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金属加工企業が初めて消費者向け製品を販売するための価格設定と原価設計

目次
はじめに:製造業の逆風と「消費者向け」に挑む理由
日本の金属加工企業は長くB2B取引、いわゆるメーカーへの部品供給や下請け構造の中で成長してきました。
しかし国内市場の縮小、価格競争の激化、人材不足により従来のままでは生き残りが難しくなっています。
こうした背景の中、加工技術や品質を武器に「自社ブランド製品」で消費者市場に新規参入しようとする動きが活発化しています。
とはいえ、B2BとB2Cのビジネスモデルや価格設定の考え方は根本から異なります。
本記事では、私自身が現場で培った生々しい経験と、アナログ体質が根強く残る業界ならではの落とし穴をもとに、「価格設定」「原価設計」の考え方や実践例をご紹介します。
B2BとB2C、価格設定の決定的な違いを知る
コスト積み上げ式から価値基準型へ
これまで金属加工業が長年慣れ親しんできた「価格の決め方」は、材料費・加工賃・人件費・外注コスト・間接経費といった”原価積み上げ”にマージンを乗せて決定する方法です。
一言でいえば「赤字にならない価格」=「最低損益分岐点をクリアできればOK」という考え方です。
一方、消費者向け製品の世界では、単なる原価計算ではなく「市場が求める価値」や「価格帯で期待される付加価値」をベースに価格が構成されます。
顧客が”その価格でも買いたい”と感じる体験価値を、どれだけ創出・説明できるかがポイントです。
下請けの呪縛を断ち切る「価値思考」
たとえば同じステンレス製のタンブラーでも、「熱が逃げにくい高い保温力」「職人による日本製」「贈答品用途に映えるデザイン」のような特徴やストーリーがあるものは、量販店や100円ショップの製品よりはるかに高い価格でも一定の需要が生まれます。
マージンは30%どころか100%を超えるケースもザラです。
最初に「自分たちの製品ならではの訴求ポイント」を掘り下げ、それに見合う価格帯を設定し直す必要があります。
価格戦略の設計プロセス
1. 市場リサーチからスタート
まずは売ろうと考える製品が、どのジャンルに該当し、市場の相場がどうなっているかを徹底的にリサーチします。
ネット通販(Amazon、楽天市場、Yahoo!ショッピングなど)や、クラウドファンディングに出ている類似商品を調査すると、原価や技術の裏側までは分からなくとも、「どんな価値訴求で、いくらなら売れているか」が把握できます。
目安として
– 低価格ゾーン:圧倒的な出荷量で勝負、利益率は極小
– 中価格ゾーン:明確な特徴と訴求で趣味・こだわり層を狙う
– 高価格、プレミアム層:ブランド力や独自性、限定性で単価×高利益率
の3レイヤーに分類できます。
2. ペルソナ(ターゲット)の明確化
買い手がメーカー担当者ではなく「一般消費者」に変わる以上、商品企画段階から、どんな世代・価値観・生活シーンの人に買ってもらいたいのかを明確にします。
「40代の男性、アウトドア好き」「女性起業家向けのデスク雑貨」「子育て家庭の安全第一キッチン用品」など、理想の顧客像(=ペルソナ設定)は極めて重要です。
なぜなら、同じ製品でも「1000円ならOK」と感じる層と「1万円でも欲しい」と感じる層では期待する品質基準もまったく異なるからです。
3. バリューアップ設計と差別化
B2C向け商品では「ただの機能」だけでなく、所有感・ストーリー・地域色・限定性といった無形の価値が強く求められるのが現代消費者のトレンドです。
特に昭和型の「技術力がある=製品は売れる」思考から脱却し、体験やライフスタイルをどう豊かに変えるかという視点が不可欠です。
たとえば
– 「〇〇地域の伝統工芸とコラボしたパーツ使用」
– 「廃材をアップサイクルした1点もの」
– 「工場見学ができる購入特典」
といった付加価値の積み上げが、高単価・高利益率の核となります。
原価設計、製造業の「経験値」だけでは通じない難しさ
「原価構造」の根本的な再設計が必要
下請け構造で培った“見積もりノウハウ”を流用すると、B2Cでは致命的な見落としが起きます。
その1つが「販促コスト」と「流通マージン」です。
自社通販サイトだけでなく、量販店・セレクトショップ・クラウドファンディング・ECプラットフォームなど、販路ごとに手数料や販促費が発生します。
たとえば小売店経由であれば、販売価格の30~50%がマージンとして差し引かれます。
また、SNS運営・広告出稿・ブランディングのための経費も、B2Bにはなかった重い負担となります。
製販分離を基準としたコスト設計
原価設計では以下のように「最低限求められる利益構造」で逆算するのがおすすめです。
– 販売希望価格から、小売店・ECの手数料を逆算
– 切り捨てできないマスト販促費(撮影・デザイン・広告含む)も計上
– 一定期間の売れ残り・返品・廃棄リスクも見込んでおく
– 一個単位で見るのではなく、”ロット生産時の単価”の上下もシミュレーション
このように徹底的に「消費者に届くまでの全コスト」を洗い出し、最初から粗利25~35%は死守できるラインに価格を設計しましょう。
製造現場のアナログ思考がブレーキになる瞬間
現場目線で言えば、「1個〇円で作れるし、人件費+材料費+光熱費くらいでいいだろう」と見積もってしまう事例が後を絶ちません。
ですが、現実には宣伝・物流・返品コストで利益を食われ、気付けば「赤字ババ抜き」状態に陥ります。
この部分は
– 「今までの工賃ベースでなく、B2C型の粗利構造に再設定が必要」
– 「業界特有の勘と慣習のバイアスを“いったん捨てる”勇気が大切」
という強い意識変革が必要です。
現場経験から学んだ「失敗しない」実践アプローチ
1. 極小・限定ロットで試す
一気に大ロット量産に飛びつくのはリスク大です。
まずは少量生産×クラウドファンディングや、ECテスト販売で市場の手応えと顧客声を検証します。
失敗の多くは「自分たちの技術なら絶対売れる」と思い込み、生産数や投資額が膨らみすぎて在庫の山を築くパターンです。
仮に利益ゼロで終わったとしても「売れる価値」「響かなかった価値」を数値と声で把握することが、次製品への最大の投資となります。
2. SNSとリアルイベントの活用
B2Cではブランド認知度ゼロからのスタートです。
現場職人や設計者の想い、工場の歴史、製造過程のこだわり…そうした“ストーリー”を積極的にSNSやYouTube、展示会、地域イベントで発信しましょう。
「人と技術」「顔が見えるモノづくり」「人柄が見える商品ページ」ほど、今の消費者市場では強い訴求力を持っています。
評論家的な説明ではなく、「あなたの生活にどう変化が生まれるか」という視点で語るのがコツです。
3. 計画的な原価見直しとPDCA
価格設定と原価設計に完璧な正解はありません。
重要なのは、定期的な売上データ・顧客アンケート・競合動向の分析結果から、価格×原価×付加価値バランスを見直し続ける仕組みです。
– どんな付加価値が単価の上昇に直結したか
– 売れ筋と不良在庫にどんな差があったか
– 顧客の声で新たなヒントは得られなかったか
このようなフィードバックループを、現場・営業・設計が横断しながら回していくのが理想です。
これからの業界動向と、バイヤーやサプライヤーが取るべき行動
日本の製造業に求められる「変化への俊敏性」
製造業では、「自分たちにしかできない技術」が商売の根幹でしたが、その優位性自体がグローバル競争やAI×ロボット化によって一気に薄れつつあります。
バイヤー(仕入担当)の立場としては、本当に「高くても売れる理由」が説明しやすい製品・ストーリーを持つ企業との協業を志向し始めています。
サプライヤーは「技術の安売り」から「ブランディング・ストーリーの付加」へとシフトし、提案型営業や新たな販路開拓が必須です。
日本的アナログ業界ならではの強み(信頼、品質、小回り)+デジタル時代の発信力が両立したプレイヤーが、今後必ず台頭してくるでしょう。
まとめ:目指すべきは「技術の再定義と付加価値の追求」
金属加工企業が初めて消費者向け製品に挑むためには、従来の原価積み上げ思考や業界慣行を一度疑い、「本当の価値がどこにあるか」「その価値にどれだけ対価が払われているか」を徹底的に見直すことが第一歩です。
現場感覚や技術者心理を活かしつつ、消費者目線でのバリューアップ・価格設計を粘り強く試行錯誤し、時代の変化にしなやかに対応する。
その営みこそが、今後の製造業の新たな成長エンジンになるのではないでしょうか。
これから消費者向け市場に飛び出す企業や担当者の皆さまに、現場経験者の想いと共に心からエールを送ります。
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