロボットの位置決めなど、様々な局面で採用されています。

現場でのPID制御の強みと課題

PID制御の最大のメリットは、アルゴリズムがシンプルで、昔ながらのアナログ回路やPLC(シーケンサ)にも容易に実装できる点にあります。
現場の担当者や保守員も、調整ノブや変数をいじる形で感覚的にチューニングを行いやすく、“昭和世代”にも浸透しやすいのが特徴です。

しかし、現実には「パラメータ調整が難航する」「ライン変動や外乱に弱い」「個体差・経年劣化に対応しづらい」といった課題にぶち当たることも多くあります。

例えば、温度制御PIDの場合、炉内に大きなワーク(焼成物)を入れると突然熱応答が変わってしまい、調整が崩れることが良くあります。

現場流・PID制御設計の勘どころ

現場では、机上の理論通りにPID制御が働くことはほぼありません。

大切なのは「現場の装置がどう変動するか、どこが一番のボトルネックか」を五感で掴み、チューニング時にはP・I・Dそれぞれの効果を一つずつ体感していくことです。

まずP(比例)を上げて応答性を体験し、次にI(積分)で偏差の残り具合を補います。

D(微分)は振動を止めるために調整を行いますが、ノイズ対策やセンサ精度にも目を配りましょう。

このような逐次アプローチと現場検証の繰り返しこそ、独自の“職人技”であり、現場の生きたデータの蓄積が価値につながります。

スライディングモード制御:次世代を睨んだ高度化

スライディングモード制御とは

スライディングモード制御(SMC)は、PID制御では難しい「外乱耐性」を格段に強化した制御理論です。

滑り面(スライディングサーフェス)という制御の基準線を仮想的に設定し、システム状態がこの面に張り付くようにモータを制御します。

外部からどんな変動やノイズ、パラメータ変化(摩耗、経年、温度変動)が加わっても、滑り面に引き戻す“強靭さ”が特長です。

自動車の電動パワステや精密搬送ロボット等、信頼性・再現性が問われる最先端の現場で導入が進んでいます。

なぜSMCが必要なのか?アナログ現場での変革

アナログ現場では「外乱が怖い」という声が非常に多く聞かれます。

現場ごとに環境差・装置差があり、PID制御ではいくら調整しても“ちょうどいい”状態が続きません。

スライディングモード制御は、こうした本質的な「ゆらぎ」や「外乱」を力強く消し去ってくれるため、熟練者のカンに頼らない再現性の高い制御が可能です。

昭和世代が積み上げてきた“現場の型”を、さらにワンランク引き上げるには最適のアプローチといえます。

SMC導入の実際と注意点

ただし、スライディングモード制御は設計やパラメータ設定が一気に複雑化します。

滑り面の設計や離散制御のアルゴリズムが必須で、現場担当者と制御エンジニアの密な連携が欠かせません。

また高速スイッチングによる「チャタリング現象(制御ノイズ)」が装置負荷やセンサ寿命を縮める危険性もあります。

制御盤・センサ・アクチュエータの耐久性とi/o(インプット・アウトプット)の管理強化をセットで進めましょう。

現場実装への移行には、段階的な導入と「見える化されたパラメータ管理」「再調整工数の最小化」を意識した仕組み作りがキーポイントです。

PID制御とSMCの組み合わせ:ハイブリッド設計の考え方

融合型アプローチのメリット

近年は、PIDとSMCを目的や用途によって“使い分ける”または“組み合わせる”ハイブリッド設計が急増しています。

ラインの立ち上げ、常用域の平常運転には安定したPID制御を活用し、突発的な外乱や急なセットポイント変更時にはSMCでダイナミックにリカバーします。

これにより生産ライン全体の「安定性と柔軟性」が飛躍的に向上します。

設計・メンテナンス現場での具体的な実践例

例えば、自動車部品を搬送するコンベアラインでの用途を考えてみましょう。

日常的な定常運転ではPID制御でSmoothな速度制御を行い、重い部品が載ったりコンベアが急停止したときだけSMCで急激なトルク制御を発動します。

これにより摩耗や過電流を回避しつつ、品質不良やトラブル回数も大幅に減らすことができます。

また現場目線では、既存のPID制御BOXにあとからSMC機能を後付けする「モジュラー化」や「パラメータ可視化ツール」との連携も重要です。

システム全体の見える化(ダッシュボード化)によって現場力が強化され、属人性脱却にも繋がります。

部品バイヤー・サプライヤーに求められる新たな視点と役割

“制御要件”主導の部品選定へ

従来、多くのバイヤーは価格や納期だけを軸にモータや制御パーツの選定を行ってきました。

しかし、PIDやSMCベースの高度な制御設計では以下の観点が今まで以上に求められます。

– ドライバIC・マイコンの制御性能とアルゴリズム親和性
– ノイズやチャタリング耐性に優れるエンコーダやセンサの精度
– 現場の再調整容易性(ファームウェアや調整ツールのサポート)
これらは単なる物理的スペックやコストではなく、「どれだけ現場運用に馴染むか」といった現場目線に立った判断軸です。

バイヤーやサプライヤーも技術理解を深め、制御設計段階から積極的に現場ヒアリングを行う姿勢が重要です。

“つながる設計”の先読み提案力

また、IoTやデジタル化が進む現代では、調達するモータ部品・制御機器が「工場全体のネットワークや制御アーキテクチャ」にどう組み込まれるかも重視されます。

たとえば、SMCなどの複雑な制御設計に対応した柔軟性あるPLC・ドライバを提案できるサプライヤーは、自社の付加価値を大きく向上させます。

今後は部品の単品品質だけでなく、「保守サポート」「適応設計」「現場教育ツール」といったトータルソリューション提案が生き残るカギを握ります。

まとめ:これからのモータ制御設計と現場発想の重要性

PID制御は、昭和から令和へと長きに渡って製造現場を支えてきた息の長い仕組みです。

現場目線での“地に足の着いた”チューニング力は、これからも現役を続けるはずです。

一方で、SMCのような最先端の制御理論は、製造ラインの変化や外乱に柔軟に追随し、品質と事業競争力を大幅に向上させる新たな武器となります。

部品バイヤーやサプライヤーも、制御理論と現場運用の本質を理解し、「顧客現場のことを本気で考えた提案力」が今後ますます必要になるでしょう。

現場に根付いたノウハウと、時代を切り開く新技術。

この両輪を持って、新たな価値創造に挑戦していただきたいと心から願います。

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