投稿日:2025年9月3日

仕様の優先順位付け:Must/Should/Couldでコストと納期を制御

はじめに:製造業の現場で求められる仕様の優先順位付け

製造業の調達や生産、品質管理などの実務の現場では、顧客や設計部門から要求される「仕様」に頭を悩ませることが多いです。

一方で、バイヤーとしてサプライヤーと向き合う際も、「どこまで譲歩できるのか」「どこを死守するべきか」の判断が重要になってきます。

今回は、現場で使える「Must/Should/Could」のフレームワークを活用した“仕様の優先順位付け”について、アナログな慣習が根強い製造業の実態を交えつつ、コストと納期を上手にコントロールする手法をわかりやすく解説します。

なぜ仕様の優先順位付けが重要なのか

仕様があいまいなまま進む日本のものづくりの課題

多くの日本の製造現場では、昭和から続く「一つひとつの仕様をすべて守る」文化が根強く残っています。

設計図や契約仕様書に“書かれていることは全部実現しなければならない”という固定観念があり、些細な項目も妥協せず追い求める傾向があります。

結果として、追加の工数・コスト増を招き、納期の遅延や利益の圧迫につながることもしばしばです。

グローバル化で求められる“譲れる”仕様の見極め

一方、グローバル市場での競争が激しくなる中、欧米や新興国メーカーは”目的”や”成果”を重視したフレキシブルな対応をします。

必要最低限を死守し、それ以外は交渉材料とすることで、最適なバランスを取りながらコストや納期、リスクを巧みにコントロールしています。

こうした背景から、今こそ日本の製造業でも“仕様の優先順位づけ”が不可欠となっています。

Must/Should/Couldとは何か?

MoSCoW分析の基本概念

Must/Should/Couldは、もともとプロジェクトマネジメントで使われる「MoSCoW分析」に由来します。

各要求を以下の4つのカテゴリに分類します。

– Must(必須):絶対に満たさなければならない譲れない条件
– Should(推奨):満たしたほうが良いが、必須とまでは言えない条件
– Could(できれば):可能であれば対応するが、優先順位は低い条件
– Won’t(今回はやらない):今回見送る、今は範囲外の条件

今回の記事では主に「Must」「Should」「Could」の使い方にフォーカスして話を進めます。

製造業現場での活用イメージ

例えば、部品調達において「寸法精度±0.1mm」「外観仕上がりAランク以上」「コスト5%削減」「納期最短」などの複数の要求があれば、

1. 安全や品質に直結する「寸法精度」はMust(絶対譲れない条件)
2. 見た目や美観の「外観仕上がり」はShould(高いほど良いが多少は妥協できる)
3. コスト削減や納期短縮はCould(状況次第で相談可能)

といった目線で整理できます。

仕様の優先順位づけによる現場メリット

1. コストと納期のバランス最適化

Must/Should/Couldで要求仕様をグルーピングすることで、交渉の現場(サプライヤー交渉、取引先打合せなど)でも「最低限譲れないもの」「代替案が許されるもの」の線引きが明確になります。

サプライヤーは選択肢や余地のある部分でコスト削減や納期短縮の提案が可能となり、「全部が全部要求通り」で突き詰める弊害を防げます。

2. 判断基準の標準化で部門間連携がスムーズに

日本の現場では設計・調達・生産がそれぞれ自分の正義で動き、仕様変更や妥協点の押し付け合いがよく発生します。

Must/Should/Couldという共通のラベルをつけることで、「何を優先するか」「何なら譲れるか」を部門間で認識合わせしやすくなります。

現場レベルの混乱(伝言ゲームや担当者間トラブル)も劇的に減らせます。

3. “やらない決断”ができる組織体質へ

製造業の現場では、つい“やれることは全部やる”が美徳と思ってしまいがちです。

あらかじめWon’t(やらない)も明示することで、無駄なコストや工数・責任論争から早期に解放され、成果創出に集中できます。

Must/Should/Could仕様の優先順位付けの進め方

ステップ1:現場・部門混成で仕様洗い出し

最初に、設計・調達・生産・品質など、関係者全員で現場目線・ユーザー目線から「必要な仕様項目」をリストアップします。

ここでのポイントは、できるだけ現場の実感がある担当者も巻き込むことです。実際の組み立て難易度や生産設備の能力などを考慮したリアルな意見が重要です。

ステップ2:Must/Should/Couldのカテゴリ分け討議

出そろった各仕様について

– これだけは絶対譲れないか?(Must)
– 代替案や多少の妥協も許されるか?(Should)
– 結果によっては見送っても許容できるか?(Could)

といった観点で、部門横断的に評価しカテゴリ分けします。

ここで「なんとなく大事」に流されず、“その仕様の狙いや、安全・品質・コスト・納期上の影響”を徹底的に検証してください。

ステップ3:サプライヤー/取引先との交渉用に明文化

カテゴリ分けした仕様を、「調達仕様書」「見積依頼書」「外注契約書」などに明示します。

「Mustは厳格に守ってほしいが、Shouldについては最適な案があればご提案ください」と伝えることで、サプライヤー側の生産現場でも現実的で効率よい提案やコミュニケーションが生まれやすくなります。

ステップ4:プロジェクトごとに定期的な見直し

プロジェクト中やリピート部品の場合、後工程や市場での使われ方、コスト状況、会社の事業戦略の転換など環境が変わることも多いです。

都度、Must/Should/Couldの中身を見直し、「本当に今もMustなのか?」を問い直すことでムダを省き、ベストバランスが保てます。

現場でありがちな失敗パターンと回避ポイント

1. 全部「Must」にしてしまう病

日本の現場では「保険」で何でもMust扱いにしがちです。しかしこれでは意味がありません。

“本当に失敗が許されず、他の選択肢では致命的な問題になるものだけ”に限定する潔さが大切です。

2. 担当者どうしの利害対立

設計は「高機能・高品質」を、調達は「コスト・納期最優先」を、現場は「作業性のよさ」をMustにと主張しがちです。

この場合は、目的視点(安全・法規・市場責任・利益貢献など)で論点を整理し統一基準を設けることがカギとなります。

3. サプライヤーとの一方通行コミュニケーション

仕様を全て「できて当たり前」と押し付けるのではなく、「○○はMustですが、△△についてはベターな案があればご提案ください」と“対話型”にしましょう。

期待以上の提案や短納期実現、コスト低減策が引き出せる場合も多々あります。

事例紹介:Must/Should/Could導入による現場変革

ある自動車部品メーカーでは、新規モデル開発におけるサプライヤー見積もり段階でMust/Should/Could方式を明示しました。

Mustは「安全性能」や「取付寸法基準」、Shouldは「表面仕上げ」、Couldは「包装形態」や「取引先指定運送便」とし、見積取得時にも優先度を明示。

結果として、重要項目の品質確保は守りつつ、梱包や納品に関する運用改善でコスト2割減、納期2日短縮という大きな成果が出ました。

サプライヤーからも「柔軟な交渉が可能になり現場の負担が減った」と好評でした。

まとめ:製造業購買・調達バイヤーにとっての“バリュー”

Must/Should/Couldを基軸に仕様に優先順位を付けることは、

– サプライヤーとの建設的なパートナーシップ醸成
– コストと納期、品質を現実的かつ最大値で追求できる
– 現場のムダを徹底的に廃する

ことにつながります。

昭和時代的な“全部至上主義”から脱却し、現場と設計、サプライヤーが一体となりバランス感覚を持ったものづくりを目指しましょう。

今後の製造業の発展には、バイヤーだけでなく生産や品質、経営レイヤーまで一人ひとりがMust/Should/Couldの考え方を共有し、よりよい価値提供を追求する文化が不可欠です。

現場目線での実践を心がけ、次世代のものづくりをともに切り開いていきましょう。

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