投稿日:2025年6月11日

要件の漏れ未然防止と要件未確定なシステム開発における品質確保

はじめに ~ なぜ要件漏れが起きるのか?

製造業におけるシステム開発は、従来から「要求事項の漏れ」や「未確定なまま進む要件」が大きな課題となっています。

現在も多くの工場や現場では手書きや紙帳票が根強く残り、デジタル化や自動化の動きとアナログ文化が混在しています。

特に調達・購買部門や生産管理部門、工場の現場では、現場ごとに独自の運用や暗黙知に支えられた業務が多く、全体像の取りまとめが困難です。

こうした現状の中で、システム開発を外部SIerやベンダーに依頼するとき、期待していた機能や業務プロセスがシステムに盛り込まれていなかった、業務フローの違いや解釈のズレで要件が抜け落ちてしまった、といった問題が現場で頻発しています。

それでは、なぜこのような要件漏れや未確定要件が発生しやすいのでしょうか。

昭和的アナログ文化とシステム開発の溝

現場主導・口伝文化がもたらす落とし穴

多くの製造業の工場やオフィスでは、昭和の頃から脈々と受け継がれる「現場力」が重視されてきました。

例えばベテラン作業者による、細かな品質チェックや機械の職人芸的なトラブル対応、仕入れ先との暗黙の交渉術などです。

こうした知識は紙の手順書に表現しきれず、阿吽の呼吸で運用されています。

この現場中心の文化は、実はIT化・システム化においては大きな障害となってしまいます。

なぜなら「紙に書けない業務」「言語化できないノウハウ」が、そのまま要件定義書に落ちてこないからです。

また、「何をどう伝えるべきか」を現場側も整理・認識できていない場合が多く、結果として「こんな仕様は想定外だった」というトラブルへとつながります。

ベンダーとのコミュニケーションギャップ

システムを開発するベンダー側・SIer側はITのプロですが、製造業現場の細かな業務プロセスや慣習、背景までは把握できていない場合が多数です。

特に旧来の帳票や紙ベースで回っていた業務フローは、現場とのすり合わせ・ヒアリングなしでは正確にデジタル化しにくく、誤解も生まれやすいです。

現場の「空気」や「常識」を説明せずに、「分かるはず」「伝えてあるはず」と思い込むことで、肝心な“要件”が漏れてしまいます。

要件漏れ・未確定要件がもたらす品質リスク

初期不良・業務停止リスク

実際の開発プロジェクトにおいて、要件漏れがあれば本稼働直後からトラブルが発生します。

たとえば、「購買依頼時の承認者選択フローが考慮されていなかった」、「現場品番の表記揺れが吸収できず在庫管理に支障が出た」、「発注先リストの更新権限が不明瞭で運用が滞った」などです。

これらは本稼働後、“現場が回らない”致命的な品質不良、ダウンタイム、納期遅延・クレームなど深刻な問題につながりやすいです。

改修費用増大・バグ温床化

また、未確定の要件が本番リリース後に発覚した場合、「この仕様では使えない」「やっぱり追加が必要」といった“後出し要求”が続出します。

これを都度改修していると、システム設計が複雑化し、非効率で管理しにくい“負の遺産”が積み上がります。

最悪の場合、要件未確定のまま雑多なパッチ対応を繰り返し、システムは“バグの温床”となります。

こうした事態を未然に防ぐため、開発の初期段階での“要件の完全把握”と“未確定事項の明確化・管理”が絶対に不可欠なのです。

要件漏れ・未確定要件を防ぎ、品質を確保するための現場目線のアプローチ

ラテラルシンキング的「要件掘り起こし法」

安易に「現場ヒアリング」や「要件定義書テンプレート」に頼っても、根本的な抜け落ちが発生します。

ここで重要なのは、“表現されていない業務”や“想定されていない異常系”まで徹底的に掘り下げる意識です。

たとえば、
・「日々の運用でよく起こる“例外”は何か?」
・「帳票の余白に手書きされている内容には、どんな意味・ノウハウが詰まっているか?」
・「一番ベテランの現場担当者が手を動かすとき、なぜその順番なのか?」
・「現物・現場でしか分からない情報(温度・湿度の管理、部品の癖など)はどこにあるか?」

といった観点で“Why?”“How?(どうやっている?)”を繰り返し問い直す「ラテラルシンキング的な視点」が必要です。

シナリオベース(ユースケース駆動)での要件整理

一般的な要件定義書では機能一覧・帳票一覧が中心になりがちですが、“実際の業務シナリオ”を時系列で書き出すユースケースベースの整理法が有効です。

・「このデータは誰が、どのタイミングで入力するか」
・「異常値・例外が出たとき、誰に通知され、どう処理されるか」
・「煩雑な迂回ルートやイレギュラーなケース対応の流れは?」

これらを「現場のオペレーション実感」を交えて書き起こし、ヒアリングだけでは拾えない運用上のトリックや暗黙知を“あえて言語化”することで、要件の抜け漏れが減ります。

アナログ現場の「紙に残った痕跡」を生かす

昭和的アナログ業務でもたいてい「やりくりのメモ」「カスタマイズされたフォーマット」「帳票の余白記入」など、現場が自衛的につくった“工夫の痕跡”があります。

これらをすべて洗い出し、システム化時に「なぜこうなっているのか」「この運用の裏にあるニーズ、懸念は何か」を徹底的に再確認しましょう。

バイヤー(購買側)目線であれば、仕入先からの見積書に押された非公式の判子や、納期調整の“電話メモ”などが要注意ポイントです。

発注後の急なスペック変更や顧客要望対応も含め、バックヤードに隠れた「真の業務実態」を浮き彫りにしましょう。

未確定要件の“見える化”と管理

要件定義時点で決まっていない内容、“仮決め”にされているルールも、必ず「未確定事項リスト」として明文化する。

ここに
・いつまでに
・誰が
・どの観点で決めるべきか
を明記して「要件確定マイルストーン」として管理します。

業界でありがちな「最後は現場で柔軟に対応」「上司が決める」といった“曖昧管理”を放置しないことが、品質確保の一丁目一番地です。

製造業としての「現場主導・品質文化」のアップデート

現場リーダー・オーナーシップの徹底

本当に品質の高いシステムを作るには、現場担当者が「システム開発=自分事」として能動的に参画することが必要です。

ベンダーへ丸投げしたり、「ITのことはシステム部門に任せる」では不十分なのです。

現場リーダーが日々の業務とシステム設計とを“つなぐ”責任者となり、トライアル運用・シナリオテスト・日々の現場改善活動まで自らリードすることが、未然防止への最大の近道です。

昭和文化からの脱却~標準化と業務見える化

暗黙知や個人依存、紙や口伝ベースから脱皮し、業務プロセス・ルールを標準化・見える化することが、今後の製造業には不可欠です。

帳票や運用フロー、チェックリストなどを現場発でドキュメント化し、「誰が見ても分かる」「誰でもできる」形へ落とし込む。

これが結果的に“要件漏れしない”システム開発=品質確保への王道になります。

業界動向と今後のバイヤー・サプライヤーへ向けて

日本の製造業は、世界的なデジタル変革(DX)の波により、紙やアナログ文化から「標準化・自動化・IoT化」へ大きく舵を切り始めています。

サプライチェーン全体の「トレーサビリティ」「需給最適化」「在庫最小化」などを見据え、購買・生産管理・現場をまたいだデータ化が急務です。

この流れの中で、バイヤーの役割も単なる購買価格交渉から「サプライヤー協調によるプロジェクト推進」「リスク共通認識による品質確保」へと変化しています。

サプライヤー側としても「顧客バイヤーの現場目線」「その奥にある要件・運用リスク」を理解し、ただ依頼されたことをやるのではなく、“提案型のシステム開発”に進化することが生き残りの条件となっていきます。

まとめ ~ 現場力×要件定義力で真の品質向上を

製造業、特に調達・購買・生産管理・品質管理の現場では、昭和時代から続くアナログの良さと、これからのデジタル化による効率化・リスク低減の両立が求められています。

要件漏れや未確定要件を未然に防ぐには、現場の暗黙知やイレギュラー運用まで深掘りし、紙に残った痕跡から本当の“現場業務”を言語化し、シナリオベースでシステム要件へ落とし込むことが極めて重要です。

「製造業は昭和のまま止まってはいられない。しかし、現場の知恵を活かしながら、真の標準化・見える化へと進化することこそ、日本のものづくりにおける品質革新の本質である」と私は強く信じています。

バイヤーを目指す方、サプライヤーの立場でバイヤーの思考を知りたい方も、ぜひ今後のDXを自分ごとに捉え、“要件定義力×現場力”こそが飛躍へのカギだという視点を、日々の業務に活かしてみてください。

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