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価格競争を煽られ適正利益を確保できない問題

目次
はじめに:価格競争がもたらす調達・購買部門の現実
製造業において、調達・購買部門は企業の利益構造の根幹を支えています。
しかし、多くの現場で「価格競争」が過剰に煽られ、本来確保すべき適正利益が満足に得られないという深刻な問題が続いています。
買い手(バイヤー)側の視点、売り手(サプライヤー)側の視点、また両者を取り巻く業界全体の構造の歪みが積み重なり、現代の製造現場では「価格は下げるのが当然」といった昭和的思考が今なお根強く残っています。
この記事では、長年製造業現場で培った経験をもとに、調達購買の実務、工場運営のリアルを浮き彫りにしつつ、価格競争に巻き込まれ「適正利益」を確保できない原因とその裏側に横たわる課題、さらには現代的な解決策について解説します。
価格競争が激化する背景
バイヤー視点:数字優先のKPIとコストダウン命令
調達部門には、毎期コストダウン目標が厳しく課せられることが少なくありません。
「昨年度比5%削減」「業界最安値のベンチマークに合わせろ」など、現場の購買担当者は、成果を「数字」で問われ続けます。
過剰なコストダウン圧力は、サプライヤーへの一方的な価格引き下げ要請となりやすく、本質的なバリュー(品質や納期、技術力、安定供給力など)ではなく「値段」だけの短絡的比較に陥ります。
サプライヤー視点:値引き圧力とサステナビリティの崩壊
サプライヤー側も「取引を失いたくない」「既存顧客から切られたくない」という事情から、過剰な値引き要請を渋々受け入れざるを得ないケースが多く見られます。
その結果、本来ならば必要な利益が確保できなくなり、体力のあるサプライヤーはまだしも、中堅・中小の取引先は、逆ザヤや従業員へのしわ寄せ、設備投資や人材育成への投資削減が慢性化します。
ひいては倒産リスクや、品質クレーム・納期遅延など、サプライチェーン全体の弱体化にも繋がります。
業界構造と昭和的慣習:単価至上主義が根強く残るワケ
日本の大手製造業は、かつてのバブル景気、強い円高、不況期のリストラ、そして「自前主義」「系列意識」が入り混じる独特の環境で育ってきました。
価格交渉も「担当者同士の阿吽の呼吸」や「年次の伝統行事」として根付きがちです。
いまだに「安く買わなければ調達担当として評価されない」「値引き交渉が担当者の腕の見せどころ」といった昭和的方法が抜けきれず、サプライヤーにとっての適正利益や、持続可能なパートナーシップの視点が置き去りになっています。
適正利益を確保できない弊害
サプライヤーの疲弊と地盤沈下
無理な価格競争は、サプライヤーの経営を圧迫します。
人件費の抑制による人材不足や、熟練工の技術伝承の停滞、必要な設備投資の先送りなど、長期的には競争力自体が失われていきます。
その結果として、日本発の高度なモノづくりや部分最適化が維持できなくなり、製造業自体の地盤沈下につながる危険性が高まります。
品質・納期リスクの増大
適正な利益が出せないと、サプライヤーは品質・納期管理に十分な投資ができません。
実際、筆者自身も、無理なコストダウン要請が納期遅延・納入ミス・品質クレームの根本原因となった事例を多数見てきました。
「悪循環」の構造が根を張ることで、最終的にエンドユーザーへの信頼失墜、ブランド毀損を招きます。
サステナビリティ推進への逆行
世界的にはサプライチェーン全体での「持続可能性」(ESG、SDGs経営)が強く求められる時代です。
適正利益の確保は、その基盤となるものです。
にも関わらず、短期的な価格引き下げだけを優先すると、環境対策やコンプライアンス、人権・労働施策への投資も削られ、グローバル市場で通用しない体制が形成されてしまいます。
既存モデルの限界:昭和的アナログ取引の落とし穴
人間関係に依存した価格交渉の時代遅れ
いまだにFAXや電話、営業マン同士の付き合い、宴席での交渉、あるいは書面上の根拠なき「社内稟議」のみで価格が決定される。
こうしたアナログな手法は、データドリブンによる客観評価や、真の競争力分析から遠ざかります。
企業全体や業界全体で見た時には「最適な調達」「全体最適」に逆行する結果を招きかねません。
スポット取引による不安定化と信頼性低下
短期の入札、スポットごとの価格競争、安値応札サプライヤーへの丸投げ調達など、「次の発注先さえ確保できればよい」という場当たり的な調達スタイルが横行しています。
その場しのぎの調達は、納期・品質トラブル時の対応力低下、技術ノウハウの蓄積機会の喪失、サプライチェーン全体の信頼性低下につながります。
解決のヒント:新たな調達購買の視点
本質的バリューの見極めと価格以外の評価軸
調達購買部門こそ、価格だけでなく品質・納期・技術力・供給安定性・環境対応といった「総合力」を評価し、トータルコストで意思決定する姿勢が必要です。
また、現場目線で「なぜこの価格なのか」「この利益率がサプライヤーの継続的な成長にどう寄与するのか」を考えることも極めて重要です。
パートナーシップ型のサプライチェーン形成
価格競争だけを煽るのではなく、長期的なWin-Winを見据えたパートナーシップ構築が不可欠です。
単なる「買い叩き」から、「共同コストダウン」「共同改善活動」「技術交流」へと関係性を進化させることが重要です。
現場では、現物現場現実(3現主義)を踏まえた開発購買・現場改善につなげる試みや、VE(バリューエンジニアリング)/VA(バリューアナリシス)の導入事例も増えてきました。
デジタル化による調達業務の高度化
サプライチェーンマネジメント(SCM)や調達の高度化にはデジタル活用が不可欠です。
過去の取引実績や市場相場をAIで自動分析し、価格/供給能力/品質リスクまでを総合評価するシステムの普及も進んでいます。
また、調達の適正化に加え、トレーサビリティやサステナビリティ監査もデジタル上で進めるケースが増えています。
調達スキルとして身につけるべきこと
価格交渉のテクニックだけでなく、サプライヤーの収益分析力、現場改善のノウハウ習得、自社と取引先双方の「企業体力」を理解するリテラシーが今後重要になります。
とくに生産現場や現物の流れを自ら見て、現場の実情を把握したうえで調達判断ができる人材が求められています。
サプライヤー側の立場でバイヤーを理解する
サプライヤーにとっても、単なる値引き要請に抗うのではなく、なぜバイヤーがその価格を要求するのか、その背後にある企業体質、業界構造、KPIや経営指標を正しく理解することが必須です。
顧客企業が抱えるコストプレッシャーや、市場環境の変化まで視野にいれつつ、自社が提供できる独自価値(技術提案力、短納期対応、新素材の開発、SDGs対応力など)を筋道立てて訴求しましょう。
また、「見える化」や「デジタル化」「共同カイゼン」の提案は、単なる値引き要請から脱却する絶好の突破口となっています。
おわりに:適正利益こそ持続可能な競争力の源泉
価格競争は企業にとって避けては通れないテーマですが、それがサプライチェーンの首を締める「過剰な競争」となっては本末転倒です。
調達購買部門、バイヤー、サプライヤー、その全てが志すべきは「適正利益の確保」と、長期的成長を見据えた健全な信頼関係の構築です。
昭和型のアナログ的価格交渉や、単純なコストダウン要求から脱却し、すべての現場で「持続可能性」を支える調達モデルを確立することこそが、これからの日本の製造業に不可欠です。
経験豊かな現場の視点と、時代の最先端をいく知見。
両者を武器に、今こそ調達・購買の在り方を根本から見直す時が来たのではないかと、私は強く考えています。
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