投稿日:2025年11月3日

サステナブルアパレル生産に求められるトレーサビリティ管理の実践法

はじめに〜サステナブルアパレルとトレーサビリティの重要性

近年、サステナブル(持続可能)という言葉がアパレル業界でこれまで以上に注目を集めています。

環境負荷の低減や人権配慮など、多様な観点から「どう作るか」「どこで作られたのか」を消費者が重視するようになりました。

その根底にあるのがトレーサビリティの確立です。

この記事では、現場で直面するリアルな課題をもとに、アパレル生産に求められるトレーサビリティ管理の実践的な方法を解説します。

また、調達・購買、生産管理、品質保証に長く携わった目線で、従来から続くアナログな現場や、業界構造からくる課題にも深く踏み込みます。

なぜアパレル生産にトレーサビリティが必要なのか

1. 消費者と社会からの信頼が強く求められている

現代の消費者は、商品そのもののデザインや価格のみならず、「この商品は倫理的か」「社会的責任を果たしているか」に強い関心を寄せています。

グリーンウォッシュという言葉があるように、表面的なサステナビリティ訴求では評価されません。

本質的に持続可能性を備えている証明が社会的な信用に繋がるのです。

そのため、原料となる綿花や化繊がどこでどのように調達されたか、製造工程の安全性、人権面の配慮まで、一貫したトレーサビリティが重要となります。

2. サプライチェーンが長大かつ複雑化している

アパレル製品は多くの場合、原料調達から最終製品化まで、多数の専門会社や海外工場が関わります。

「顔の見えない」多段階調達が一般的で、たとえば糸→生地→染色→裁断→縫製→仕上げという工程ごとに複数国にまたがるケースも珍しくありません。

このため、万一の品質問題や社会的なコンプライアンス違反が生じた場合、迅速な追跡が極めて難しくなっています。

トレーサビリティと情報管理は単なるリスクヘッジを超え、価値創造の礎ともいえるでしょう。

アパレルにおけるトレーサビリティ管理の全体像

1. トレーサビリティの定義と目的

アパレル分野におけるトレーサビリティとは、「原材料から製品出荷まで、各工程での情報(履歴・担当者・証明書等)を一元的に記録・管理し、すみやかに追跡できる仕組み」を意味します。

目的は大きく三つあります。

– 品質・安全トラブル発生時の迅速な原因特定・対応
– 適正な素材・原料・工程の証明
– 社会的責任(CSR/ESG)の証明と説明責任の遂行

2. 管理すべきトレーサビリティ情報

製造業の現場経験から見ると、アパレル製品のトレーサビリティにおいて特に重視されるのは以下の情報です。

– 原材料(例:オーガニックコットン、リサイクルポリエステル)の調達先、生産地
– 各加工工程(紡績、染色、織布・編立、裁断、縫製)の実施場所、協力会社名、実施日時、ライン情報
– 生産・輸送ロット番号
– 加工委託・外注記録
– 認証取得状況(GOTS等)
– 労働環境・人権配慮の証明(第三者監査証明書など)
– 環境負荷情報(CO2排出量・水使用量など)

昭和から続く「見える化」しにくい問題と現場課題

1. なぜ現場でトレーサビリティ管理が難しいのか

製造現場では、トレーサビリティの重要性は言わずもがなですが、いざ現場で徹底しようとすると「作業負荷が増えて非効率だ」「協力会社が非協力的」「IT化への抵抗感が強い」など様々な壁に直面します。

とくに昭和型の「帳票主義」や「伝票回し」といった商慣行が根強い現場では、情報をデータ化して一元管理することが大きなハードルとなっています。

また、下請け多重構造や海外委託先への指導が及びにくいことも、サプライチェーン全体の「見える化」を妨げる背景となっています。

2. 業界動向から見る「進まないDX・進むグローバル」

多くの中小製造業・縫製工場は、安価な人手労働の競争力を維持してきました。

結果として現状維持のマインドが強く、新しいITシステム導入や自動化投資は後回しにされがちです。

一方で、大手アパレルブランドはグローバルなCSR要請や法規制(欧州のデューデリジェンス義務化など)を背景に、積極的なトレーサビリティ強化へと舵を切っています。

この「格差」が今後の業界淘汰を加速させる要因ともなり得ます。

バイヤー・サプライヤーの視点で実践するトレーサビリティ管理法

1. サプライヤー側(製造現場)の実践項目

– 原料購入段階から生産ロット情報・納品書・証明書(認証書等)を紐付ける
– 加工指示書や生産指示書に工程番号・担当者・日付を明記し、記録を電子化する
– 受け入れ・出荷の際はバーコードやRFIDなどのタグを活用し、誤出荷や混入を防止する
– 下請けや外注先にも決して丸投げせず、情報連携や監査を意識的に行う

2. バイヤー側(調達・購買担当)の実践項目

– サプライヤー選定時には、第三者認証取得や工程管理体制を必ずチェックする
– トレーサビリティ情報の提出を契約条件とし、更新を定期的に求める
– 緊急時にはロット番号から該当品の起点と流通先を即特定できるような仕組みを構築する
– システム化が難しい場合でも、最低限「どこからどこへ流れていくか」を文書・ファイルで管理徹底する
– 海外委託や間接調達品については、監査・現地視察も定期的に実施する

最新事例:IT技術の積極活用

1. ブロックチェーンによる情報改ざん防止

バイヤーの要求レベルが年々高まるなか、注目を浴びる新技術の代表格がブロックチェーンです。

従来のシステムでは、途中の関係者による「なりすまし」や「ごまかし」が課題でしたが、ブロックチェーンは各工程の記録が改ざん不能な形で共有されます。

これにより、消費者やバイヤーがスマホでQRコードを読み取るだけで、「このTシャツの原綿はここで採れたもの」などリアルタイムで確認できる事例も増えています。

2. IoT・RFIDの活用でロット追跡精度向上

RFID(ICタグ)の利用は、繊維から縫製、物流まで一貫したロット追跡を実現します。

これにより、従来の紙伝票や手書き台帳より格段に正確な「どこで何が生産されたか」を管理できます。

IoTセンサーを使った環境データ(温度・湿度・CO2排出量など)の自動収集も、グリーンレポートやESG報告に効果的です。

アナログな現場こそ、「小さな一歩」を始めよう

トレーサビリティ管理の理想像だけを見ていると、「うちの現場には無理」と諦めてしまいがちです。

ですが、まずは「受入・出荷時のロット番号メモを撮る」「ファイル名を日付と品目名で一元管理」「バーコードリーダーの導入に挑戦する」という小さな変化からでも現場改善は始まります。

DXを推し進めるのは特別なことではありません。

アナログとデジタルの併用というハイブリッド志向が、この変革期の日本的ものづくり現場では強みになるのです。

まとめ:トレーサビリティは「守り」から「攻め」の技術へ

持続可能なアパレル生産は、単なるリスク回避・法令順守のための「守り」の仕組みに留まりません。

むしろトレーサビリティを確立することで、自社サプライチェーンのストーリーを大きな武器にできます。

「どこで」が「なぜ」「どんな思いで」に変わるとき、製造業は社会からより深い信頼を獲得し、次の競争力へと繋がるのです。

現場の小さな一歩の積み重ねが、アパレル産業の新たな未来を切り拓くと確信しています。

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